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四十一話

 砦へ来て三日目、漸く依頼を果たせる時が来た。会議室にはたくさんの椅子が並べられ、前方には広い台が置かれて舞台のようになっている。小規模ながらも即席のホールが出来上がっていたが、椅子に座っている兵士は一人もいない。


「お客様が一人もいらっしゃらないようですが、開始時刻は過ぎてますよね?」

「告知もしましたが、強制では無く仕事に差し支えのない時間で来るように言ってあります。が、ただの冒険者ではお客は呼べないでしょう。平民でも名を聞いた事のある、歌姫アデライード程の知名度が有れば話は別ですが」


 補佐が皮肉たっぷりに答える。確かに、歌姫でない自分はまだまだ価値が無いのだ。それは仕方のない事で、だからこそ自分とアデライードの違いを感じることも出来る。

 落ち込む要素ではない。寧ろこれからリーゼロッテを作り上げていける喜ばしい事だ。


「気軽に入ってこられるように、扉や窓は開いたままで構いませんよね」

「ええ。……まさか演奏するおつもりですか」

「ヴァナルもいますし、あなたもいます。聴いて行って下さるのでしょう?」

「それは、そうですけど」


 ふらりと訪れて聞いて行ってくれる兵士がもしかしたらいるかもしれない。慰労と言うのは苦労をねぎらう事で、決して押し付けになってしまってはいけない。酒場で弾いている時と同じだ。飽く迄お酒の添え物で、要望が有ればリクエストに応える程度で良い。


 曲目は平民でも知っている曲と、貴族の間で演奏される中でも柔らかい曲調のものを選んだ。酒場でいつも弾いて受けがいい舞踊曲や、神殿で奏でられる宗教曲も。最前列の端でお座りしているヴァナルと、困り顔で座っている補佐の為に、ぺこりとお辞儀をしてまずは一曲目。


 聴衆がいなくとも一音一音丁寧に歌い上げる。音響はコンサートホールの様にとはいかないが、バイオリン一つだ、寧ろサロンのような雰囲気でこの場には合っている。春の柔らかい日差しが窓から降り注ぐ一人と一匹しかいない静かすぎる客席に、リーゼロッテは長らく忘れていた家族の団欒を思い出した。


 母と二人で練習する姿を父が椅子に座って優しく見守る、日の光が入る屋敷の一室。上手に弾けないからと言って母は怒ることを決してしなかった。楽しむことを教えてくれて、だからこそできなければ自分で何とか上手になりたいと練習を重ねる。母のようになりたいと、目標が身近にいたことも上達への近道だったのだろう。


 弾いている間に一人、また一人と会議室に入ってくる。曲の合間にタイトルと簡単な説明も入れた。そのうち訓練を終えた冒険者も入ってきて、演奏後の拍手の音も大きくなっていく。リックやアルフレッド、アニスや貴族の坊ちゃまの姿も壇上から見えた。守備隊長の姿も。


 宗教色の濃い曲を透き通るような音色で弾けば、誰もが息を飲んだ。降り注ぐ日差しが揺らめいて女神が降臨するような錯覚に陥ったのである。最後の一音まで丁寧に引き上げた後、リーゼロッテがお辞儀をすれば割れんばかりの拍手が鳴った。適度な緊張から解放されてほっと一息を付いた後ははちきれそうな笑顔を向ける。


 歌姫アデライードでなくても、バイオリン弾きのリーゼロッテは決して皆に認められない存在ではない。酒場の様に別の目的で来るお客様ではなくて、ここに居るのはバイオリンを聞きに来てくれた人たちだ。ただし無料という条件付きではあるけれど。それでもこれだけの人を呼べると、リーゼロッテは少しだけ自信を持った。



「結構すごいのね、あなたのバイオリン」


 夜、寝る前に久々にアニスが声を掛けてきた。最後の曲を弾いてから心は穏やかで、転ばされそうになったことも言及せずリーゼロッテは素直にありがとうと言う。


「他にどんな曲が弾けるの?」


 いくつか曲の題名を上げていくが、アニスは気のない返事をする。有名な曲を上げたつもりだったがあまり詳しくは知らないのかもしれない。もしかしてどのような種類のという意味だったのだろうか。曲のジャンルを聞いていたのなら少し見当違いな答え方をしてしまったと反省し、リーゼロッテは会話をつなげる。


「他にもモンスターを操ったり、能力を高めたり、魔法のような効果が出る曲も弾けるの」

「それで今のパーティに入れてもらえたのね。吟遊詩人って楽器を奏でたり歌を歌って町で稼がせる職業だとばかり思っていたわ」


 アニスは会話に少しずつ毒を挟んでくる。けれどももしも効果付の曲が弾けない状態で冒険者になっていた場合は仲間にそのような扱いをされてても不思議はないのだ。世間一般での吟遊詩人はそんな認識なのかと思いながらアニスの話を聞いた。


「私はね、今のパーティーにどうしてもってお願いされて入ったの。他にもたくさん誘ってくれる人たちがいたけれど、女の子がいるパーティーだとどうしても嫉妬されてね。うまく行かなかったのよ」


 リーゼロッテにしたようなことをすれば、揉め事が起こるのは当たり前だ。意図的に同性を排除しようとしてやっているのだと思ったが違うのだろうか。


 アニスのようなタイプは今まで会った事が無い。シエラやノーラは性別関係なく接しているし、アニスと齢の近い義妹にも屋敷に招く女友達はいた。母や継母にはそう言った目を向けて来なかったから知らないが、社交でうまくやっていた面から考えると同性との付き合いは慣れたものだろう。


 短い期間の付き合いと割り切るか、悪い点を指摘するか。後者を選べば仲良くなるのも悪化するのもアニス次第という事になる。リーゼロッテは悪化する可能性の方が高いと判断し、我慢することを選んだ。


「私の魔法が凄すぎる上に可愛すぎるからイケナイのよね。あなたもそこそこ可愛いけれどそんな苦労したことないでしょ?」


 誰がどう見たって可愛くない子が言えば場を盛り上げるための冗談と取れるのだが、アニスは本気で言っている。今アニスに絡まれていることは苦労の内に入ると思ったが、それは自分がかわいいと認めていることになる。油断すればアニスに染められてしまいそうな気がして、リーゼロッテはさらりと躱し興味を引いた魔法について質問した。


「どんな魔法が使えるの?」

「それは……いろいろよ」

「私はまだまだレパートリーが少ないから羨ましいよ。状態異常を回復する手段を持っておきたいと思っているんだけど、うまく行かなくてね」

「そう。それは大変ね」


 アニスは相槌を打ちながらも、徐々に表情を暗くしていく。不思議に思いながら「どうかした?」とリーゼロッテは聞いた。未知の人種との会話はどこにどんな火種を抱えているか分からなくてハラハラする。


「あなたの自慢話に飽きただけよ。お休み」


 そう言って布団をかぶってしまった。突然話を打ち切られて驚いたリーゼロッテは今の会話の中で自慢話が有っただろうかと思い返す。自慢していたのはどう考えたってアニスの方だ。釈然としないまま、リーゼロッテももそもそと布団の中に入った。




 四日目、走り込みも三回目を終えれば次はもう少し速度を上げようと欲が出てくる。貴族の坊ちゃまも完走するようになって、途中棄権はアニスだけとなった。息が切れていない状態なのに走っている場所から外れ、皆が走り終えるのを待っている。


 走り終えて息も絶え絶えのリーゼロッテの腕を掴み、アニスは監督をしていた兵士に言い寄る。先にゴールしていたリックとアルフレッドは、友達が出来たのかと暢気に構えていた。

 まるで兵士の号令のように大きな声でアニスが叫ぶ。


「この人、走る前にバイオリン弾いてました、能力をアップさせてから走っているに違いありません!」


 ほんの少しだけでも仲良くなれたと思ったのはリーゼロッテの錯覚だったらしい。


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