表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/66

五十六話

 リーゼロッテの言葉を検証し、アビッソの実情を調べ上げて最良の形で引き渡すことが王族の狙いだった。そこにヴィートがかかわる事が予測されたからである。しかしラヴァンがもたらした歴史の情報によって急ぐことを余儀なくされた。


 それでも人一人を捕縛するのにそんなに戦力はいらない筈だった。スピタクの情報によると屋敷の中で雇われているものはほとんど解雇されているというから、ヴィートとリーゼロッテの護衛や捕らえる権限を持つ者などのみで事は足りる。ましてや継母は、戦う術も持たなければ魔法も使えない只の一般人だ。


 トニカ領を治めるセトの一行とアビッソで合流し、罪状を突き付けて捕縛し領内の牢獄に入れるだけ。寧ろ大変なのはその後の立て直しだと誰もが思っていた。


 アビッソ陥落―――


 屋敷に潜入していたスピタクの配下の者が命がけで伝えた知らせは、夜のうちに国中を駆け巡る。冒険者ギルドや神殿、上級貴族たちの間で連絡が取られ、即座に対応を迫られた。特にアビッソ周辺の領地は地震の少し後からモンスターによる襲撃を受けている。そのような可能性があると事前に情報を受けていた者たちの暗躍でさほど被害は出ていない。



 リーゼロッテの耳に届いたのは次の日の朝、王家専用の飛空船に乗る為に発着場へ案内されるはずが何故か国王との面会となっていた。謁見の間にはヴィートやグエン、スピタク他、王族らしき者や国の重鎮と呼ばれそうな身なりの整った老人たち。そろいの鎧を身に付けた騎士や魔術師たちもいた。


 足を踏み入れた途端に注視され、ただならぬ雰囲気に息を飲むリーゼロッテ。横にいるヴァナルに勇気づけられて気を持ち直す。正面には玉座が有り、アデライードだった時に会った事のある国王がリーゼロッテに、前へ進むよう促した。


 ―――まさか昨日の今日で婚約破棄?ヴィートにふさわしくないと言われる心当たりが有りすぎる。


 戦々恐々としているリーゼロッテだったが、表情に出さずにしっかりと歩みを進めた。国王の面前で膝を後ろに下げゆっくりと頭を下げる。


「挨拶は省こう、発言も身分を問わず許す。……率直に言おう。リーゼロッテ嬢、アビッソの封印が解けた。悪魔やモンスターが湧いて出ているそうだ」


 国王は一度そこで言葉を切ってリーゼロッテの反応を見た。瞳を一つ、二つ瞬かせゆっくりと事態を飲み込んでいく。理解し終えたリーゼロッテの心の一部がただひたすら断罪を恐れる。


 間に合わなかった―――私の、私が、逃げ出さなければこんな事には……父親に責められなかったことを喜んでいる場合ではなかった。誰かが死ぬかもしれない、私のせいで。母様を失った時のような思いを誰かにさせるかもしれない、私のせいで。

 狂ったように叫びたい。泣いて喚きたい。気を失って倒れてしまいたい。私が悪いんじゃない、悪いのは継母で全部全部私じゃ―――


「間に、あいませんでしたか……ならば一刻も早く封印を致しましょう」


 荒狂う子供の部分を心の奥に押し込めて、表面上は大人として尤もらしいことを言う。辛うじて出た声はか細く、しかし静まり返ったこの場では誰の耳にも届いた。皮肉にもアデライードで鍛えられた舞台度胸が凛とした態度のリーゼロッテを周囲に見せる。


 国王はそれを見て頷いた。取り乱すことも考えていたが、しっかりと受け答えをするリーゼロッテを見て安堵した。最終的に事態を治める鍵となるものが取り乱しては、今後の士気に影響が及ぶと考えた為である。

 再び国王の声が響いた。力強く威厳に満ち、聞くだけで身が引き締められるような声が、場を支配する。


「長らく戦の起こっていなかった我が国にとって、これはそれに等しい危機だと捉えよ。全力で事に当たり短期で食い止めなければ我が国が滅びる可能性は高い。現在の状況を報告せよ」


 国王が傍に控えているものに問えば、それを受けたものが告げる。


「既に悪魔たちが周辺の町や村を襲わぬ様にアビッソを兵や冒険者で囲んでいます。ですがアビッソから湧き出る悪魔どもを防ぐのが手一杯で、民を救出しようにも近づけぬ状況です」


 飛空船で行くにしても空を飛ぶ悪魔にたかられて返り討ちにされる。既に軍が派遣されたものの防戦一法となることが予想される地上からではアビッソ自体にたどり着くまでにどれだけかかることか。

 リーゼロッテがバイオリンを弾きながら歩いていくにしてもどれほどの速度で進めるか分からない。


 神殿で効果を確かめたものの二曲とも闇を封じるためのものでしかない。地上で暴れている、肉体を得たモンスター達にはもしかしたら雪の、霜柱の曲の方が効くのかもしれない。

 戦う事に慣れた人たちの方が早くダメージを与えられるかもしれないけれど……。


 リーゼロッテが聞きながら考えている間にもさまざまな報告がなされていく。


「具体的に何かを壊して封印が解けたとか魔術を行使されたという事ではないようです。ガルム伯達の作ったものが町の外に持ち出され、封印が弱まったところを一匹の悪魔によって解かれた模様」

「リーゼロッテ嬢の作られた曲を奏でれば封印が掛けなおされるでしょう。或いは、持ち出されたものをかき集める為の時間稼ぎができるかもしれません。ですがアビッソで演奏しない事には全くの無意味かと」


 結局はそこなのだ。民を助けるにしても、リーゼロッテが封印するにしてもアビッソに到達しない限りは無理な話。報告を聞き終えるとその場にいる知識階級は口々に方法を話し合った。


「せめてアビッソに転移陣が有れば―――」

「転移の魔術が使えるものを集めて―――」

「それでは魔術においての戦力が削がれて―――」


 リーゼロッテも何か無いかしらと考える。真っ先に思い浮かんだのは馬に乗ってリーゼロッテの単騎突撃でバイオリンを弾くこと。そもそも馬に乗れないし、途中で攻撃されて死ぬのは明らかだ。

 お手上げ状態で考えるのは他に任せようと謁見の間をぐるりと見渡すと、花瓶に活けられた花に目が留まる。見事に調和のとれた花の中にバラが有った。

 ふと、黒いバラの送り主が頭に浮かぶ。


「そうだ、ムスタに頼めば―――」

「揺蕩う城か……父上」


 割とすぐそばにいたヴィートに話しかける。ざわめきを断ち切るように響く大きさででヴィートが声を上げ、説明した。揺蕩う城の話は国の上層部では結構有名な話らしく、時折討伐に出ることも有ったようだ。


「しかし、あの城には凶悪なアンデッドがいると聞くが」

「城を徘徊するアンデッドはリーゼロッテ嬢がほぼ全滅させ、城の主も既に餌付けしてあります。今もフォレスタの傍にに存在するかどうか確認は必要ですが」


 ヴィートがにやりと不敵に笑った。餌付け……いや、あながちウソでもないけれどと、リーゼロッテは乾いた笑いが漏れない様に口元を抑えた。隣のヴァナルも目を細めている。


「なるほど。よくやった、ヴィート。では確認が取れ次第そなたらはフォレスタへ」


 納得してしまう国王に驚くリーゼロッテ。吸血鬼に餌付けと言ったら血の提供などが浮かびそうなものだが、ヴィートが餌付けとなると料理であることが暗黙の了解らしい。

 揺蕩う城を使った作戦が練られていく。不確定要素ではあるがその場の誰もが異に思わない事にリーゼロッテはヴィートへの信頼を感じられた。その中でリーゼロッテの扱いにまで言及が及ぶ。神殿において行った実験の様子をラヴァンが告げる。


「リーゼロッテ嬢は他者が演奏しても封印の効果があるものを作曲しました。血筋を残すために彼女は王都に残り―――」

「嫌です。お断りします」


 王族に対して不敬だという者や、最前の策なのにという者で辺りはざわめく。これから先の事を考えるならばラヴァンが言い出したことは間違いではない。リーゼロッテの曲も永遠にそれだけで封印を続けられるほど完璧かどうかわからない以上、一族の血筋を残すのは当然の策だ。


「故郷は……誰が演奏しても封印の効果の出る曲は、自分が安全な所にいる為に作ったのではありません」


 ―――安全な場所にいればいいじゃない。やることはやったんだから後は戦う事の専門家に任せて、あれは簡単な曲だから楽器を少しかじっただけの人でも演奏できるわよ。


「元はと言えば私が屋敷を抜け出したことから始まりました。ですが歴史に対して無知であることは自ら学ぶことを放棄したため。知っていれば私は定めを全うしようとその場で足掻きました」


 父様も母様もいなくなった屋敷で一人で戦うなんて無理だったもの。知っていてもきっと逃げ出したわよ。

 心の中で、小さなリーゼロッテが再び暴れはじめた。必死になって逃げる方へと進ませようとする。子供でいたい。安全な場所で、継母のいない場所で、自分を傷つける人のいない場所で、楽しく過ごしたい。笑って過ごしたい。大好きなバイオリンだけ弾いて暮らしたい。


 リーゼロッテは否定することなくそれを受け入れ、けれど、と続ける。

 この先同じ未来が待つならば、きちんと納得できる道の方を選ぼう。逃げてばかりだと、そのうち行き止まりになってしまうわよ。


 ―――きっと、これが最後の冒険よ?


 そう言うと小さなリーゼロッテは納得して息をひそめた。屋敷を出た時の期待も不安もわくわくもときめきも、どうせ自らの手で終止符を打つなら最後に大きな冒険を―――


「責任を果たしたいと考えております。『故郷』はたとえ私が死んで一族が滅んでも封印を続ける為の曲として作りました」


 顔を上げて前を向いて、国王やラヴァン、そしてヴィートを見た。「リーゼロッテ……」とヴィートが悲痛な声で名を呼ぶ。


「死を覚悟したわけでは無いです。まだまだやらなくてはならない事が沢山ありますから、死んでいる暇なんてないですよ」


 安心させる様に静かに微笑むリーゼロッテ。また一つ、成長を見せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ