五十三話
アニスに掛けられた呪詛が解けて、リーゼロッテ達は神殿から直ぐに城に戻った。事前にヴィートと話していたお出かけなどしている暇もなく、封印の穴埋めをするような曲を作らねばならなかったからだ。
神殿において作曲をすれば直ぐに効果の有無が判明する装置が使えるのだが、他の者も使うため貸切と言うわけには行かず、リーゼロッテが食事をしたり寝泊りする為の場所も用意されていない。城で何曲か作って神殿に来るより他は無かった。
「今すぐにでもアビッソに戻りたいのに」
「最低限の護衛を引き連れるにしても、飛空船で行かなくてはならないからね。手配が必要だ。それに継母を捕縛するとなればトニカ領とも連携が必要になる。今日中は少なくとも無理で、場合によっては二、三日かな」
行きと同じく転移陣で戻りながらそのような事を淡々と話すヴィート。少しずつ成長してきたと思っているが、目的の為に何をすべきかなどが明確には分からないリーゼロッテ。
飛空船のチケットは自分で購入したことがあるが、屋敷を取り戻すとなれば護衛の手配をどうすれば良いのか、捕縛するにはどんなことが必要か等、分からないことだらけだ。ゆくゆくは覚えていかなければならない事なのだろうが、今は時間が惜しい。
「分かりました。私は自分が今やるべきことをします。ヴィート、その他の事をどうかお願いします」
丸投げになってしまうのは本当に口惜しい。けれど心の底から信頼しているからこそ頼めるし、王子であるならば人を動かすことも慣れたものだろう。
「了解。集中できるように邪魔者を近づけさせない様にしておくからね」
侍女二人が曲作りにのめりこむリーゼロッテをさりげなくサポートする。集中力が途切れた頃にお茶や食事にするように声を掛けてくれるし、軽く会話をして気分転換にも付き合う。王都の流行りのファッションやお菓子など、話題は豊富でいろいろと教えてくれた。
リーゼロッテの部屋に一通の招待状が届くことも有った。差出人は国王で侍女はそれをリーゼロッテには見せずにヴィートに見せる。ヴィートは面会の手続きを無視して直接父親に文句を言いに行った。
「ダメです。いくら父上の頼みと言えども聞けません」
「せっかくそなたのためのパーティーが開けると思ったのに、冷たいな」
「国の危機でしょうが!何を呑気な事を」
「音楽に触れる機会だと思えばリーゼロッテ嬢も参加を望むのではないか?位を継ぐのであるならお披露目も必要だろうし、王と言う後ろ盾があると知られればかなり有意義なものとなるだろう。着飾った彼女を見る機会は滅多にないぞ」
リーゼロッテがアビッソに戻れば諸事に忙殺されることは目に見えている。傾いた財政だと踏まえた上でパーティーなど開くのはもってのほかだ。けれど本人は二十一……いつの間にか誕生日は過ぎたので既に二十二となり、次に出るのは自ら主宰するか子供の為に出席するかのどちらかと考えている。
もう少し早く出会っていれば良かったとか、十分若く見えるからまだ大丈夫なんてリーゼロッテを参加させるための理由がほんの少し頭を掠めるヴィートだが―――
「彼女の邪魔をするのであればたとえ父上と言えども許しません」
「言うようになったな。これだけ尽くしているのだから振られぬように気を付けよ。女は怖いぞ」
微塵も考えてなかった可能性を指摘されたヴィートは、退室してから後ろにいる護衛二人に聞いた。
「大丈夫、だよな?」
「うだうだいう前にとっとと告白でも何でもしたらどうですか。アビッソまで行って振られたら目も当てられませんよ」
「立て直しを手伝うと言った以上は振られたからほったらかしなんてマネ、殿下はできないでしょうし」
ルディとアイクが嗾ける。そんなことになったら本当に只のいい人だ。王都にいる間に求婚して断られたら―――
「断られても傍に居たいなぁ。料理人として雇ってくれないかなぁ」
「なんでそこまで好きになったんですか。そこまで惚れる様な機会ってありました?」
「家を飛び出して自分で生活しようとしているのが俺と同じだったから」
自分にはルディとアイクがいて、支援してくれるグエンがいてやっと店を出して稼ぐという形が取れた。リーゼロッテは一人で、しかも稼ぐ手段はバイオリンのみ。店より不安定な方法を選んだ彼女に手を差し伸べずにはいられなかった。
フォレスタで生き生きとした表情に変わっていくリーゼロッテを見て、自分の生き方も決して間違っていないと安心することが出来た。だから今度は自分がリーゼロッテに『安心』を上げる番だ。それはあまりにも自己的な理由で、純粋な恋愛感情と呼ぶにはいろいろな事情が絡み過ぎて程遠いかもしれない。
「価値観が似ている方が長く傍に居ることが出来ると思うんだ。それに、好きな事を一つ持っていればたとえ辛いことがあっても頑張れるから」
リーゼロッテの母が残した本には、主に神殿で奏でられる曲に関連付けて書かれていた。
歌詞をのせれば効果の範囲や方向性は完璧なものとなるが、器楽、特にバイオリン出演奏することを想定した曲作りを説明する。神殿に残された宗教曲を聞けば分かる通り光の属性を発揮するには独特な音階を使用する事が必須であり、また和音の展開のみでなく転調するときにも配慮を必要とする。民族音楽と違ってリズムよりも旋律を重視し―――
「奏でる速度にも注意しなければならない。バイオリンよりもオルガンが神殿にて重宝されるのは、より重厚なものとなるからである。うーん、雪の時は幻想的な雰囲気を出したくてゆったり目にしたけれどアレンジは結構速くしたし……」
闇を封じるならばかなり凝ったメロディーにしたい気持ちはある。人の心をギュッと鷲掴みにするような切なくも美しい旋律。神殿で聞かされた話が伝説として語り継がれるのを助けるような曲であれば、技術のある者には好まれるかもしれない。けれど―――
「できれば覚えやすいメロディーにしたいよね。誰でも演奏できるような親しみやすいもの。私が死んだ後も街中で奏でられるような魅力あるもので子供でも口ずさめる曲」
リーゼロッテはアビッソに住む人がいなくならない限り、封印を続けられる仕組みを作りたいと思った。美術品などは継母のように売り飛ばされてしまう可能性は否めない。音楽として普遍的に人々の記憶に残り未来永劫継がれていけば、たとえ血筋を引くものがいなくなったとしても封印は続けられる。それは、形に残らないものの強みだと思った。
「やっぱり歌詞をつけた方が良いのかしら。でも……」
「ヴァナル、カシ、ツケテ、ウタウ。リーゼロッテ、トリアエズ、メロディー、カンガエル」
歌うヴァナルを思い浮かべ、リーゼロッテは思わず噴き出した。ヴァイオリンの音に合わせて遠吠えする姿しか想像できない。調子っぱずれでもきっと一生懸命歌っているつもりなのだ。
「そうね、これから先いくらでも作れるものね。取り敢えず効果が出そうなものを何曲か作っておこうかしら」
ヴァナルがこくりと頷いた。手引きにあることをさらに読み込んで曲を作る。音の運び、拍子、等を法則を守って作り上げていけば、牧歌風の穏やかなとても懐かしい曲が出来上がった。単純で他の楽器での演奏や歌詞もつけやすい旋律。
そしてもう一曲、美しい旋律の曲。ずっと手元にあったバイオリンに感謝したくて、枝葉の青々と茂る巨大な樹をイメージして作った。創世の木から作られたと言われる、リーゼロッテのいわば相棒だ。
前者の題を「故郷」とし、後者を「大樹」とした。
次の日譜面を持って神殿に行き、他の人にも演奏してもらって効果のほどを確かめる。結果、故郷は誰がどんな楽器で演奏しても魔石が光った。闇を封じる光の魔石が点灯し、光の大小は有れども確実に効果が認められる曲の完成である。
対して大樹はリーゼロッテにしか効果が出せなかった。だが、リーゼロッテが演奏し始めるとかなり強い光で部屋の中が満たされ目も開けられなかったほどだ。
どちらも目的通りの物が出来てリーゼロッテはほっと一息を付いた。
後はアビッソに戻るまでに曲を何度も練習して、いついかなる時でも演奏できるように準備しておくだけだ。




