三十二話
仲間にする過程から装備の一件、今回の反応と続いて流石にリックとアルフレッドの好意にうっすらと気付き始めたリーゼロッテ。ただ明確な告白を受けたわけでもないので自分の勘違いである可能性も考える。
下手に行動して違っていたら自意識過剰になってしまうし、仲間を組んでしまった以上いちいち意識してしまっては冒険なんて出来ない。
アデライードの時には毎回出待ちをする者、とんでもなく高価なものを贈る者、皆の前で熱烈な告白をする者、ムスタのような行動を起こす者、様々なファンがいたため自分に向けられる好意にはどんな種類であっても鈍感にならざるを得なかった。
リーゼロッテが選んだ対処法はファンに対するときと同じように基本スルー。二人きりになるのを避け妙なムードになりそうであれば話題を変え、気づかぬふりをしてその場をしのぐ。歌姫の時に身に付けたスキルは思わぬところで役に立つ。それが二人に対し決して誠実とは言えない事も踏まえている。
ギルドのメンバーと共に何気ない顔して焼き菓子を食べながら考える。最終的に領地に戻ることを思えば、それが最善の対処法に思えた。
クッキー、ガレット、フィナンシェ、マドレーヌ……。有名どころだけあってそれも美味しそうだが、柑橘系のジャムが入ったガレットをリーゼロッテは選んだ。みんなでお茶を楽しみながらも、ギルドと言う場所がら出てくる話題は専ら依頼の事。
「また酒場で演奏の依頼を出しておくよ、リーゼロッテ。スヴェン、よろしく頼む」
「あーそれは無理っすねー。っつーかうちの仲間に勝手に依頼掛けないでくれますかぁ」
「俺たち、リーゼロッテとパーティ組んでいるんですが、残念ながら未成年で酒場には入ることが出来ません。単独での依頼は緊急の場合を除き拒否させていただきますよ」
まるでチンピラがいちゃもんをつけるうような風体でリックがヴィートを睨めあげればアルフレッドは理路整然と拒絶を示す。
年の功か酒場経営をしているせいか、ヴィートは平然と大人の対処をする。ふむと頷きながら、顎に手を当てて考えた。
「一理あるね。つまり君たちが酒場に入れるようになれば問題ない、と……」
二人は目を見開いた。成人を待たずして憧れの酒場デビューなるか。規則の緩い他の町で行けばいいのだが、仕事で疲れている状態なのでほとんど行く機会が無いのだ。二日、三日と滞在できるようなら話は別なのに二人とも特別な用事が無い限りは直ぐにフォレスタへ戻ってくる。根は寄り道の出来ない優等生。
リーゼロッテは一人だけ別口での依頼を受けることに躊躇している部分が有ったので、ヴィートの申し出は有り難いと思った。ポンッと手を叩いて顔をぱあっと輝かせる。
「そしたら、冒険以外でも二人に曲を聞いてもらえますね。リクエストしてくれるのは年配の方ばかりだから、若い人たちがどんな曲を聞きたいのか知りたかったんですよ」
リックとアルフレッドは葛藤する。最大のライバルとなりそうなヴィートとリーゼロッテの接触を断つか、それとも大人の仲間入りを果たすか。その場で聞いていたスヴェンがお菓子をかじりながらヴィートに聞いた。
「どんな手段を取るつもりだ?」
「彼らの親御さんに許可を取って、町長に掛け合って規則を変えて、お客さん達には事情を聞かれたら答えるって事で」
「なんかまるっきり子ども扱いされている気がするんですが」
アルフレッドが不満を漏らす。実家に居るものの、独り立ちが出来ているつもりの彼らは親に知らされることが気に入らない。酒場に入れるなら大人の扱いだろうと反論する。
「子ども扱いと言うか、君たちはまだ十分子供だからね。リーゼロッテは大人だけれど」
「なっ」
カチンと来たのか、二人ともヴィートを睨みつけた。敵意を向けられているのに口元に微笑すら浮かべている。ただし、その目は笑っていない。
「考えてごらん。リーゼロッテは宿代も稼がなければならないんだよ。君たちみたいにお金が無くなったら家へ帰ればいいってもんじゃない。それも気付いてあげられないのに同等でいるつもりだったのかい?」
バイオリンのメンテナンスや弦の張替えなど、他の職業とは違った費用も掛かる。吟遊詩人だからあまりラフ過ぎる格好も出来ない。十一歳の体だからまだ必要ないが、化粧品の類も必要となってくる。女の子は何かと入用なのだ。
「単なる嫉妬で稼ぐアテをつぶそうとするなんて、まだまだ子供だな。自覚も出来ていないなら悪いが店には来ないでくれ。あ、リーゼロッテは演奏の方、頼むよ。楽しみにしてるお客さん多くてね」
剣呑だった表情をころりと変えて、ヴィートはリーゼロッテに依頼をする。頷きながらもリーゼロッテはリックとアルフレッドを気にしていた。ヴィートの言うとおり、冬は何とか乗り切れていたが貯蓄は減りつつある。酒場の依頼を受けられなくなれば、かなりの打撃となる。
「リック、アルフレッド、ごめんね。将来の為にもある程度貯めておきたいの」
アビッソに戻った時に場合によっては屋敷にあるものすべてを売り払う事になるかもしれない。そしてそれは民に返されるべきものだ。もしそうなった時の為にせめて自分の生活費くらいは貯めておこうと考えているリーゼロッテだった。
リックとアルフレッドはわずかに頷くだけだった。操られていたことが頭を過り、リーゼロッテは心配そうに顔を覗き込むが、二人は力なく笑って大丈夫だと答える。
「リックとアルフレッド、立ち直れるかしら」
「一方的にコテンパンにされた感じですね」
「パーティー解散にならなければ良いのだけれど」
またもやシエラとノーラがひそひそ話をしている。話ながらも焼き菓子に伸びる手は止まらない。あっという間に減っていく焼き菓子をもう一つだけとりながら、スヴェンが一つ提案をした。
「酒場の依頼ばかり受けて本来の冒険者としての仕事がおろそかになるのも、ギルド側としては見過ごせないからな。予め決めておいたらどうだ?」
「それなら週二回、定休日の前の二日間が良いな。もし護衛の依頼で他所へ行っている時はスヴェンが知らせに来てくれ。それでいいか?リーゼロッテ」
「ええ、そのくらいが丁度いいと思うわ」
ヴィートの対応を見て、リーゼロッテもまた自分の未熟さを痛感した。初めて酒場へ行った時の自分は、リックやアルフレッドとそう大して変わらぬ態度ではなかったか。
「私ももっと大人にならないと。逃げてばかりではなく相手を諭すことが出来るように」
継母が脳裏に浮かぶ。全ての人間と分かり合えるなんてことは微塵も思っていない。その努力をせずにただ逃げてきただけのリーゼロッテは、もう少し成長しなければとても対峙することは出来ないと考える。
呟きは誰にも聞こえないよう、小さなものだった。




