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三十四話

 いつもの通りギルドに行って、いつもの通り依頼を受けて、いつもの通り酒場でバイオリンを弾く。久々に見るヴィートの酒場での姿は以前見たよりも何割増しか格好良く見えていた。―――なんて乙女チックな思考に自分が嫌になるリーゼロッテ。自分がリックやアルフレッドへしている態度を考えれば、感情は抑え込むしかない。


 アビッソに戻ったら離れなければならないのは誰に対しても一緒だ。おそらくその時には冒険者も辞めているし、きっと大人の姿になっているから偶然会っても気付かれないかもしれない。


 バイオリンを構えてステージに上がると、皆がバイオリンを楽しみにしているのが見えた。お酒を楽しみながら、おしゃべりをしながら、耳を傾けてくれればいい。柔らかい曲調がお酒を美味しくしてくれればいいと酒場で弾くことの意味を少しずつ考える。時折みんなで踊れる曲なんかも弾いて、楽しい事のお手伝いが出来ればいい。こうして何度も依頼をしてくれるのはお客のためだけではない事を密かに祈りながら、リーゼロッテはバイオリンを弾く。


 カウンターではヴィートと兄のグエンがリーゼロッテを見ていた。フォレスタやダイクト一帯を治めている侯爵でもあるグエンは兄弟の中でも一番仲が良い。


「あの子がリーゼロッテか。随分と小さいな」

「事情は話しただろ。あにう……兄貴」


 うっかり兄上と呼びそうになって慌てて言いかえるヴィート。グエンはにやりと笑う。


「一度お目にかかりたいものだ。何とかならんのか」


 明確に口にはしないが元の姿の事を指しているのだとヴィートも理解する。


「彼女の体に負担がかかるし、それに……」

「ん?なんだ?」

「俺が嫌だ」


 弟の拗ねる姿にグエンは声を上げて笑った。同腹であるためか殊更似ている兄は女性の趣味まで似ている。グエンが妻にした女性は幼かったヴィートにとってあこがれのお姉さんであった。

 二十一歳のリーゼロッテを見たら、果たしてどうなる事やら。


「姿を拝めるのも時間の問題か」

「嬉しい事には違いないんだが……そうなったらどちらにしろ店を畳むつもりだからな

「アビッソへ行くつもりか?セトに任せればいいではないか。俺がここへ遊びに来れなくなる」

「全く、意地が悪い……」


 演奏が終わったリーゼロッテをヴィートが呼んでグエンを紹介する。兄弟は足の長さまで似るものなのかと内心思いながら、リーゼロッテは笑顔で応対した。


「初めまして、リーゼロッテと申します。マスター……いえ、ヴィートさんにはいつもお世話になってます」


 言葉自体は平民の挨拶なのに、リーゼロッテは貴族間でする挨拶の姿勢を無意識にとった。二人ともいわゆるお忍びの状態なのでこれにはヴィートもグエンも驚く。ヴィートは身分を明かしておらずリーゼロッテはこちらの事情を知らない筈だ。


「どうしてそのような挨拶を?」

「え、ああ、すいませんつい無意識で。どうしてかしら?」


 グエンとリーゼロッテが会うのはこれが初めてではない。アデライードのコンサートに来ていて、継母に連れられて貴賓席に挨拶をしていた事がある。グエンからしてみればたくさんいる貴族のうちの一人にしかすぎず、今と当時の姿も結びつかない。リーゼロッテからしてみれば会ったのはあくまでアデライードで、ファンのうちの一人に過ぎずはっきりとは覚えていないのである。

 ちなみにその時のコンサートにはヴィートもいたのだが、既に継母によって縁談が断られていたため建物内の構造を見に行くと言って席を外していた。間近で顔を合わせていればいろいろ始まっていたかもしれない。


 リーゼロッテは自分のした行動に首を傾げながら、勧められた席に座る。グエンは弟の相手にふさわしいか品定めをするようにじっとリーゼロッテを見ていたが、ふっと表情を緩めて笑いかけた。


「冒険者をしているそうだね。事情はヴィートから聞いているよ」

「そうですか……あ、という事はアビッソについての協力者とはお兄様だったのですか」


 どうもご迷惑をおかけしていますと、リーゼロッテは頭を下げる。どのような事になっているのか聞きたかったのだが、グエンは何やら感慨にふけっている。


「お義兄にい様か。良い響きだな」

「散々アルブたちに呼ばれていたでしょう」


 ヴィートは半眼でグエンをじっとりと睨みつけながらリーゼロッテに飲み物を出す。グラスに注がれたのはノンアルコールのカクテル。どれが好みか分からないので、いろいろな物に挑戦している途中だ。料理と言い飲み物と言い、自分は酸味の強いものが好きらしいことが段々と分かってきた。

 リーゼロッテは会話の流れから兄弟が多い事を察し、ヴィートに聞く。


「ご家族が多いのですね。何人いらっしゃるのですか」

「母が三人、兄が六人姉が二人妹が一人」

「……貴族だったのですか」


 流石に平民で母が三人なんてことは有り得ない。死別により後添えで嫁いだとしても二人だろう。側室も母と数えるのなら王族としてはいたって普通の事だがただの貴族は場合によりけりだ。裕福であれば三人娶ることもある。

 ヴィートとグエンは失敗したと顔を見合わせ、リーゼロッテはより高位の貴族と判断した。けれどまさか王族がこんな場所で店を開いているとは思わない。


「話を戻すか。冒険者をしているのなら一つ提案があるのだが、どうだろう?」

「依頼ですか?」

「まあ、似たようなものだな」


 グラスの中身を飲み干しのどを潤してから、グエンは説明を始めた。


「フォレスタの大森林を越えた先には我がエオリア国と隣国の国境がある。そこに砦があるのだが、春になると国家に属さない盗賊もどきの騎馬民族が頻繁に襲ってくる。向こう側に掛け合ってもうちには関係ないの一点張りでな」

「この辺りの冒険者は皆、そこで訓練を受けつつ実戦を積んでいるんだ。リックやアルフレッドもそうだけど、体が訛らない様にとスヴェン達も時々参加しているけ……ど……兄貴。まさかリーゼロッテに参加させようってつもりじゃ」

「もちろんけがなどされては困るからな。慰問のための演奏も含むという事で軽減させよう。もし参加するようなら手加減するように紹介状を書くが、どうする?」


 今まで国家と言うものを意識したことが無かった。けれど身分制度があって、国境が有って、領民はすなわち国民でもあるのだ。国家が無ければそれらは成り立たないものである。

 アビッソから離れた国境ではあるけれど、いろいろと自覚するには良い機会かもしれない。高位の貴族からの紹介状ならあまりひどい扱いは受けないだろう。冒険者としてそれは褒められたものではないのかもしれないけれど。


「仲間に相談してみない事には何とも言えません。けれどできれば参加してみたいと思います。返事は明日でもよろしいでしょうか」


 翌日ギルドを使いリックとアルフレッドに連絡を取ると、返事は参加するとのことだった。「もうそんな時期か」と言う所を見ると毎年定番の事らしい。ギルドにも募集の依頼書が張り出された。

 食料が支給され、報酬も出て、兵士さながらの訓練が受けられる。フォレスタが初心者向けと言われる所以ゆえんはここにも有った。


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