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五十一話

「はい、確保ぉ。やーっと捕まえられた」


 転移陣から見る景色が変わった途端に声がして、リーゼロッテからヴィートの手が離される。ヴィートの腕を何者かが掴んで引っ張っていた。継母の追手かと思いリーゼロッテは青ざめるが、相手はヴィートを捕らえるのみ。リーゼロッテも顔なじみのアイクとルディ、酒場の店員の二人だった。


 青筋を立てたルディが微妙におかしな口調で怒っている。怒鳴り散らしたいがここは神殿という厳粛にしなければならない場所で、身分を考えて辛うじて敬語を話していると言った感じだ。


「良くも護衛をほったらかしにしてあちこち飛んでくれやがりましたね」

「兄上も一緒だから大丈夫なのに」


 グエンは自分の領地の屋敷、砦、城の中とそれぞれに別の護衛がいてどこかに出かける時にはそこから護衛を連れて行く方法を取っている。自分の見える場所におかない為、リーゼロッテは護衛がいたことすら気がづかなかった。

 グエンの屋敷まで護衛として付いて行ったのに、主はいつの間にか砦や城へと移動していた。二人は転移陣を使えず、徒歩や馬、飛空船を使って後を追う羽目になる。速度の増したものを使用したためかなりの費用が掛かった。


「神殿はグエン様の管理下ではないでしょう?人が大勢出入りする所ですから何かあっては困ります」


 アイクも静かに怒っていた。こちらは表情には出ていない分、計り知れないところが余計に怖い。二人が心配していたのを感じていた為ヴィートは素直に謝った。


「すまなかった。二人を置いて行くつもりは無かったんだ。リーゼロッテがけがをしたと知らせが入って、結果そうなってしまっただけで、悪気はなかった」

「開き直らない!どうせリーゼロッテちゃんと二人きりに……」


 そこまで言ってルディはリーゼロッテを見て、目をぱちくりさせる。反応はアイクも似たようなものだ。顔に誰だと書いてある。


「ヴィート、こちらの女性は?」

「リーゼロッテだよ。バイオリンを持って、ヴァナルが傍に居るのに分からないのか」


 二人の目が見る見るうちに見開かれた。グエンたちの時は寝ている間に姿を見られていたのか大した反応が無かったので、リーゼロッテはなんだか新鮮に思える。いたずらが成功したような気分になって、くすくすと小さな笑いが漏れた。

 ルディがほっとした顔に変わってしんみりとつぶやく。


「良かった……自分の主がロリコンでなくて本当に良かった……」

「ルディが俺の事をそういう目で見ていたとは初耳だな。アイク、もしかしてお前もか」


 半眼になったヴィートがアイクに問いかけるとすっとぼけたような声で答えた。コロコロ表情が変わるルディに対して冷静沈着な印象を受けるアイク。


「さあ、何の事やら?リーゼロッテ、どうかうちの主をよろしくお願いします」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 素で何も考えずに返してしまったが、今の会話からすると彼らの中ではリーゼロッテとヴィートが結婚する流れになっているような気がした。


 ―――あれ、考えすぎかな。既に外堀が埋められているような……


 通常は親や親族から結婚話を持ち掛けられて話が進んで行く。昨日の侍女の話と言い、リーゼロッテの知らない所で決定事項となっているようだ。

 嫌ではない、嫌ではないが……。


 転移陣の有る部屋はこの人数でいるには少しばかり狭い。ヴァナルが場所を取らない様にちょこんと縮こまっていた。






 城の中に暖色系の装飾が多かったのに対し、神殿の中は寒色系の物が多かった。白い壁に青い絨毯、窓枠は黒檀のような色合いだ。建物を出て三階部分をつなぐ屋根のない通路を渡る途中、城の上部が見えた。城で有事の際、王族はもしかしたらここへ逃げてくるのかもしれない。そんなことを考えながらリーゼロッテはヴィート達の後について行く。


 渡った先の巨大な建物の中には大聖堂や神官たちが使用する施設以外にも魔術、芸術、学問などの学び場が含まれていた。時折どこからか讃美歌のような綺麗な旋律の合唱が聞こえてくる以外は本当に静かだ。たどり着いた大聖堂には女神像が有り、背後の美しいステンドグラスが床へと光を落としていた。


「ヴィート、その方がリーゼロッテさんですか」


 女神像の前にたたずむ神経質そうな男がヴィートに話しかける。長い髪を後ろで一つに結び、神官の中でも高位のものが着る服を身に纏っていた。齢を測ることが難しく、とても若々しく見えるが顔に刻まれた表情は人間らしさという物をおよそ感じられない。


「はい、ラヴァン兄上。昨日お知らせしたとおり、彼女の―――」

「皆まで言わずとも分かっています」


 ヴィートだけではなく、ルディとアイクも心なしか緊張しているのが伝わってきた。気軽に話しかけるのをためらわれる。少し浮世離れしているような雰囲気は、異母兄弟と言えどヴィートとは似ても似つかないものだった。


「丁度良い、ステンドグラスを見ながら少し歴史のお勉強をしましょうか。アビッソの歴史です」


 学び始めて少ししてから母が他界したため、リーゼロッテの勉学は音楽一辺倒になってしまった。良い機会だと思い、背筋を正して聞く。よく通る声が大聖堂の中に響くと、まるで宗教の説教を聞いているような緊張感が漂った。


「昔からガルム伯として家督を継ぐ者には一芸に秀でたものが多かったのです。あなたはバイオリン、先代はあらゆる言語、他にも絵の才能や、……そうそう、ここの女神像やステンドグラスも何代か前のガルム伯が作りました。後は貴女がしている腕輪なんかもそうですね」

「俺が彼女に送った物なのですが、そんないわれが有ったとは知りませんでした」


 先祖の作ったものが自分の元に戻ってきたと考えると何だか心強い。リーゼロッテはヴィートにありがとうございますと頭を下げた。ラヴァンは滔々と語り続ける。


「様々な種類の才能が発現していますが、目的はただ一つ。アビッソという特殊な土地柄の封印としての役割ですよ」


 ステンドグラスに描かれた神話を指さしながら説明していく。

 女神は、もともと旧世界の魔王の躯から生まれ出たとされている。魔王は暴走していた創世の木を破壊し勇者に打ち取られた者。故に女神は光の属性も持ち合わせているが闇もまた深い。

 只一つの小さな大陸を残してこの世界が滅びかけた時、女神によって作られた新たな土地の中には闇の色を濃くする場所もあった。


「アビッソとは、深淵を意味します。地獄、奈落、死者の国。そう言ったものが封じられていると有れば神殿を造るなりすればよかったのですが―――女神自身が別の方法を取った」


 まだ歴史の浅い世界に芸術などの文化を普及させるため、末永く様々な才能が具現化するよう祝福を授けた。これが魔法の才であったのならば戦乱など闇を呼び込む可能性は高く、一族は早い段階で滅んでしまっただろう。


 才によって作られたもの一つ一つはそれほど力が無くても、アビッソの町の中に多数存在することによって奈落を封じている。神格化されることは無くても芸術作品として丁重に扱われ、多少アビッソから外に持ち出されても増えていくので問題は無かった。


「伯爵の位であれば町や村を二つ三つ程度の広さの領地を治めるはずですが、ガルム伯に関してはアビッソただ一つだけなんです。周辺の農地や個人の家なども含みますが、明らかに位と所有地の広さがあっていない」


 どの時代の国家も彼らを潰すことは出来なかった。優れた芸術作品は文字通り彼らを守る盾となった。無謀に領土を広げようとする様な愚行をするものもおらず、才能を驕ることもせず、のめり込み過ぎて子孫を作ることや政治を忘れる世代もいなかった。

 彼らが治めるには程よい広さだったのである。


 伯爵と言う地位を与えたのはこの地方の黎明期に存在していた国家だ。栄枯盛衰、どれだけ周囲の興亡が繰り返されてもアビッソとガルム伯は変わることが無かった。


 ―――だが、先代の才は言葉、リーゼロッテは音楽。どちらも形に残るものでは無く、バイオリンはアビッソにて奏でられる状況にない。


「腕輪やリーゼロッテがアビッソに居ないという事は……」

「あの人が屋敷にあったものを売っていたという事は……」


 ヴィートとリーゼロッテが口々に呟いた。封印の力が弱まっているのは誰でも思いついてしまう。リーゼロッテは真っ青になった。逃げ出して影響が出るのはアビッソの統治だけではなかった。

 ラヴァンが険しい顔で頷く。


「呪いが解かれたら直ぐにアビッソに戻りなさい。必要であれば兵士や侍女、政治に知識のあるもの等、国から人員を割きましょう」


 最早、アビッソだけの問題では無い。


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