四十話
昼食は走った後だったのであまり食欲が無く、話もまともにできなかった。兵士の発言が頭の中をぐるぐる回っていた事もある。
今ならば昼よりも少し落ち着いてリックやアルフレッドと会話をしながら食事ができる。
「そう言えば訓練中、どこかでバイオリン弾いてただろう?」
「うん、聞こえた?」
サラダをつつきながらアルフレッドの問いにリーゼロッテが答える。
アルフレッドは剣の稽古を、リックは俊敏さを高める訓練をしていた。盗賊は鍵開けや罠解除の技術を持つものだが、砦で、言うなれば国が管理している公の場所で、一歩間違えれば犯罪に繋がる訓練をすることはない。
室内の訓練場もあるが晴れていたので大概の冒険者は外にいた。バイオリンの音色を聞いて居たものは少なくない。
「なんか元気でた。効果付の曲でも弾いてたのか?」
「ううん、全部普通の曲だよ。新曲作ったけれど周りに影響はなかったみたいだし」
最初から狙って効果付の曲を作ることは稀だ。気づいたら何らかの影響を及ぼしていたと言うのがほとんどだが、どれも最初は微妙なものだ。雪の精霊の曲のように編曲して効果が高まっていくことが多い。
リーゼロッテは一人でバイオリンを弾いているだけだったので、二人が話す訓練中の出来事を羨ましいと思いながら聞いていた。何度かここへ顔を出している冒険者たちは他にもいて、お互いに腕を上げたかどうかの自慢の場にもなっているらしい。
ここへ来て新しく出来た知り合いと言えばアニスだが、どう考えても再会を喜ぶような関係にはなれない。部屋へ戻るのが少し怖いくらいだ。
「教えてくれる先生がいればいいのだけれど、どうしても自主練習になってしまうのは仕方がない事よね」
「そうだなぁ。そもそも人に教えられるほど音楽の技術や知識が有ったらこんなとこにはいないだろうしな」
貴族のお抱え楽師になっているか、どこかの楽団に入っているだろう。束縛を嫌う人達はリーゼロッテのように吟遊詩人になっている。
他にもイオニア側の壁から見た景色のことなど、ひとしきり話した後に少しだけ間が空く。二人ともリーゼロッテの貴族の部分に関して、聞きたいけれど聞けないと言う顔をしていた。けれど人が大勢いるここでは話せない。
「私の事に関してはフォレスタに戻ったらちゃんと話すからね」
「ん」
「分かった」
短いやり取りが信頼しあえている仲間と言う気がして、リーゼロッテは嬉しくなった。まだ詳しく話せていないが、その心算があることを伝えられただけでも少しだけ楽になる。
気持ちが変化して話す気になったのは、言語の通じない騎馬民族の話を聞いたからだった。話せばわかることをおざなりにすれば、リックとアルフレッドが取り残される側に回ってしまう。リーゼロッテを取り巻く環境が変わっていく時に、情報が有るのと無いのとでは取るべき選択肢も変わってくる。
巻き込まない事が最善。けれどどうしようもなくなった時には、出来るだけ二人に納得できる道を選んでもらいたいと願った。
リーゼロッテが最後に食べ終わり席を立とうとした時、呼んでもいないのに貴族のお坊ちゃまが来た。食事を終えて付き人が食器を返却している間に来たようだが、リーゼロッテ以外の冒険者に話しかけるのを見たことが無い。
変なのに付きまとわれてしまった。アニスのように敵意を持っているわけでは無いのだろうが、あまり仲良くはなりたくない人種ではある。
お坊ちゃまはリーゼロッテの向かいに断りも入れずに座った。
「午後は弓の練習をしていた。君はバイオリンを弾いていただけか」
「ええ、吟遊詩人なので」
怠けているとでも言いたいのだろうか。だが職業としての訓練はそれ以外にやりようがない。
「バイオリンなど、ここでなくても家で弾けるだろう。走り込みだけわざわざしに来たのか」
「兵士の慰労の為に弾くことを依頼されたのですが、今日は会議室が空いておりませんでしたので」
家に帰れない事情を知らないのは仕方ない。それがなくとも引っかかる言い方を受け流し、リーゼロッテは貴族の……というよりも大人の対応をする。本人に喧嘩を売っているつもりなどさらさらないのだろう。淡々と相手をするしかなかった。
その間、リックとアルフレッドは黙って座っている。少し俯くようにして、表情に乏しい。それもリーゼロッテには不可思議に見えた。
「私はここへ狩りをする目的で来た。狩りは得意なんだ。今まで何匹も仕留めてきた」
「そうなのですか」
狩りをするなら砦ではなくて森へ行けばいいのにとリーゼロッテは思ったが、うっかり興味のあるような素振りでも見せてしまえば話が膨らんでいくことは間違いない。
思った反応が得られない事に業を煮やしたのか、少し不機嫌になって坊ちゃまは席を立った。去り際、まるで独り言でも呟くように言い放つ。
「実戦ともなれば獣ではなく人が狩れるのだからな」
残された言葉を飲みこむのに時間が掛かり、やがて理解したリーゼロッテは眉をしかめて嫌悪感を露わにする。貴族が立ち去り食堂を出て行ったのを確認してから、リックとアルフレッドは食器を持って立ち上がった。リーゼロッテも腹立ちまぎれに文句を言いながら立ち上がる。
「ここに来ている冒険者って、あんな事を考えている人ばかりなの?」
「あいつのいう事は極端だが、対人での実戦を目当てに来るやつは少なくないと思うぞ」
「攻めてくるのを適当に追い払って終り。毎年そんな感じなんだけどなぁ。勘違いした奴は良く来るよ」
戦闘があることは依頼を受けた時に聞いた。砦と言うからには防衛を目的とした戦闘なのだろうと思っていたが、あれではまるで―――
「人を殺すのを楽しみにしているみたいな言い方だったよね」
気分が悪い。場合によってはリーゼロッテに対する脅しとも取れるような言葉だ。冒険者になった以上命のやり取りをすることは多少なりとも覚悟しているが、あの貴族は狩りだと言った。それは一方的な暴力を指し、自分に危険が及ぶことなど微塵も感じていない事を示している。
「あ、そういえば私が話している時ずっと俯いてたけど、二人ともあの人に何かされたの?」
リーゼロッテが訊くと、リックとアルフレッドは面食らった様な顔をする。続いて笑いながら否定したが納得できない顔で二人を見ていると、説明を始めた。
「貴族には、自分から話しかけるなと教わっている。平民には子供の頃から叩き込まれることだ」
「貴族の方も用が無い限りは平民に話しかけないしな」
貴族と平民の差。曖昧な感覚のままだったリーゼロッテははっきりと思い知った。初めからリーゼロッテが貴族だと知っていたら二人は気楽に話しかけなかっただろう。それどころかギルドのメンバーも事務的なやり取りしかしなかったかもしれない。それはあまりにも悲しい。
「ん?という事は、私以外に話しかける人がいないという事よね。もしかしてあのお坊ちゃま、一人ぼっちで寂しい人?」
「いやあ、俺らには何とも言えないなあ」
「はっきり言ってしまえば不敬になってしまうからな」
にやけた顔で誤魔化そうとするが、それは言っているのと同じこと。リーゼロッテの坊ちゃまに対する印象は、物騒なことを言う人から一気に可哀想な人になった。




