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五十九話

 ムスタは、アビッソの城門近くの平地に揺蕩う城を移動させる。屋敷は街の中心部にあるが、当然の事ながら城が置けるような空地は無い。出来るだけ城壁の傍に移動させて門から入る。


 城に乗り込んできた物の中に騎士がいるとはいえ、当然の事ながら馬に乗ってきた者はいなかった。民を助け敵を殲滅しながら音楽を奏でる。モンスターが湧き出る明確な場所など分からないから、ここで演奏すれば効果が最大限に現れると言うのが定かでない。吟遊詩人を中心とした集団で街のあちこちに散らばって奏でるしかなかった。そのための打ち合わせは彼らで既にされていて、リーゼロッテは屋敷の担当だ。内部の安全を確保してより効果の高い『大樹』を弾く。それが課せられた一番重要な役割だ。


「リーゼロッテ」


 扉から出ようとしたリーゼロッテをムスタが引き留める。残っているのはフォレスタ組だけで、他の者たちは既に城から出た後だ。最上階からわざわざ入口まで見送りに来たらしい。城の外へ出てしまえば直接面識のない王都組は討伐の対象と見分けがつかないから、戦いに入ってしまう可能性がある。


「そなたらが出ていってしばらくしたら城を別の場所に移動させる。もしも命を落としたらこの城にアンデッドとして取り込んでやるから、安心して死ぬといい」

「ふふっ、そんなのお断りよ。……でも、有り難う」


 きびすを返してスヴェン達と共に外へ出るリーゼロッテ。アビッソが復興して曲がそこかしこで流れる様になれば、おそらくこの街に近づくことすらできなくなる。子孫を見守りたかったがそれすらできない事を歯がゆく思いながら、ムスタは静かに見送った。


 

「リーゼロッテは屋敷を一直線に目指せ、サポートは我々が行う」


 城の扉から出ると、スヴェンが指示を出す。そのまま前庭に出ると咲いている黒薔薇が伸びて、城を襲おうとするモンスターを絞め殺し土中へ引きずり込んでいた。犠牲者は鳥型だったのか、辺りに羽毛が舞っている。

 真っ直ぐに咲いていると思ったら実はつる植物で、うねうねと動く薔薇の意外な形態にリーゼロッテは驚いた。


「うわぁ、今まで襲われなくて良かった」

「気持ちは分かるが、のんびりしている暇はない。走るぞ」


 敵味方の区別はついているようだが、しなる蔓が時折地面に打ち付けられている。巻き添えを食う可能性を避ける為、一行は走って門を目指した。走りながらものんびりした口調でシエラが言う。


「ちょっと興味があるから、終わったら一株わけてもらおうかしら」

「どこで育て何に使うつもりですか。ギルドの裏の空き地なんて言わないでくださいよ」

「嫌だわ、観賞用に決まっているじゃない。あ、防犯用にもいいかもね」

「……誰かさんに贈る為だと思いました」


 リーゼロッテも密かに思った事を、クレフがしっかりと突っ込みを入れた。


 街を覆う外壁は無事だが、城門は開きっぱなしで既に用をなしていない。真っ直ぐ伸びる大通りは石畳が所々抉れていて、街に入ってからは速度を少しだけ落として慎重に進む。揺蕩う城から出た者たち以外の人の気配は無く、まるで街そのものが死んでいるようだった。


 ―――賑やかな街だった。花売りのワゴンが週に一度、小さなオルガンを弾きながら店を出していた。子供が笑い声を上げながら元気に走り回っていて、それを追いかける母親らしき人物が待ちなさいと制止する声。貴婦人たちがお茶の為にひいきにする菓子店は調理法を秘伝としていて作り手が少なく、早い時間で売り切れてしまいそれを惜しむ声。

 馬車の車輪と馬蹄が石畳を走る音。ドアベルの音。がちゃんと何かを落とす音と悲鳴。

 広場には近くの農村でとれた新鮮な野菜や、牧場で加工した肉製品を売る市場。客を呼び込む威勢のいい声や、今日の晩御飯を相談する声。小銭を落とす音、品物を詰める紙袋のがさがさと言う音。


 いろいろな音が溢れていた街は、今はとても静かだ。


 伯爵である父が街を歩いても平気なほど治安は良くて、リーゼロッテがともに出かけると街の人々に声を掛けられるのがとても誇らしかった。


 ほとんど忘れてしまっていた記憶だ。継母との嫌な記憶ばかりが浮かぶと思っていたが、子供の時に歩いた素晴らしい街の思い出がよみがえる。ふと、隣に居るヴァナルに目をやると、変わり果てた街を変わり果てた姿で見つめている。


「元に戻せるかな」

「ジカンハ、カカルガ、キット、ダイジョウブダ。ヒトハ、ソンナニ、ヨワクナイ」


 先に城から出た王都組は既にあちこちで戦闘を始めており、楽器を奏でる音も聞こえてきた。建物の屋根越しに派手な魔法の効果も見えて、リーゼロッテは気を引き締めた。


 感傷に浸っている場合ではない。先へと進むためにも気合を入れなくては。


 いつでも弾けるようにバイオリンを手に持ちながらリーゼロッテとヴァナルが進む。その周りを囲むようにシエラ、スヴェン、クレフが共に移動し、モンスターを相手にしていた。


「悪しき者たちへ裁きの雷を……っ」


 クレフが放った一筋の雷光が天から落ちるだけの魔法は巨大な光の柱となり、スヴェンの持つ剣を巻き込みそうになった。光の筋が届く直前に手放された剣がカランと石畳に打ち付けられる。無防備になったスヴェンを狙う大きな蛇が、シエラのクロスボウで射抜かれた。矢が当たっただけなのに何故か弾け飛ぶモンスター。血や肉などの跡形も全く残らずに消えてしまっていた。


「クレフっ手加減しろ」

「しましたよ、バイオリンの効果がこれほどまでとは思いませんでした」

「すみません、リックもアルフレッドも魔法が使えないのでどれくらいか分からなかったんですよ。動きの方はどうですか」

「体が物凄く軽いわ。さっきから存在を吹き飛ばすような急所にしか当たらないのよ。今なら魔王も一撃で倒せそう。会った事ないけど」


 普段はダンジョンの奥底にいるような強いモンスターも、先輩冒険者たちの連携によってリーゼロッテがバイオリンを奏でる前に倒されていく。アイテムの加工に使う貴重な素材も落とすことなく消えていくモンスターを見て、スヴェンが嘆息した。


「収穫は全然見込めないという事だな、滅多に拝めないモンスターもいるようなのにもったいない」

「なんか、すみません」

「目的は街の奪還なんだから、良いじゃない」


 道の所々に血だまりが見えた。明らかに致死量であるのに血の主はその場にいない。リーゼロッテは目を反らすと、その先には揺らめく黒い影。まるで霧が蠢くようなその影は、徐々にはっきりとした輪郭を現していく。慌ててリーゼロッテが『故郷』を弾くとすっと消えていった。近くにいたドラゴンのなりそこないのような翼をもったトカゲは消えなかったことから、具現化してしまったモンスターには効果が無いのだと気づく。


 封印されていた闇とはこれの事か。ムスタのように明らかな闇に属するモンスターでは無いものを先程から見かけると思っていたが、モンスターの発生源を比喩的に闇と言っているのかしらとリーゼロッテは皆に尋ねる。

 三者は同じように頷いた。


「もう少し様子を見てから判断をと思ったけれど、どうやらそのようね」

「ずっとバイオリンを弾いていた方が良いのではないですか。先ほどから見ていたところ影がそのままモンスターに形を変えるようですから」

「退治しつつ曲を奏でれば敵は減っていくだろう。その後に国家で集めたガルム伯の遺物を持ち込んで一件落着という事だな。定期的に演奏は必要かもしれんが」


 果てが無いと思っていたモンスターの出現に光明が見えた。封印が解かれてからの期間は短いが、このまま影が街の外で発生するようになれば国土が浸食されていく可能性もある。モンスター自体は街の外へ出ていたようだが、外で影は見当たらなかった。被害はこの街だけで済みそうだ。


 傷らしい傷も負わず、リーゼロッテ達は目的地に到着した。近くには先行していた騎士チームがいて、途中で見聞きしていたことをスヴェンに報告する。


「図書館など一部の建物に生存者が発見されたそうだ。敵を寄せ付けないらしくてな。おそらくは建築の才が有ったガルム伯によって作られたものだと思うが、町の年より連中がそれを知っていたらしい」


 この分だと生きている者も多そうですと、前向きな言葉をリーゼロッテに掛ける。陥落の知らせを聞いてから一昼夜、とりあえず飢えや乾きによる死者は考えられない。引き続き辺りを見まわるとして彼らは移動し始めた。


 リーゼロッテは改めて屋敷を見る。ここを出てから一年も経っていないのに、十年ほど離れていたような気がする。必死になって飛び出した事が今となってはひどく懐かしい。少しは成長できただろうかと感傷に浸りながら、リーゼロッテは屋敷の門を通った。

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