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三十五話

 砦の訓練を受ける者の中で、扱いに困るものと言うのは少なからずいる。少しばかり腕に覚えのあるひよっこ戦士、頭が良すぎて理詰めで防衛の穴を指摘する魔法使い、そして我がままし放題に育った貴族。戦士は存外自分が強い事に気づき驕り始める。魔法使いは効率を考えるあまり兵士の心情や疲労を考えず、自分の意見が通らないと知るや身分が上の者を出せと喚き散らす。貴族は、言わずもがな。鍛える名目で来ている筈なのに身分をかさに着て訓練を免れる。性根を正そうと厳しくすれば、間違った方へとやる気を見せたりと手に負えない。


 体の小さい嫁き遅れ貴族女性を鍛える必要が、どこにあると言うのだろう。しかもお忍びで冒険者のなりをしてくるらしい。グエンからの手紙を読んで砦の守備隊長はため息をついた。


「丈夫な子供を産むためではないですか?……グエン様の紹介なら男漁りという事はなさそうですけれど」


 執務机の上に放り投げたそれを彼の補佐が読み上げて言った。過去にそう言った女性がいたのは事実で、王城警護の将来を約束された有望な若手が道から外れて行ってしまったのは記憶に新しい。

 

「それ、間違っても本人の前で言うなよ」

「言うわけないですよ。言ったら首が飛びますって」


 中身には本人の希望を出来るだけ汲んでやってほしいとの事だった。鍛えろとも、価値観を正せとも書かれていない。兵たちの慰労としてバイオリンを弾くためと書かれているが、他にどのような理由でここへ寄越されたか推測できず、頭を悩ませていた。


 机の上の手紙は別の差出人の物がもう一通ある。そちらは単純明快、男爵の息子の性根を叩き直してほしいと言うものだった。どちらにしても頭を悩ませるものには違いない。今年の春は問題が山積しそうで守備隊長は深いため息をついた。





 森林地帯を抜けるとそこには石造りの砦が立っていた。リーゼロッテ達は歩きながら徐々に近づいて行く。冒険をするようになってからよく森を歩くせいか、息を切らさずリック達について行けている。


「ここまで来るのに結構距離があるのね」

「森自体も国境の守りの一部みたいなものだからね」


 倒木、川、巨岩、勾配、モンスターや様々な生き物等、騎馬民族が砦を抜けて来たとしても行く手を阻むものは多い。そもそも馬に乗った状態で整備されていない森を越えるなど至難の業に等しい。


 では何故騎馬民族は砦を狙うのか。


 大森林よりも南側には川が流れており、それが国境となっている。大森林の北側には山脈が通っていて、隣国と接している平地はこの砦の一帯しかない。

 雪の深い冬には南側へ、夏になると北上するのだが、春先のまだ植物が生えそろってない時に丁度この辺りを通るので、民族にしてみればついでの様なものだ。

 交換と言う形ならば砦側も水や食料の提供は拒まないが、冬を越した彼らにこちらへ寄越す物資は無い。仕方なく襲い、ただし守りは強固なので返り討ちにされる。



 近くで見ればより強固な砦だとわかる。アーチ形の綺麗な石造りの門を見上げてリーゼロッテは感嘆の声を上げた。


「大きいね……」

「街道と繋がっているわけでもないのにこれだけ大きくする必要があったのか謎だけどな」


 リックとアルフレッドと一緒になって見上げていると、不意に声が掛けられた。


「昔はここにも一本街道が通っていたからな。ようこそ、エスクド砦へ。君たちは訓練を受ける冒険者だろ?」


 門番に中へ入る様に促され、受付の場所まで案内をされる。受付には冒険者が大勢列を作っていて、リーゼロッテ達の後からも次から次へと並ぶ。女性の冒険者もいて少しだけ安心した。名前を言ってギルドで依頼を受けたか照合し、冒険者は割り当てられた部屋へと案内される。


「リック、アルフレッド、リーゼロッテ……失礼いたしました。リーゼロッテ様のみ別室にて守備隊長と面会をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「あ、はい」


 リックとアルフレッドに視線を向ければ、ヴァナルを連れて行くように言われた。バイオリンを持ったまま、黙って案内人の後をついて行く。砦の中にはいくつもの建物が有り、またその建物の内部も雑然と並んでいて迷路のようだ。たどり着いた場所は両開きの立派な扉の前。元の場所に一人で戻れと言われても無理だと、リーゼロッテは感心する。おそらくそれも防衛の一つなのだろう。


 開かれた扉の先には中年の男性がいた。体は鍛えられて筋骨隆々、眼光鋭くにらまれただけでごめんなさいと謝りたくなるような厳ついおじ様だった。隊長服とでもいうのか、一般兵とは違った身なりをしている。声を上げて叱られれば震えあがってしまうような低いどすの利いた声で、話し始めた。


「貴殿がリーゼロッテか」

「はい」


 それでもリーゼロッテは真っ直ぐ顔を上げて返事をする。正式な挨拶をした方が良いものか迷ったが、男性は構わず言葉を続けた。


「守備隊長を務めているグルダンだ。グエン様から手紙が届いている。貴殿の望みを出来るだけ叶えてやってほしいとの事だが、何か希望があるか?」


 口調が貴族に対するものではない事にリーゼロッテは気付く。グエンからの声掛けで行き過ぎた特別扱いをされては困ると思っていたので、丁度良い扱いに心地よさを感じた。素直に自分の希望を述べていく。


「体力づくりの基礎部分は他の者と同じように訓練し、彼らが剣や魔法の訓練に入る時には兵を労うためにバイオリンを弾きたいと思います。もしも実戦に入ってしまった場合はそちらの指示に従います」


 リーゼロッテが答えれば、グルダンは軽く目を見張った。続いて補佐の男が口を開く。こちらは丁寧な口調だ。


「食事や部屋に対しての希望はございますか」

「他の冒険者と同じように扱ってください。あ、でも寝室は女性と男性は分かれてますよね?」

「冒険者同士で間違いがあっては困るからな、その辺は配慮してある」


 それからいくつかのやり取りをして面会は終わる。基本は他の冒険者と同じように扱い、もし無理なようであれば申し出れば考慮するとの事だった。バイオリンの演奏についても、寝泊りする場所以外ならばどこで弾いてもいいというお許しが出た。夜の見張りで昼間寝ている者もいる為だ。ヴァナルを傍におくことも許可を取っておく。


「慰労のための催しは追ってこちらで指示をする。ちゃんとした練習室などは確保できないから、時間と場所さえ気を付けてもらえればどこで弾いても良い」


 グルダンの執務室から出る時、リーゼロッテは別の訪問者とすれ違う。リックと同じような年格好だが、着ているものは高級……だとはとても言えない貴族服。先を歩く案内人が道を譲り頭を下げたので、リーゼロッテもそれに倣った。貴族っぽい少年はふんと鼻を鳴らし、執務室へと入って行く。


「おそらくあなたの方が身分は上ですから、頭を下げる必要はないのですよ」

「いえ、私はあくまで冒険者ですので。仲間にも身分は明かしていませんのでそのようにお願いします」

「心得ました」


 宿泊する部屋や、使用する建物を簡単に案内され、最後に手続きを済ませた冒険者が集まる場所へ案内された。リックとアルフレッドが目ざとく駆け寄ってくる。


「何の呼び出しだった?」

「兵士の慰労のためにバイオリンを弾いてほしいって事だった。元々酒場で会った関係者の人に頼まれた事だからね」


 酒場、と聞いてもリックとアルフレッドは目に見えて分かるような拒否反応をしなくなった。そういう事かと二人とも納得の顔をする。


「俺ら毎年参加してるけど今年はどうすっかって思ってたんだよなあ」

「リーゼロッテにとってはきついと思うし、吟遊詩人の訓練って何するのか分からないしな」 


 普通にバイオリンの練習するのと大差はないだろう。教えてくれる指導者がここで確保できるとは到底思えないが、リーゼロッテはいつも街中で弾けないので外でも弾けるのは有り難いと感じた。


「初日は遠くからやってくる奴らもいるから飯食って寝るだけだ。本格的な訓練は明日からだな」

「女子宿舎にいる間は一人になるけど大丈夫か?」

「ヴァナルがいるから大丈夫よ」


 ヴァナルは落ち着かなさそうに三人の周りをうろうろしていたが、急に名前を呼ばれて驚いたのか不思議そうに見上げながらリーゼロッテの隣にお座りをした。

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