六十三話
屋敷の上の発生源がどうなっているのか見る為、リーゼロッテ達は外に出た。扉を開けた途端に割れるような拍手と歓声が上がり、思ったよりも大勢の人達に囲まれていることに驚く。
「えっと……この歓声は一体何事?」
「屋敷の上空にあった黒い靄をリーゼロッテ様の曲を歌って、皆で撃退できたので盛り上がっているのです。本当に素晴らしい曲をお作りになりましたね」
開かれたままの門扉の傍に、家を出る時に寄った宝飾店の店主が、切符の売り子をしている娘と一緒にいた。リーゼロッテはスヴェン達と共に後ろを振り返り、屋敷の上を見上げる。
「跡形もなく消えてしまったようですよ。先ほどまであんなに淀んていた空が嘘のようです」
青く、どこまでも晴れ渡る空。街を守れたことを祝福しているかのように小鳥が飛んでいる。
人ごみをかき分けるようにして王都組の統率者が門の中へと入ってきた。続いて二、三人の騎士。スヴェンが外の様子を聞いた。
「他の場所はどうした。もう大丈夫なのか?」
「ええ、屋敷の上の巨大なものが最後です。安全を確認できたので街の人にも手伝ってもらいました」
曲自体が力を持っているのなら、楽器の演奏だけでなく合唱でも効果はあるのではと、動ける人たちを集めて屋敷の前に来たそうだ。途中の報告にあった通り、避難して無事だった人は多かった。自宅にこもってやり過ごした人もいるらしい。反対に家を壊され逃げ出さざるを得なかった人もいた。
リーゼロッテは屋敷から離れて民衆の方へと近づく。頭を深々と一度下げてから話し始めた。
「皆さん、ありがとうございました。御存じの方もいるかと思いますが、私の名前はリーゼロッテ、ガルム伯爵家の最後の生き残りです」
リーゼロッテが話始めると、拍手も歓声も止んだ。ヴァナルもいるので大して気にしていなかったが、口にしてみると天涯孤独なんだと初めて気づく。孤独を感じなかったのは、屋敷に居た頃と違って周りに絶えず誰かがいたからだ。
屋敷の周りをぐるりと囲む高さのある柵の外側には、大勢の人達が話を聞くために耳を傾けていた。門から内側には、誰も入ってこない。
「伯爵家は今まで、悪魔に取りつかれた継母によって乗っ取られた状態でした。このような事態を引き起こしたのもその悪魔によるものです」
悪魔、とざわめきが広がった。実際に会う者は少ないが、その存在は伝承やおとぎ話の中で語りつがれる。禍々しいもの、人に害を為すもの、狂気や恐怖をもたらすもの。そんな得体の知れないものが自分たちの街の中にいたのだ、誰だって驚くだろう。
よりによって街の中心部、統治者である伯爵の妻が関係していた。貴族は民にとって有事の際の指針になる存在であるべきだ。それが事を起こした張本人なのだから、ここに居る誰もどうすることも出来なかった。
門から誰も入ってこないのがいい例だ。身分差という事もあって誰も内部で起こっていたことを知ろうとはしなかった。屋敷の中で働いていた中には通いの者もいたと言うのに。
「この街に封印されていたものや我が一族に課せられた使命も知らず、私は逃げ出しました。父が死に、継母に都合の良い道具として扱われることに耐えきれませんでした」
まるで懺悔するかのように、静かに今まで有った事を語るリーゼロッテ。罵られることも覚悟していた。なのに街の人たちは静かに聞いている。
「身勝手だったと思います。自分の考えがいかに幼かったかも身に染みました。今後は王家の支援を得てこのアビッソを復興させ、封印を強固なものにします。皆さま、どうかご協力をお願いします」
「協力ったって、毎日歌ったり楽器を演奏したりすればいいのですか?」
一人がそう聞いた。詳しく知らない者たちは音楽だけが封印の手段だと思うのも仕方がない。
「それも一つの手段ではあるのですが、今までの封印は屋敷の中に保管された宝飾品によってなされていました」
「商人の中には知らず知らずの内に悪魔の片棒を担いでしまった者も多い。伯爵家から持ち出されたものを街の外に売り飛ばしてしまった者も少なくないのではないか」
騎士の一人がそう言うと、何人か青ざめる商人たちがいた。リーゼロッテは慌てて言葉を続ける。
「責めるつもりは有りません。伯爵家が買い上げることも今の時点では確約はできませんが、少しでも多くの品を街の中へ戻すように心に留め置いて下さい」
商人たちはほっとした顔で頷いている。これで今以上の流出は止められるだろう。
リーゼロッテは改めて声を上げる。
「けが人はいますか?いたらまとめて治しますよ」
「図書館に大けが負った奴らがいるんだ。リーゼロッテ様、お願いします」
―――名前を、呼ばれた。見も知らぬ街の人に、本名を。
たったそれだけなのに認められた気がして、ここに戻ることを許された気がして涙が出そうになる。
「はい、今行きます」
リーゼロッテがそのまま図書館へ向かおうとしたところ、通信機で連絡を入れていた騎士に声を掛けられた。
「リーゼロッテ様。後程、支援物資とヴィート殿下をのせた飛空船が到着します。治療が終わったら発着場へ」
王都組を率いて居たものが的確な指示を出していく。飛空船の技師や職員たちは迎え入れる準備をする為に発着場へと向かった。モンスターによる被害状況をはまだ明確にはできていない為、騎士や兵士をチームに分けて分散させる。冒険者たちは回復魔法を使える者たちを中心にして見回りを始め、吟遊詩人たちはもう一度曲を弾きながら街を一周する。
住人はそれぞれの家へ、店や工房を持っている者は職場へ様子を見る為に散って行った。
街が動き出した。息を吹き返したかのように死んでいた街が活気を取り戻していく。ヴァナルは眩しそうにその様子を見ていた。
発着場は離着陸に支障が出るほど破壊されてはおらず、職員や技師たちがあちこち点検をする程度で済んだ。王家専用の飛空船が到着した時には後から来た騎士たちが敬礼をして迎え入れる。
ルディとアイクに続いて優雅に降りてくるヴィートを見て、やはり王族なんだなとリーゼロッテは思った。騎士の隊長が報告を終えると後方の貨物庫から荷を下ろすように指示をする。きりっとした顔は酒場の愛想がいい時と違って、少し近寄りがたい雰囲気が有る。
そのままの顔でリーゼロッテの方を見たので、王族とこの街の統治者として話を始めるのかと思った。ご苦労であった、とか褒めて遣わすなんてお決まりの言葉を待っていたらヴィートは人目も憚らずリーゼロッテを抱きしめた。目を白黒させているとルディが茶化すように荷物を運びながら傍を通る。
「はいはーい、荷物通りますよー。ったく何もこんな所で感動の再会やらなくたっていいでしょうが」
「邪魔するな」
「たった二日でしょう?リーゼロッテ嬢、嫌ならきちんと文句を言ってくれて構いませんよ」
嫌ではないのでヴィートに引っ付かれながら、荷運びをする者たちにリーゼロッテも指示を出していく。我ながら強くなったと内心思いながら、頭を回転させていた。
「食材が有るなら炊き出しをお願いします。皆さんお腹空いていらっしゃるでしょう……あ、屋敷の庭を使ってください」
「復興の本部を屋敷に設置しますか」
「ええ、是非。暫く一階の玄関部分を開放しましょう」
リーゼロッテ……と恨みがましく呟くヴィートに向き直り、とびっきりの笑顔を向ける。無事に再会した喜びを味わえると釣られて笑顔になった未来の旦那様に、とどめの一撃を刺した。
「炊き出しの料理お願いね、ヴィート」
「はい、ワカリマシタ」
おそらく次で最終回です。その後おまけを二話ほど予定しています。




