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四話


 ギルドより少し歩いた場所にある小ぶりの宿、森の木陰亭。町の中でも閑静な住宅街に近いので治安は比較的良い。都会的ではないが品の良い素朴で素敵な宿屋で、リーゼロッテは一目見て好きだと思いそこに宿を取ることに決めた。


 それが、三日前。


 一日目、手持ちのお金が足り無いことをおかみさんに告げると皿洗いと引き換えに一泊だけ泊まらせてくれることになった。お皿を二枚も割ってしまったので明日からは別の仕事を探して宿賃を払うように言われる。

 二日目、町を歩いて職を探した。皿洗いは不向きな事が分かったので店番などの仕事を探したが、子供みたいな容姿なので断られてしまう。お手伝いをしている子供はあちこちで見かけるのに。おかみさんに土下座をしてもう一泊居させてもらった。

 三日目、広場でバイオリンを弾いて稼ごうとしたら自治警察へ通報されてしまった。身分が証明できて役所で許可をとらないととダメなのだそうだ。これまでそうやって路銀を稼いできたのに世知辛い世の中だと、リーゼロッテは簡易的な牢屋の中で思った。おかみさんに身元保証人がわりになってもらって釈放される。


 そして今日、リーゼロッテは晴れて冒険者になった。


 今までは冒険者なんて職業があることも知らなかった。彼女の知る物語の中でモンスターを倒すのはほとんどが騎士で、町と町を馬車で行き来するのに護衛として付いてくるのは、家に雇われていて経歴から何から全て調べ上げられている信頼のおける兵士だった。


 自分の足で歩いて、初めていろいろな事を知る。食材だけではなくてリーゼロッテの家では料理長が作っていたパンを売るお店がある事。見よう見まねで買い物をして、お金は後でまとめて請求されるのではなくてその場で払う事。硬貨や紙幣の種類。服飾などを扱う商人は家に出入りしていたのでそう言ったお店があることは知っていたのだが、見本として持ってきていた服が『既製品』だと言うのも初めて知った。


 旅を始めた頃に乗合馬車で一緒になった冒険者がいろいろと教えてくれた。冒険者のギルドがある事やモンスターの種類、どんな冒険をしたか。戦士や魔法使いなんて細かく分かれていることもその時に初めて知り、楽師はあるかと聞いたら吟遊詩人が近いものだと教わった。私も冒険者になろうかなとリーゼロッテが言うと、その冒険者は首を振る。


「君みたいな女の子が冒険者としてやっていくのはかなりきつい筈だ。依頼のほとんどが雑用みたいなもので底辺の仕事だからね。選ぶなら最後の手段にしておいた方が良い」


 その最後の手段をあっさりと選ぶ羽目になってしまったのだが―――

 長く続けて難易度の高い依頼をこなしていけば名を上げることも出来るそうだが、それだけは絶対に避けたいと思う。取り敢えずお金は手に入ったし、自由を満喫できそうなのでリーゼロッテは良しとした。


「あの、おかみさん。滞納していたお金を払いに来ました」

「あはは、やっと払ってもらえるのかい。今日も泊まっていってくれるんだろう?」

「はい宜しくお願いします」


 やっとお金が入ったので宿賃を払うことが出来た。かなり迷惑をかけているのにおかみさんの温かい言葉と笑顔に涙が出そうになる。身分も証明できるものが手に入ったし、明日もここに泊まれそうだ。生活の目途が立って安心したため、布団に入るとすぐに眠りについてしまった。



 翌朝起きると、小人が出てくる童話の様な無邪気で軽やかな曲を弾いた。毎日続けている習慣でこれを弾かないと生活に支障が出てしまうのだ。寝ぼけ眼だが、音を外すようなこともリズムが狂うようなことも絶対にしない。おかみさんにも言ってあるし、角部屋で、隣は階段だ。苦情が出たら弾く時間帯を少し変えたり町の外で弾くようにしなければならない。


 朝食を宿でとるとすぐに冒険に出られるように携帯食料と水筒とバイオリンを持って、さっそく冒険者ギルドに手ごろな依頼を探しに行った。他の冒険者に混じって掲示板を注意深く見ていく。クエストの中でランクが低いもの、克つ一人でも受けられそうなものを消去法で探し、薬草探しを選んで受付へと持って行った。


 昨日の今日で張り切っているリーゼロッテを笑顔で迎えるシエラ。朝でも完璧な笑顔にリーゼロッテは劣等感を抱くよりも見習おうと決心して、自分も笑顔になるように努めた。


「シエラさん、このクエスト受けたいのですけど……」

「はい、ああ、これですね。南門を出て街道を道沿いに行き、右手に立て看板があるので脇道の方へ進むと巨木の下に生えてます。比較的近い場所なので初心者向けです。少し待ってくださいね」


 カウンターの中で事務的な手続きを済ませ、貼り紙と簡単な地図をリーゼロッテに渡しながら簡単に説明をしていく。


「今、手の空いている冒険者は……」

「一人で行くので大丈夫です」

「待ってください、あなた吟遊詩人でしょう?モンスターが出たらどうするんですか」

「一人が好きなので仲間はいりません」


 待ちなさいと、シエラの叫ぶ声も聞かずにリーゼロッテは外へ出て行ってしまった。はじめての冒険に胸躍らせる彼女を止められるものは、誰もいない。入れ替わるようにして、スヴェンが二階から降りてくる。


「どうした、二階まででかい声が聞こえたが」

「リーゼロッテさんが一人で薬草採取の依頼を受けて出て行ってしまったんです」


 それを聞いたスヴェンは顔色を変えた。いくら近くと言っても吟遊詩人職の駆け出し冒険者が一人で出歩くなど自殺行為に等しい。掲示板の前でシエラの剣幕に驚き、成り行きを見ていた冒険者二人を呼んだ。このギルドでは中堅に入る戦士とシーフの組み合わせだ。シーフがリック、戦士がアルフレッド。


「リック、アルフレッド、緊急の依頼だ。リーゼロッテを陰ながら護衛しろ。自立させるためにもやばくなるまで絶対に気づかれるな」

「分かりました」

「了かーい、報酬は弾んでくださいよ」


 アルフレッドは律儀に答え、リックは軽い調子で返事をした。



 リーゼロッテがこの町に来た時には別の門から入ったので、南門は初めてだ。モンスターが出る方面への出入り口なので、かなり頑丈な造りで物々しい警備になっている。門から出ようとすると、門番に声を掛けられた。


「お嬢ちゃん、一人かい?保護者と一緒じゃないと出られないよ」

「リーゼロッテ、二十一歳、冒険者です。依頼の為に外へ出るつもりなのですが、何か?」


 あからさまに子ども扱いしてきた門番をキッと睨みつけ、冒険者カードを提示した。文句を言いたかったリーゼロッテは怒りを抑えて大人の対応をする。疑わしげにカードを覗き込む門番は確認すると素直に謝った。


「あ、いや、済まない……って吟遊詩人?一人で大丈夫なのか?」

「ご心配なく」


 会釈をしていそいそとカードをしまい門を出て行くリーゼロッテを、門番は心配そうに見送った。とぼとぼと一人で歩く後ろ姿は、親に怒られて家出した子供のように見える。少ししてから二人組の顔なじみの冒険者が門を訪れた。


「リックにアルフか。さっき女の子が一人で出て行ったんだがパーティ組んだのか」

「違うけど、一応こっそりついて行くように言われたんでね」

「支部長の依頼で、陰から護衛しろと言われた。甘やかしすぎのように思えるが……」

「あの見た目じゃ、それも止む無しってとこだな。門の閉まる時間を言い忘れたんだ。もしよかったら伝えておいてくれ」


 閉門は夜七時。それ以降も見張りがいるにはいるのだが、よほどのことが無い限り門を開けることは出来ない。朝七時に門が開くまで、町の外側での危険な野宿となってしまう。開かれた門の外に女の子の遺体が転がっているのは、寝覚めが悪い。二人が向かうと聞いてほっとした門番だった。



「森の空気、好きかも?」


 小鳥のさえずりや木々のざわめきを聞きながら新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。見上げれば日の光が枝葉の隙間からさんざめき、下を見れば木漏れ日が揺れている。時折花の香りが漂ってきて、小動物や虫がせわしなく動いていた。周辺の明るい森は、フォレスタの町名の由来となっている。


 シエラに言われた通り脇道を歩いて行くと、一本の巨大な木の根元に依頼書に掛かれたイラストと同じ植物が一つだけ残っていた。白い球根の様な形で先端が青くなっている。既にほとんどが誰かに持ち去られてしまったようでこの状態では採取が出来ない。

 リーゼロッテはバイオリンをケースから取り出し、広範囲に影響が出ないようしゃがみ込んでピアニッシモで成長を促す曲を弾いた。

 木陰からリーゼロッテの様子を見守る二人はリーゼロッテの行動の理由が分からない。


「何やってんだ、あの子。具合でも悪くなったのかな。採取地なのに刈り取ってるようにも見えないし」

「楽器を演奏しているみたいだな。もう少し様子を見てみよう」


 辺りを警戒しながらもかすかに聞こえる演奏に演奏に耳を傾ける。明るくのびやかな曲で、聞くだけで全身の細胞が活性化するような感じがした。


 吟遊詩人の作る曲には三種類ある。一つは魔力や技術の差はあるにせよ、誰が演奏してもほぼ同じ効果が出るものだ。後世まで残るのはこちらの方で作るのもかなり難しく、譜面や口伝によって伝えられる。回復や浄化、能力や状態の変化など小規模のものがほとんどで、稀に広範囲に渡り大規模な効果を及ぼすものも存在するが秘匿されていることが多い。

 二つ目は作曲者にしか効果の出せないもので、リーゼロッテが扱っているもののほとんどがこれにあたる。歌詞を乗せればさらに様々な効果を出せて小回りが利くのだが、リーゼロッテは歌わない。

 三つ目は何も効果の出ないもの。旅先で聞いた物語や想いなどを詩に乗せて曲を作る、いわゆる普通の曲。もっとも、これを作るのが一番吟遊詩人らしいのだが、リーゼロッテの旅は始まったばかりだ。


 刈り取られていた植物は切り口から徐々に芽が伸びていき、収穫に適した時期まで成長する。演奏を止め採取に移ろうと立ち上がったところで、近くの茂みががさごそと音を立てた。


 現れたのは一匹のイノシシ型のモンスター、ワイルドボア。バイオリンを構えたまま対峙するリーゼロッテ。間近で見るのは初めてだが遠目に見ながらお肉がおいしいモンスターだと教わったことがある。せっかく成長させた植物を荒らされないようにじりじりと移動した。両者ともに相手を睨みつけ、緊迫感が漂っている。


 リーゼロッテが演奏を始めたのを皮切りに、ワイルドボアはリーゼロッテめがけて突進し始めた。引いているのは場にそぐわない何とも和やかな曲。ぶつかりそうになる寸前のところでくるりと回って攻撃を躱すのだが、演奏の手は止めずに続けていた。リックたちにはまるで踊りながらバイオリンを弾いているように見える。


「すげー。あの子バイオリン弾きながらモンスターの攻撃避けてるよ」

「これは……助けに行った方が良いものか、迷う所だな」


 演奏しながらまるで闘牛士のようにひらりと回転して攻撃をかわすこと数回。曲が終わるとワイルドボアは動くことなく傍にたたずんでいた。興奮が収まって呼吸も穏やかになっており、リーゼロッテが頭を撫でようとすると嬉しそうにすり寄ってくる。開いたままのケースの上にバイオリンを置き、薬草を採取して袋に詰めた。これだけあれば依頼は達成となるだろう。

 休憩しながら水を飲んでいると、懐いたワイルドボアが警戒を促すように鼻を鳴らした。リーゼロッテは慌ててバイオリンを持って立ち上がる。傍に居るワイルドボアよりも数倍大きなものが、森の木々の隙間からこちらを窺っていた。


「流石にあれはやばいって」

「だな、助けよう」


 後から来た方のワイルドボアは鼻息を荒くしながらしきりに首を振り、前足で地面を掻いて明らかにこちらに敵意を向けている。リーゼロッテは傍に居るワイルドボアにバイオリンで闘志と攻撃力を上昇させる曲を聞かせながら「行け」と短く命令した。曲を聞きながら体を徐々に膨らませ敵に向かって突進していった味方のワイルドボア。敵も同じく怯まずに攻撃を開始する。


 リックたちは近くに来て武器を構えたもののその様子を見て呆然とした。吟遊詩人なのに魔獣使いの真似事も出来るなんて聞いた事が無い。精々が荒れ狂うモンスターの気を静める程度ばかりだと思っていた。

 二匹は寸分たがわず正面衝突し、低く鈍い音が辺りに響き渡った。向きを変えて元いた位置に戻り再度衝突する。まるで縄張り争いをするように何度も何度もぶつかり合った後、暫しの静寂が訪れ、やがて地響きを立てて二頭が横へと倒れた。

 リーゼロッテはバイオリンを下ろすと傍に来た二人に声を掛ける。


「もしかして、助けに来てくれたの?」

「ああ、その心算だったんだが」

「すげー、これ、手配書に合ったキングボアじゃねーか」


 大きな方のイノシシを覗き込むリックが歓声を上げた。数人の冒険者が被害にあい討伐依頼が出ていたモンスターだ。薬草を持ち帰る事しか頭になかったリーゼロッテは、討伐の後始末の仕方を知らなかったので二人に聞いた。


「この後、どうすればいい?」

「解体して肉や牙や皮なんかを持ち帰ってギルドに証明するんだ。その後そのまま買い取ってもらうんだけど、この大きさだと持って帰るのも大変そうだな。しかも二匹」

「任せて」


 リーゼロッテがおどろおどろしい曲をバイオリンを奏で始めると、死んだはずの二頭が濁った眼をしたまま起き上がり、ゆっくりながらも自ら歩き始めた。あまりに非常識な光景に二人は目を向いた。二匹が死んでいることをもう一度確認してしまう。


「死霊使いみたいなことまで出来るのか」

「あはは……もはや何でもアリだなー」 


 リックの乾いた笑いが響く。二匹のイノシシの死体と一緒にのんびり歩くことが我慢できなかったリックは歩き始めて少ししたところで一つ提案した。


「俺、先に帰ってギルド長と解体の人手を集めとくわ」

「頼む」

「お願いします」


 残されたアルフレッドは辺りを警戒しながらリーゼロッテの異様な行進に付き合う。攻撃力が全くないのに自分たちをはるかにしのぐ戦闘をやってのけた彼女に、気軽に声を掛けられないでいた。演奏の邪魔をしてはいけないと思ったのも確かだが、自分たちは低いランクの依頼でお茶を濁そうとしていたことを恥じたためである。子供でも巨大なモンスターを倒せたことに驚き鍛錬が足りない事を自覚した、まじめなアルフレッド。リーゼロッテを子供と思っていることが大きな間違いなのだが。


 門の前にはギルド長たちが待っていた。そのまま町の中に入るとモンスターの襲撃と勘違いする人が出るかもしれない事と、血の匂いに誘われた別のモンスターの襲撃を防ぐため、解体の準備が門の外側に用意されている。依頼を受けた暇な冒険者や肉屋などが集まっていた。

 バイオリンの演奏を止めるとモンスター達の巨体はどおんっと横倒しになった。それを合図に刃物を持った男たちが一斉に群がる。臭いに我慢できず、作業の状態も見ていられなかったリーゼロッテはたまらず門番の所まで避難した。


「宿に戻るのかい?」

「悪いからここに居る。本来なら仕留めた私がその場でやるべきことなんでしょう?」

「……へっ、君が倒したの。二匹とも?吟遊詩人だよね」


 倒した時の様子を簡単に説明すると、門番はなるほどと頷いていた。


「突進する習性をうまく使ったんだね。すごいなあ」


 門番がしきりに褒めるのでリーゼロッテはなんだかこそばゆくて仕方がない。


「けれど、もし操っていない方が君の方に向かって来たらどうするつもりだったんだ?」

「実験したことあるけれど、複数を操ることも出来るから大丈夫」

「音楽を聞かないモンスターだったら?」


 そう言われてリーゼロッテは黙ってしまう。考えたこともなかった。馬車に乗るお金すらなくなって徒歩で町や村の間を移動した時も、襲ってくるのは大概が獣の形をしたモンスターだったから、聴覚を持たないモンスターや音楽の効果がでないものには会った事が無かった。

 門番は考え込むリーゼロッテの様子を見て、子供を諭すように言った。


「パーティーを組む事をお勧めするよ。大人だったら周りに心配かけないように準備することも覚えようね」


 大人だったら、と言う門番の言葉には心惹かれるものがあったのだがそれではせっかく手に入れた自由が半減してしまうような気がした。だが、一度試しに組んで様子を見てみるのも悪くないかもしれないと思い、リーゼロッテは頷きながら解体の様子を見た。……この先一人で冒険をするとしたらあれを自分でやらなければならないのかと思いながら。


 本来ならギルドの内部で買取査定をするのだが、シエラがメモを取りながらその場で計算をしている。引き上げる時に解体のお礼はどうすれば良いかとリーゼロッテが聞くと、それも考慮したうえでの査定となるから気にしなくていいと言われた。


 キングボアの討伐依頼達成および二匹の素材の買い取りと、薬草採取の依頼達成でリーゼロッテのふところは結構暖かくなった。


結構長くなってしまいました。

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