四十九話
小規模な神殿は各地にあるが、王族が出入りし、魔術や音楽の研究がなされるほどの規模となると王都にしかない。他国には神殿から独立した大学などもあるが、この国における学術の最高峰は神殿とされていた。
「よし、そうと決まったら王都だな。転移陣を家と結んで―――」
「すごい!マスターの家には転移陣まであるんですね?私の住んでいた屋敷にもそこまでは有りませんでした」
リーゼロッテを連れて意気揚々と城に帰ろうとするヴィートは、その言葉でぴしりと固まった。王族と言う身分を隠していたツケがここに来て回ってきてしまう。冷や汗をかきながらも何とか苦しい言い訳を絞り出した。
「えーっと……ほら、兄弟が多いからね。馬車だと何台も必要になるし、飛空船だって費用が掛かるだろう?」
何台も必要―――どころか襲撃によって複数人が死なない様に、馬車は一人一台所有している。転移陣が設置されているのはごく一部の場所だけで、それ以外の移動手段の基本は馬車だ。発着場のある場所にしか止まれない王族専用の飛空船は最新鋭の設備が満載で国内は当然の事、国外にだって快適に行ける。
街道が離れた今、砦には大量に物資を輸送する手段として転移陣が設置された。森を越えるか迂回するかしなくてはならない為、雪の多い冬場などは孤立してしまうためだ。ヴィート達が知らせを受けてここに来る時も転移陣を利用した。
グエンとスピタクはじとーっとした目でヴィートを見る。転移陣で移動すれば行先は城の中だ。いやでもばれるのが目に見えているのに無駄な足掻きをする弟。それでも幸せでいてほしい二人はヴィートに付き合い身分を明かさずにいる。
兄二人の思惑をよそに、ヴィートの気持ちは少々先走ったものになっていた。リーゼロッテと両親を引き合わせるまたとないチャンスだ。それにフォレスタに戻ってしまえば大人リーゼロッテを皆に晒すことになる。
「家に帰るから流石にマスターは止めてヴィートって呼んでくれるかな。リックやアルフレッドだって呼び捨てだったから平気だろう?」
「ええと、それはそうですけど……ヴィート」
「ん、なんだい?」
リーゼロッテは普通に、今までマスターと呼びかけていたのと変わらぬ気持ちで名前を呼んだのだが、よほど嬉しかったのか接客スマイルの十倍ほどいい笑顔で返事が返ってきた。見たことのない弟の最上級の顔にどん引きする兄二人。
一瞬だけ見惚れてしまったが、負けずに疑問に思った事を口にするリーゼロッテ。
「ヴァナルを連れて行ってもご迷惑ではないでしょうか。それと、着替えを……」
「廊下も部屋も広いから大丈夫だよ。服は矢が刺さった時に穴が開いてしまっているからそのままでは着られないね。向こうに着替えを用意させるからそのままでおいで」
自分で初めて選んで買った服に穴が開いてしまったと聞いて、少なからずリーゼロッテはショックを受けた。果たして自分の気に入る物がまた見つかるだろうか。
ヴィートがとびっきりの笑顔のままなのも気になった。勿論変な事になる疑いは抱いてはいないが、冒険者になってからいろんな目にあってきた経験がある。リーゼロッテは心配になってグエンの方を見た。迷惑ではないか保護者の判断を仰ぐためである。
「ヴィートの言うとおりだ。繕うにしてもここでは糸の色がそろわないからな。家の方がまともな服を着られるはずだ」
繕うと言う発想が出てくること自体庶民的な発想であることに、グエンは気づかない。ヴィートに影響を受けてしまっている。
リーゼロッテが了承するとスピタクが片手を軽く上げた。
「僕は行かない。後始末をするためにここに残るよ」
「すまない。本来ならここを治めている私が残るべきだろうが―――」
「面倒くさいヴィートの方を任せる。頭の中お花畑になっていそうだから気を付けて」
「分かった。何かしでかさぬよう見張っておく」
ヴィートの笑顔が一転、苦虫をかみつぶしたような顔に変わる。子供の頃から兄たちの前で浮かれた気分でやんちゃをしていた自覚は多分にあり、反論できずにいた。
グエンに案内されるままリーゼロッテ達は部屋を出て入り組んだ砦の中を歩いて行く。ここへ来てから十日も経ってはいない筈だが、フォレスタが懐かしいと思えるほどになっていた。石造りの建物もすっかり見慣れて随分と馴染んだが、この先、戻ってくることになるかどうかは微妙な所だ。一年先も冒険者をやっているとは限らない。そう思うと名残惜しくなり、リーゼロッテは荷物を持たない方の手で壁を触りながら移動した。
厳重に警備されている一室に転移陣は有った。グエンの屋敷と繋がっていた状態のままであるため、陣の一部を書き換えて王都に行先を変える。グエンが手をかざし魔力を注げば、光が床に刻まれた線をなぞり始めた。一連の動作をめずらしそうに見ているリーゼロッテにヴィートが話しかける。
「一瞬で景色が変わるけど、体質に合わなくて酔う人もいるみたいだよ」
「飛空船に乗った時も平気でしたから、きっと大丈夫だと思います。ヴァナルはどうかな?」
名前を呼ばれてリーゼロッテの方を向くが、首を傾げるだけだった。意味が分かっているのかいないのかどうにも判断がしがたく、リーゼロッテは簡単に説明をする。
「これで遠い場所に移動するんだって。ヴァナルは使ったことある?」
「アル、ヨウナキガスル」
「ユヌ族の言葉を話すことと言い、本当に不思議な生き物だな。……よし、これでいいだろう。順番はどうする?」
話ながらも魔力を注ぎ終えたグエンが立ち上がる。
「兄上が先に行ってくれ。リーゼロッテを最後に残すと不安だろうから、俺がしんがりになるよ」
「分かった」
言うが早いか、グエンが転移陣の上に乗ってあっという間に消える。次にヴァナルがひょいっと自ら陣に乗り、同じように消える。妙になれた行動にリーゼロッテは唖然とした。
「転移陣を狼が使う事なんて滅多にありませんよね?」
「ああ、よほど高位の貴族か王族……あるいは命じられた者でない限りは無い筈なんだけどなぁ」
ヴィートも同じように感じたようで怪訝そうな顔をしている。二人で転移陣を見つめていたが、やがてリーゼロッテのとなりで咳ばらいが聞こえた。
「リーゼロッテ、怖かったら俺と一緒に行こうか?」
「ヴァナルも一人で行けたし大丈夫ですよ。ちょっとわくわくします」
「……そうですか」
リーゼロッテはヴァイオリンと荷物を抱え、両足を揃えてぴょんと転移陣に飛び乗った。後に残されたヴィートはその様子を見て頬をポリポリと掻きながら「楽しそうで何より」と呟く。
ブォンと空気が振動するような音と共に、リーゼロッテの目の前の景色が冷たそうな石壁から温かみのある色合いの壁に変わる。壁際にはグエンとヴァナルが待っていて、早く移動するように手招きをする。慌てて駆け寄り振り向くと、転位陣が光りヴィートが現れた。そのまま部屋の扉を開き、リーゼロッテに外へ出るよう指し示す。
「ようこそ、我が家へ」
「今日の所は一泊して明日神殿へ向かうと良い。ヴィート、侍女に知らせて部屋を用意させるのでここから一番近い客間へ案内を。その格好で歩き回らせるのは得策ではないからな」
「分かった。こっちだ、リーゼロッテ」
客間がいくつもある広い屋敷を思い浮かべながら、リーゼロッテは言われるがままについて行った。転移陣の有った部屋の外に二人も見張りの兵士がいたことから、雇われている人間もきっと多いのだろう。これが貧乏子沢山な下級貴族だったら本当に申し訳なく思うのだが、あまり深く考えずに素直に厚意に甘える事にした。




