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四十五話

 砦の方では皆が一堂にユヌ族とのやり取りを見守っていた為、味方で不審な行動に出るものがいることに矢が飛んでいくまで誰も気づかない。


 城壁の上には兵士以外にも遠距離攻撃の冒険者たちが上っていて、それはアニスと貴族の坊ちゃま、ソレルも例外ではなかった。以前のソレルならばアニスを平民と蔑み聞く耳は持たなかっただろう。この砦でリーゼロッテと会い自分の在り方を考え始めるようになったソレルは、アニスのささやきをすんなりと受け入れてしまう。


「貴族が命じれば、砦の者たちは従わざるを得ないわ。悪いことだと分かっていても、あの子が隣の国と内通していることの片棒を担がされているの」

「なるほど」

「彼女の横暴を止められるのは同じ貴族であるあなたしかいない。あなたの弓の腕ならば彼女に届くでしょう?」

「無論だ。動いていない者を射止めるなど、距離があるとはいえ造作もない事だ」

「あなたをここへ寄越した者たちも見返すことが出来る。砦を救った英雄として、ね」


 この砦入りは人を射ることが出来ると聞いてしぶしぶ参加したものだ。的がユヌ族からリーゼロッテに変わったところで相手は悪党なのだから、何も問題は無い。寧ろその後に褒め称えられる自分を想像してソレルの顔はにやけている。


 バイオリンの音色に心を奪われたりもしたが、それも周りを惑わす彼女の手の一つだろう。危うく引っかかるところだったとアニスに言われれば、納得せざるを得ない。


 アニスが差し出した矢を何の疑いもせずに弓につがえる。矢の周りに幽かにどす黒い霧のような物がまとわりついているのにも、手柄に目がくらんだソレルは気が付かなかった。


 キリキリと目一杯弦を引けば、矢は当たるかどうかも分からぬ距離を放物線を描きながらリーゼロッテめがけて飛んでいく。当然そちらの方を向いていた者たちの視界に入ったが、リーゼロッテが崩れ落ちるまで誰も動けずにいた。


「誰だっ、誰がやったっっ。まだ指示は出していないぞっ」


 怒りで顔を真っ赤にしながらグルダンが怒鳴り散らせば、ソレルが得意げに名乗り出た。


「私が撃った。悪徳貴族から救ってやったのだ、喜ぶが良い」


 さあ褒め称えろと言わんばかりに両手を大きく広げ、芝居がかったような口調で話すソレルをグルダンは睨みつける。平民だったら即座に殴りつけていたが、握りしめた拳は振り上げられることは無かった。


「彼女を傷つける事で何が起こるか考えた上での行動ですか」

「は?内通を防ぐことが出来たんだろう」

「彼女はただ、襲撃の原因を探りに行っているだけですよ」

「だからそれが内通だと言っている。売国行為の一種だろう」

「本国からも見放されたただの一部族に何が出来るんですか。砦や国を売り渡す?馬鹿馬鹿しい。襲ってくる理由を知ることは利益になりこそすれ、損にはなりませんよ。味方のふりをして背後から射抜くあなたの方がよほど悪党だ」


 理解できているのかいないのか、きょとんとしている。内通は悪だとは学んでいるが、中途半端な教わり方をしている為にどういったものがそれにあたるのかが分からない。味方に損害を与え敵に利益を与えるものがそうなのだが、ソレルに言わせれば商人ですら内通者になってしまう。グルダンはソレルの方が悪いと噛み砕いて言い聞かせる為に、身分の話を持ち出した。


「リーゼロッテ様は、グエン様の紹介でこちらにいらっしゃいました。彼女自身は離れた領地の伯爵令嬢らしいですよ。グエン様が何者かは、あなたならばご存じのはずですよね」


 こちらの方は理解できたようで、ソレルは顔を真っ青にした。王族であり侯爵であるグエンの客人に矢を射かけた。しかもソレルの父親は、男爵と言う爵位を一応持っているとはいえ辛うじて貴族である程度。その事が何を意味するのか知らしめることが出来てから、グルダンは拘束の命令を出した。


「捕えろ。どうせ厄介払いで連れて来られた貴族だ、どうなったところで問題はあるまい」

「ま、待て、あの女に言われてやっただけだ。……どこだ、どこに行った」


 両脇を抱えられながらも、事態を飲み込んでいるソレルは大した抵抗をしない。引きずられながらアニスを探すが、見つけることは出来なかった。










「ユヌ族にはこの場を離れるように言ってくれ。砦の方の警戒を怠るな」

「迂闊でした。後方から攻撃を受けるとは、思いもよらず……」

「良い。防げなかったのは私の落ち度でもある」


 補佐はヴァナルと護衛に命じ、馬から降りてアルフレッドに抱えられたリーゼロッテの様子を見る。背負っていたバイオリンケースのベルトを外し、うつ伏せに地面に寝かせる。気を失ってもなお離さないバイオリンをリーゼロッテの手から取り上げ、地面に落ちている弓と共にリックにしまうように指示を出した。


「矢に呪詛が掛かっているな。魔力や精神力を奪う物か」


 補佐は解呪の呪文を唱え、矢に掛かっている呪詛を解いていく。複雑に入り組んだ呪術の構造は完全に無効化するのは難しく、専門外であるため非常に時間が掛かった。矢じりを残さない様に慎重に抜いて行き、抜けたと同時にすかさず治癒呪文を施す。本来なら激痛で意識を取り戻してもおかしくは無い筈なのに、リーゼロッテは悲鳴を上げることもしなかった。

 反応が無いリーゼロッテに、アルフレッドは不安になる。


「助かりますか」

「ああ、この程度なら三日寝込む程度で意識は回復するだろう。ただし、バイオリンを弾くのにどんな影響が出るかまでは知らん」


 アルフレッドは微妙な顔をする。傷口は既に塞がり、矢を抜く際に出た血の染みだけが残っている状態だ。ただ眠っているだけのようにも見えるリーゼロッテ。


「命に別状はない。が、問題はこの後どうするかだ」


 補佐が砦の方を見やれば、リックとアルフレッドと護衛と、ついでにヴァナルもつられて見る。


 ―――戻るべきかどうか。


 砦の中で暴動の類が起きているのならば戻るのは危うい。ここから一番近い町はフォレスタだが、意識のないリーゼロッテを連れたまま戻るには森を迂回しなければならない。馬に乗せたまま移動するとしても倒木や川が有り、モンスターも出る。


「俺が見てきましょうか。一応盗賊なんで偵察するなら一番適しているかと思うんすけど」

「ああ、頼む。……いや、待て」


 リックが申し出た丁度その時、馬に乗った兵士が砦の門から出てきた。真っ直ぐ馬を走らせ一行の前に止めると、下りて補佐に報告する。


「許可なく攻撃したものは既に捕らえました。砦にお戻りください」

「一体誰だ、冒険者か」

「いいえ、貴族です」


 リックとアルフレッドは「坊ちゃまか……」と顔を見合わせるが、補佐は片眉を上げた。


「何故だ、リーゼロッテ嬢が貴族であることはそれとなく知らせておいただろう」

「詳しくは本人に聞いて下さい。取り調べはまだいたしておりませんので」


 補佐は地面に下ろしたままのリーゼロッテを抱え上げて馬に乗せる。座らせた状態では無く、まるで荷物のように腹部を折り曲げた状態で、リーゼロッテの手足はぶらーんと馬から垂れさがっている。


「あ、そうやって乗せるんすか……」

「何か、問題でも?」

「いえいえ、何でもございません」


 貴族だからと丁寧に扱うと思っていたリックは、あまりにもぞんざいな扱い方に首を傾げる。てっきり二人乗りの状態で意識のないリーゼロッテを支えながら補佐が後ろに乗るのだとばかり思っていた。


 馬を引いて砦へ向かう補佐の後をリックとアルフレッドはついて行く。ヴァナルはユヌ族の消えた地平線を見ていたが、やがてふいっと砦の方向へ向きを変えた。


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