三十話
営業時間はとうに過ぎているのに、ギルドにはまだ明かりが灯されていた。スヴェンはカウンターの内側に座り険しい顔で頬杖をついている。テーブルを指でとんとんと叩き不機嫌さが最高潮に達しているのが周囲に伝わった。シエラとクレフとノーラが冒険者としての装備を整えながらギルドの奥から出てくる。
「そんな怖い顔しないでくださいよー支部長。三人にまだ何かあったとは限らないですよ?」
ノーラが場を和ませるよう明るい声を掛けた。その言葉にヴァナルは入っていない。得体の知れないものである以上はムスタと同じ扱いだ。ムスタに関することはギルド内でもかなり特別な対応となっている。いたずらに拒絶をせず、尚且つ城の外で問題を起こすことの無いように気に留めていた。結果、かなり紳士的なので大丈夫と言う見方がギルド内でもなされている。
変わらぬスヴェンの表情を見てシエラはため息をつく。
「共存できるならその方が良いに決まっています。それにあの子たちも覚悟の上で冒険者をやっているのですから」
「だが―――」
「過保護すぎると思いますが。他にもあれくらいの齢で死ぬ冒険者なんていくらでもいるでしょう?いちいち構ってどうするんですか」
クレフが辛辣な言葉を投げかける。言う事は尤もなのだが装備を一番に整え始めたのはクレフだ。指摘をしてしまえばおそらく吸血鬼相手なのだから自分が出るのが最適だと論点をずらすのだろう。
「森の採集の方で死んだと言うなら、仕方がないとは思っている。だがもしムスタにやられたと言うなら俺の責任だ」
「おもてなしされてるんじゃないですかー?リーゼロッテちゃんはムスタのお気に入りみたいですから」
「確かに。恋愛対象としてみるよりは何だか姪っ子を見てるような感じですかね」
「年齢からすれば孫……ひ孫や玄孫ではないですか」
ノーラの言葉にシエラが賛同し、クレフが酷い事を言った。敵意や執着などと言ったものは感じられず、スヴェンがリーゼロッテを見る目と何ら変わりは無いような気がするのだ。
ふいにギルドの扉が開いて一同が身構えると、リーゼロッテが不安げな顔でそこに立っていた。疲れているような様子だがけがをしているようには見えない。首筋に目をやるが冬の装備のため確認できなかった。もしもリーゼロッテが吸血鬼化していたら―――そんな考えから、皆は緊張を解かずに出迎えた。
「良かった。お帰りなさい、リーゼロッテ」
シエラがいつも通りにっこりほほ笑むが、その手には銀の矢がセットされたクロスボウ。銀製品は対吸血鬼用の武器とされる。リーゼロッテに向けられてこそいなかったが、いつでも攻撃できるようにしてあった。
「ムスタがついにやらかしたのかと思って、討伐の準備を進めているところだったのよ」
「そこまで信用されてなかったのか」
「あら、ムスタも来ていたの。酒場は当分の間お休みよ。討伐されに来たの?」
「そうではなくてだな……」
黙ったままのリーゼロッテと、操られたままのリックとアルフレッドを前に出す。隙間をすり抜けるようにしてヴァナルもギルド内に入った。様子のおかしな三人を見てギルド内に緊張が走る。
「何が、あった?」
どすの利いた声でスヴェンがムスタに詰め寄る。気心の知れた飲み仲間の豹変に、たじろぎながらも答えるムスタ。
「最近、城においている血の提供者が私の居ない間にこの二人に魅了を掛けてしまってな……」
「二人が私とヴァナルに襲いかかってきたから、止める為にモンスターを操る曲を弾いたのだけれど、元に戻す方法が分からなくて……クレフさん、お願いします。二人を元に戻してあげて下さい!」
そう言ってリーゼロッテはクレフに頭を深々と下げた。スヴェンが頭を上げさせ一番肝心なことを聞く。
「三人とも、吸血鬼にはなっていないんだな?」
「あ、はい。それは大丈夫です。吸われてませんから」
最悪の事態にならずにギルドの職員たちは胸を撫で下ろす。ムスタはともかく、冒険者として成長を見守ってきた三人を殺すことになる覚悟なんて、出来ればしたくなかったのだ。スヴェンは深いため息とともに床に座り込んで頭を抱えてしまった。
「なんだなんだ、やっぱり支部長の考えすぎだったじゃないですかー。じゃ、私はここに居ても仕方ないんで先に帰らせてもらいますね。お疲れ様でしたー」
ノーラは明るくそう言って、装備を外しに奥へと引っ込んだ。シエラもため息交じりにクロスボウから矢を外して片付け始め、ノーラの後に続く。スヴェンはカウンターの中から椅子を引っ張り出してムスタに座る様に勧め、近況を聞き出している。城の住人がいつの間にか増えたのは見過ごせない事だ。
クレフはリックとアルフレッドの目を覗き込みながら、リーゼロッテに質問をしていく。
「今まで魅了を掛けた者はどうなりましたか?」
「モンスターにしか掛けたことが無いのでそのままほったらかしか、別のモンスターと戦わせて死んでしまうかのどちらかです」
「他の状態異常は?例えば、今あなたが自分に掛けているものとか」
リーゼロッテは驚いた顔でクレフを見た。ついでムスタを見るがシエラやスヴェンと話していて今の会話を聞いていないようだった。直ぐに帰ってこない答えに苛立つクレフ。
「このことは私しか知り得ていない情報です。さっさと答えて下さい」
「ほぼ二十四時間で効果が切れます」
「ならば今回もそのようになるでしょうが、一応、状態異常回復の魔法をかけておきましょう」
呪文を唱え、自分の手に白い光を宿したクレフはその手をアルフレッドの額に当てる。光が消えた頃、糸が切れた操り人形のようにアルフレッドの体はどさりと崩れ落ちた。ごんっと頭をぶつけたような音が聞こえ、慌ててリーゼロッテが駆け寄るとまるで眠っているように規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。
「さ、次行きましょうか」
「ま、待ってください」
リックを支えようとするリーゼロッテ。クレフの手によって術が施され、アルフレッドと同じように力が抜ける。倒れるのを支え切れず、床にそっと下ろすのが精一杯だった。ヴァナルが床に寝ている二人の匂いをふんふんと嗅いでいる。
「支部長、終わりました」
「え、このままで良いのですか?」
「後は起きるのを待つだけですが、何か?」
さも当然と言うような顔で二人を床に寝かせたまま放っておくクレフに、リーゼロッテは非難の目を向ける。ベッドに運んだりしないのかと怒るつもりだったが、ふいにムスタの言葉が浮かんだ。
「あの、前に同じ曲でモンスターを操った時にこの二人傍で聞いていたみたいで……その時の影響がずっと残っていたんじゃないかってムスタに言われたんですが」
「あなたの状態異常も見抜ける私が、魅了が掛かっている状態を見逃すと思いますか?」
「不利になる吟遊詩人を仲間にしたのもそのせいではないかと考えてしまって」
否定したのに食い下がるリーゼロッテが発した言葉が、クレフは許せなかった。彼らがどうすれば仲間にできるか悩んでいたのを見てきたクレフは、それを自分が掛けた魅了のせいだと思い込むリーゼロッテに怒りのこもった声で答える。
「本当に馬鹿ですね。あなたを必死に仲間にしようとしていた彼らの心意気を、無かったことにしないでください」
「難しいパーティーですね。リーゼロッテが足を引っ張ると思ったら、むしろ逆ではないですか」
「城で必死に作曲しても効果が出るものが出来なかったと言っていたからな。不安定な部分を考えたら、彼らに合わせるくらいが充分だろう」
リックとアルフレッドはギルドの二階で休ませ、もともと寝泊まりしているスヴェンと念のためにクレフが残り、他の面々はそれぞれの家や宿に帰った。
話題は専らリーゼロッテの事になる。彼女の未知数の能力が
「神殿にある楽譜を彼女に渡すことも出来ますが、それで作曲をしなくなれば伸びしろをつぶしてしまいかねないですからね」
「曲を系統だてて研究すれば、もっとやりやすいのだろうが……」
貴族として最低限の教育は受けているが、筋道を立てて考えず思いつきで曲を作っているリーゼロッテ。手を加えてしまえばどのように変化するかもわからず、専門外のスヴェン達は助言も出来ずにいた。




