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五十話

 客間も十分に広かったが、泊まるために案内された部屋はもっと広かった。つけられた侍女は二人。努めて長いのか非常に手馴れていて、あれよあれよという間に湯あみや着替え、夕食までもが終わってしまった。勿論急かされることは無く、あくまで優雅にである。


 着替える時になって、ふと腕輪だけ変わらずつけたままなことに気が付いた。あまりに馴染み過ぎてしばらく忘れていたが、ヴィートに贈られたものだ。今回のけがと呪詛が軽く済んだのもこの腕輪のお蔭かもしれない。もう一度お礼を言おうと心に留め置く。


 侍女たちは寝具を整えている。世話をされることになれているリーゼロッテが驚くほどに卒なくこなしていく。以前の会話でセト兄上と出てきたことから王族であることを薄々感じていたが、一流の侍女たちを目前にして徐々に実感が湧いてくる。


 王都で王族の住まいと言えば城だ。ヴィート達が王族かと直接聞くのも何だか間抜けなので、傍に居る侍女たちに遠回しに聞くことにした。


「転位陣で目的地も明かされぬままここへ連れて来られたのだけど、ここはもしかしなくてもお城でしょうか?」

「ええ、そうですよ。ヴィート殿下のいたずらにも困ったものですね。心の準備が必要でしょうに、ねえ?」


 答えた侍女はもう一人の侍女と顔を見合わせる。殿下、と確かに言った。王子様がなぜ辺境に近い町で酒場のマスターなどやっているのか。侍女たちとの会話からさらに情報を得ようと話に身を乗り出す。


「心の準備?」

「そのうち陛下の御前に御呼ばれすることもあると思います。リーゼロッテ様は王族の方々にとって特別なお客様ですから」

「そのように歓迎されるなんて、身に覚えが無いのですけれど……」

「七番目の王子という事で婚約話もすげなく断られ続けてきたヴィート様が連れてきた女性ですもの。婿入りするにも障りのない身分ですし」


 ここまで親切にされて下心が無い方がおかしいとは思っていたが、そういう事かと合点がいった。ただの恋愛感情だけではなかったことに、がっかりどころかむしろ安心する。無条件で好きになってもらえるほど自分リーゼロッテに自信が無いからだ。


 そこまで考えてリーゼロッテははっとした。まだ何も言われていない状態なのにどこまで突っ走って考えているのだろう。顔を赤らめれば、勘違いした侍女に生温かい目で見られた。


 こんな事ならアデライード時代にもう少ししっかりと目を開いておくのだったと初めて後悔する。心を閉ざして社交を行っていたためにほとんど記憶にない。アデライードの舞台で貴賓席にいた国王陛下にはお会いしたことがあると思うのだが、どんな状況で面会したのかがあやふやだ。


 ああ、それよりもマナ―の方は大丈夫だろうか。きちんとマナーを学んだのはいつの事だったか。継母の行動を見て眉をひそめた自分ももしかしたら傍から見ればそんなに変わらないかもしれない。不安が段々と膨れてきた。


「ダイジョウブ、ヴァナル、ツイテル」


 手入れをされてつやつや毛並みのヴァナルが、ベッドに据わっているリーゼロッテの膝に前足を乗せる。もふっとした感触と体温が伝わってきた。王族の前でヴァナルに何が出来るわけでもないが、心は自然と落ち着いてくる。


「有難う、ヴァナル」


 おそらくいきなり夜会に招かれるようなことは無い。社交の年は過ぎているし、何より両親も兄弟も親戚もいない。ヴィートが王族ならば協力者と言うのは陛下や王子たちだ。もしかしたら何かアビッソの事で進展が有ったのかもしれない。そうなれば大勢の貴族の前での面会では無く、ごく限られた者たちによるものとなるだろう。


「それでは、ごゆるりとお休みください」

「何かありましたら控えの部屋に居りますので」

「ええ、お休みなさい」


 侍女たちに声を掛けられて、ここでどれだけ考えても仕方ないとさっさと眠ることにした。




「おはようリーゼロッテ、よく眠れた?」


 朝食を済ませたリーゼロッテの元へヴィートが訪ねてきた。王族だとは思わずにいつも通り接することにする。おそらくそれを望んで身分を隠していたのだろう。心にかかる負担は、リーゼロッテがフォレスタの面々に事情を黙っていたのとは比にならないかもしれない。

 バイオリンを持ってヴィートの前に立つ。当然だが、子供の姿の時よりも顔が近い。


「早速神殿の方へ案内するよ。準備はいい?」

「はい、よろしくお願いします」


 確か敬語で話していたはず―――でも名前は呼び捨てだったわよね、と今までの自分の接し方を思い出しながらリーゼロッテは取り繕う。知らなかった頃には戻れないけれど同じように振る舞うのはとても難しい。

 ぼろを出さない様にしなくてはと考えながらヴァナルと一緒にヴィートの後をついて行くと、昨日と同じ部屋に案内された。


「また転位陣ですか、王都を歩いてみたかったのですが」

「ええっと……神殿についてからだったらいいよ。うん。その方がいろいろ案内できるし……そう!ここは王都の中心街から少し離れているからそれが良いと思う」


 しどろもどろになるヴィートを見てリーゼロッテははっとした。馬車に乗るにしろ歩くにしろ、この建物から普通に外へ出てしまえば嫌でも城が見えてしまう。身分を隠していることを知っているリーゼロッテは、その時にどのような反応をすればいいのか分からない。


『わあ、今まで私たちお城に居たんですね。お城に住んでいるなんて実はヴィートって王子様だったりします?』


 ―――なんて白々しい。リーゼロッテは自分がするであろう会話を想像してうんざりした。本人が隠そうとしているのだもの、こちらも知らないふりを貫き通すべきだと思い話題をすり替えた。


「用事が終わったら、お土産で頂いたお菓子のお店に案内してください。あ、あと吟遊詩人用の服も見てみたいです。楽譜を見たいけれど神殿で見せてもらえると思うし、後は……」


 行きたいところをつらつらと上げ、ヴィートのおかしな態度に少しも気づかない様に装う。王都のお出かけを心底楽しみにしているように見えるだろうかと顔色を窺えば、なぜか苦笑された。


「呪詛を掛けられているのが嘘みたいだ。もっと落ち込んでるかと思ったけれど楽しそうで何より」

「あ、勿論神殿が最優先ですよ。痛みや気分の悪さも全く感じないし、普通に生活している分には全く影響はないんです。でも……」


 熱を帯びているわけでも違和感を感じるわけでもない。肩の後ろ、呪詛の紋様が有るであろう場所を手で触りながらリーゼロッテは言葉を続けた。


「正直言って怖いです。私が家を飛び出せたのもこの能力が有ったからこそですから」


 決心して飛び出たものの直ぐに連れ戻されたのが目に見えている。頼みの綱。唯一身を守る手段。それを使えない状態が不安で無い筈がない。


 リーゼロッテはふと不安の理由がそれだけではない事に気付いた。既に自分のためだけに使う物ではなくなっている。たとえこの先冒険者を辞めて必要が無くなったとしても、周囲の大切な人たちを守る手段として持ち続けたい。


 年相応の姿に年相応の表情を浮かべるリーゼロッテ。ヴィートはまるでエスコートするように手を差し出し、リーゼロッテはためらうことなくその手を取る。


「行こうか」

「はい」


 二人と一匹は神殿へと繋がれた転移陣に飛び乗った。

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