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三十一話


 失敗をした次の日の朝。リーゼロッテはベッドの上でアルマジロのように丸まっていた。朝食も食べ終え、小さくなる曲は既に弾き終えている。誰かを巻き込むことが頭に過るが、いつもそばで聞いているヴァナルに変化が無い事を思い出し何とか弾くことが出来た。


 クレフの言葉で魅了されてパーティーを組んだのではない事が分かったが、心に溜まるもやもやは晴れない。このままバイオリンを弾いたり作曲することに怯えて冒険者を辞めざるを得なくなったら、ヴィートとの約束も守れなくなってしまう。

 布団に丸まったままむーむー唸るリーゼロッテを心配そうにヴァナルが覗き込む。


「きっと酒場で演奏できないフラストレーションが溜まっているのよ。マスター早く帰ってこないかなあ」

「マチ、バイオリン、ダメ、モリ、イッテ、ヒク」

「そうね、町で弾けないなら森へいて弾けばいいのよね。よし、行くよヴァナル」

「リョウカイ」


 走って門へ向かい門番にバイオリンだけ弾きに来たことを告げれば、出来るだけ門から離れず弾くように言われる。日差しは春のものとなっていて、小鳥のさえずりが聞こえていた。リックとアルフレッドの様子を見たいが、ギルドが開くまでまだ時間があるのでそれまでバイオリンを弾くことにする。


 他人が作曲した既存の曲の中で明るく陽気なものを選んでいく。恋の歌、望みや夢、春の訪れを喜ぶ曲などを集中して弾けば自然と気分も明るくなっていく―――はずだった。


「ダメね、気分が乗らないわ」


 弾きたいと思っていたのにどうも気分が乗らない。このままスランプになるのは嫌だと、別の曲を選択する。

 森の朝の静謐な空気の中、まるで刃を構えるようにして次に弾いた曲は、決して明るいとは言えない曲だ他。。笑みを消し、伸びてきた髪を振り乱して一心不乱に弾く。誰に聞かせるでもない、ただ自分のためだけに弾くことは心の奥深くに潜む自分自身との対話に繋がった。


 沢山の人に迷惑がかかると知りつつも継母の所から逃げ出してまで欲しかった物は、自由とバイオリンを弾くことだ。今の自分の原点で、どちらも手に入れられた。うまく行かない事にもがき足掻くことも自由のうちの一つ。すべて受け入れよう、そう考えると気分は落ち着いてきた。


 曲は元通り明るいものに移行する。童謡や恋の歌、春の曲は聴覚から視覚を起こさせるような曲。リーゼロッテがバイオリンで弾ける曲は家から持って来た楽譜と、母と奏でた思い出の中の曲。それに耳で聞いた難易度の低い曲と、数は多くない。そろそろ新しい楽譜を手に入れて練習したいところだった。だが冒険者である身を考えると荷物も増やせないし、そもそも楽譜は高い。


 自分が作曲した曲は周りに影響が出ない様にムスタの城ででも練習しよう。そんなことを思いながら何度か同じ曲を弾く。日は段々と上がっていき時間が経つのも忘れて弾き続ける。技術の向上のために練習するのとは違って、ただただ弾くことを楽しんだ。


 気づけば、動物が周りに集まっていた。傍らで聞いていたヴァナルの頭の上に小鳥が止まっている。効果に繋がる曲は一曲も弾いていない。なのになぜ、と首を傾げるリーゼロッテ。


「皆聞きたいってさ。リーゼロッテのバイオリン」


 不意に背後から声が掛かり、驚いて振り向くと―――


「ただいま」


 ヴィートが木の根元に座っていた。酒場で着ているものとは違う、旅の服装で少し困ったような顔をしている。ウサギや小鳥が膝の上や肩に止まって身動きが取れないでいる姿を見て、リーゼロッテは自然と笑みをこぼす。


「お帰りなさい」


 ウサギをどかして立ち上がろうとするヴィートにリーゼロッテが手を差し伸べる。一瞬躊躇しながらも手を取るヴィート。体格差から言ってへたをすればリーゼロッテが転びかねないのに、微塵も気にしない心遣いを嬉しく思った。フォレスタを離れることで心配していた距離は、広がるどころか縮んでいるようだ。


「宿屋でおかみさんに聞いたらこっちに向かったって聞いた。今日はギルドの方は良いのかい?」

「……そうだった。リックとアルフレッドの様子を見に行かないと、ってもうこんな時間」

「俺も行くよ、何かあったの?」


 太陽は中空まで上っている。リーゼロッテは二人とパーティーを組んだことと、昨日あった事を話しながらギルドへと向かった。ヴィートの方は自分が王都でしてきたことを伝える。家族会議の後は自身もいろいろな資料を取り寄せたりしていたが、城は居づらく何より兄弟たちに早くフォレスタへ―――と言うよりリーゼロッテの元へ戻る様に促されたのである。


「君の継母に関しての事だけど、後は情報待ちという事になっている。捕らえるにしろ追い出すにしろ、心強い味方がたくさん動いてくれているから心配しなくてもいいよ」

「そうなんですか」

「頼んだ人たちが皆乗り気でね、そう遠くないうちに動きがあると思うんだ。ただ、その分変わった依頼がギルドの方に舞い込むかもしれない事を覚悟しておいて」

「凄い人たちとお知り合いなんですね」


 話題は自然とリーゼロッテが受けた依頼の事へと変わっていく。鉱山都市ダイクトで大勢のけが人を回復させたことは侯爵だけでなく神殿の方へも奇跡として伝わっていた事を話した。町長がらみの事件の事もヴィートは心配する。


「もしも変な事に巻き込まれそうになったら言ってほしい。何とかできる手立てがいくらでもあるからね」



 リックとアルフレッドがどうなっているのか、心配しながらリーゼロッテはギルドの扉を開ける。冒険者は他に居らず、ギルド職員は皆奥にいるようだった。気づいたシエラがカウンターへと出てくる。


「あらリーゼロッテ、リックとアルフレッドならすっかり元通りになって奥にいますよ。マスター、お帰りなさい」

「ただいま戻りました。これ、良かったらギルドのみんなでどうぞ」

「あら、何かしら?」

「王都で一番人気のエスプレシーヴォドルチェという店の焼き菓子詰め合わせです」


 店の名前を聞いた途端、暇を持て余していたノーラがすっとんできた。スヴェンとリック、アルフレッドも出てくる。クレフは奥で事務作業を続けていた。


「うわぁ、ここ、かなり並ぶって聞きますよ。シエラさん、今のうちにお茶しちゃいましょう!リーゼロッテちゃんも一緒にどうですか」

「はい、是非。リック、アルフレッド、具合は大丈夫?」


 リーゼロッテが声を掛ければ、二人ともかなり気まずそうにしている。リーゼロッテの顔色を窺いながら、きっちり九十度にお辞儀をした。


「すまない、リーゼロッテ、ヴァナル。魅了された挙句に攻撃を仕掛けるなんてなんて詫びたらいいのか」

「ほんっっと、いくら謝っても謝り足りねえ。こっちから仲間に引き入れたってのにこのざまなんて……」

「や、それについては私も二人に対してやらかしてるから無しにしてくれると嬉しいな~なんて……」

「キニスルナ」


 三人が三人とも後ろめたい気持ちでいっぱいだ。顔を見合わせてあはは、と乾いた笑いを交わし三人同時にため息をつく。ヴァナルは三人の顔をぐるりと下から見回している。どんよりとした空気を払う様にスヴェンが割って入った。


「あんまり気にしないようにするのが、長続きする秘訣だぞ。俺も休憩入ってクッキー食べるかな。ヴィート、店は明日からか?」

「ええ、今後とも白い鴉亭をごひいきに!あ、リーゼロッテには別に土産があるんだ」


 リーゼロッテはヴィートから箱を渡される。嬉しいのだが、自分だけ特別扱いでいいのかと迷い周りを見回す。ヴィートは笑顔、シエラとノーラとヴァナルは興味深そうに見て、リックとアルフレッドは不安げな様子だ。スヴェンとクレフは興味がなさそうだった。開けてみると出てきたのは腕輪。


「全属性魔法完全防御、物理軽減。バイオリン弾くから指輪や首飾りは邪魔になるだろうし、腕輪ならあまり邪魔にはならないかと思ったんだ。魔法も掛けてあるからサイズは自由自在だよ」


 リーゼロッテ好みのシンプルなデザインで、不思議な色合いの金属で作ってある。紋章が彫り込まれ、埋め込まれた石の中には光が揺らめいている。


「これ、高かったのではないですか?」

「俺一人ではなくて出資者が何人かいるから大丈夫だよ」

「でも……」

「防御の力を高める為にリーゼロッテの名前が彫ってあるんだ。ほら、ここ」


 受け取らなければ本当に無駄なものとなってしまう。逃げ道を塞がれ不安げな顔をしながらも身に付けたリーゼロッテはヴィートの「似合ってる」の一言で笑顔を咲かせる。嵌める時はぶかぶかだったものが嵌めた途端にシュッと縮まりリーゼロッテの細い腕にピタリとはまった。


 一連の様子を見ていたリックとアルフレッドは倒れこむように膝と両手をついて落ち込んだ。リーゼロッテが慌てて大丈夫?と声を掛ける。


「さ、先を越された……」

「勝てる気がしねぇ」


 効果を聞く限りでは他の装備品など全く必要のない事は誰にでもわかる。贈ることを先延ばしにしてしまったツケがよもやこんな形で決着がつくとは思わなかった二人だった。


「面白いですねー」

「他人の色恋沙汰を楽しむのは乙女の嗜みですものね」


 ノーラとシエラがお茶の支度をしながらひそひそと話をしていた。


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