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三話


 花柄よりもチェックが好き。

 ピンクよりもグリーンが好き。

 リンゴよりもオレンジが好き。


「だから、吟遊詩人を選びました」


 消え入りそうな声で答えてしまったリーゼロッテは、せめてやる気だけでも見せようと両手で握りこぶしを作った。面接と言う場でかなり緊張しているため、自分が的外れな答え方をしていることにも気づかない。 

 世間一般でいう所の吟遊詩人とは美男美女がなるものである。そのイメージとは程遠く、腕も足も細く背丈は子供ほどしかない。お金が無く赤紫色の髪は自分で切っている為ひどく不揃いで、黄色の目と合わせてサツマ芋と揶揄されることが度々あった。

 飛空船を下りてからこの町―――フォレスタまで、馬車を乗り継いだり時には歩いたりして来た。旅をすることに少しずつ慣れていき、言われた通りにこの町まで来たのだが……


 リーゼロッテの目の前にいるのは強面で短い茶髪に筋骨隆々の、冒険者ギルドフォレスタ支部の支部長。昔は冒険者として名を馳せていたらしい。ただでさえ荒くれ者が集うギルドを取り仕切るのだからそれなりに戦闘能力があるものが務めることが多いのだが、支部長は見た目そのものが諸々の抑止力となっていた。


 質問の内容は、どうして冒険者の吟遊詩人を選んだのかという事だった。音楽の知識があるならば教師、楽師等、道は他に開けているはずだ。冒険者となるとなり手が少なく生活がきつくなる上にパーティーに加えようとする者もいない。


「あ~脈絡がよく分からんが、要するに好きだから選んだという事か?」


 頭をぼりぼりと掻きながら支部長はリーゼロッテに聞いた。普通に話しているつもりなのだが怯えるように俯いてしまうので何だか子供をいじめているように思える。提出された書類に書かれた年齢は成人している数字の筈なのに、おどおどとこちらを窺う姿はどう見ても十代前半にしか見えない。


「い、今まで色々なものを我慢してきたから、どうせ底辺まで落ちるなら好きな事をやろうと思って」

「何だ、訳有りか。まあ冒険者ってものはそう言う奴が成るものだからな。底辺ってのは他では言うなよ……ちょっと待ってろ。吟遊詩人は専門外なんだ」


 今、面接を受けているのはギルドの二階なのだが、支部長はバタバタと一階に降りていき受付嬢のうちの一人を呼んだ。吟遊詩人を職業として選択するものは圧倒的に少ない。戦士や魔法使いなどと言った戦闘向きの職業は支部長が直々に手合わせをし、錬金術師や薬師などは品物を提出させそれを鑑定する。音楽の教養を全く受けてない支部長は、優秀な助手を呼んだ。


 支部長と共に二階へ上がってきたのは、銀色のふわっとした髪を後ろでゆるく編み込みにしている優しげな顔のエルフ。にっこりと笑う仕事のできる大人の女性を前に、リーゼロッテは無職状態で子供の様な自分が何だかみじめに思えてきた。被害妄想は止めようと顔を上げて真っ直ぐに彼女を見る。


「では、癒しの歌の演奏を。既存の曲でも8小節程度の即興でも構いません」

「器楽曲でも、いいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 バイオリンをケースから取り出して軽く調弦をし、音を出しながら作曲する素振りも見せずに、いきなり既存ではない短い曲を弾き始めた。透き通るように繊細で、全身の疲労や淀みが浄化されていくような旋律。よく手入れされたバイオリンは弾き手の意図を汲み、とても豊かな音色だ。通常冒険者における吟遊詩人は竪琴かギターあるいはリュートといった伴奏向きの楽器が選ばれることが多いのだが、リーゼロッテは歌う事をあまりしないため馴染みの深いこの楽器を選んだ。

 短い曲ではあるが、やり切った感満載のとても満足顔のリーゼロッテ。対して支部長と受付嬢は困惑顔だった。


「えーと、音楽の事はよく分からないが、回復するってのになんでこんな悲しげな音色なんだ?」

「ええ、それにかなり遅めのテンポなのでまるで悲歌のようですね」

「その方がロマンチックだから……」


 どこに照れる要素があるのか分からないがリーゼロッテは顔を赤らめてもじもじとしている。


「これも好きだからってことか」


 支部長が聞くと、こくんと頷くリーゼロッテ。まるで意思疎通のしにくい子供を相手にしているようだ。曲を聞いて判断を下した受付嬢は、書類を確認しながらペンを取った。


「演奏の腕も作曲の能力も認めますが効果があるかどうかは別ですね。支部長、面接の一環として仕方なくけがを負ってみる気はありませんか?」

「止めろ、ペンをそんなふうに握りながら近づいてくるな」


 優しいと思っていた受付嬢はちょっぴり茶目っ気とサドっ気も持ち合わせているらしい。じりじりとペン先を向けて支部長ににじり寄っていく。目の前で繰り広げられる殺伐とした光景にも関わらず、リーゼロッテは何故かにこにこと温かく見守っている。きっとこれも愛の形なんだと、彼女の眼には仲間がじゃれあっているように見えた。


「ギルド長!けが人が出た。回復魔法使える奴らが出払ってるんだ。どうにかならないか?」


 階下からの声を聞いた支部長が渡りに船とばかりに階段を勢いよく降りていった。ちっと舌打ちをするお行儀の悪い受付嬢からすっと目を反らすリーゼロッテ。長い付き合いになるかもしれないのに指摘をして波風立てる必要はないと、気づかぬふりをしてバイオリンを持ちながら自分も一階へ向かう。


 冒険でけがを負ったものはギルドに運び込まれることが多い。その場にいた冒険者が治癒を行えば依頼を受けたこととカウントされ、報酬もきちんと出るからだ。けが人にしてみれば病院よりも安上がりな事もある。

 様子を見ていた支部長が、降りてきたリーゼロッテに向かって治すように言った。


「回復したら依頼達成の一つとして数えてやる。出来そうか?」


 床に横たえられた冒険者は足にぱっくりと刃物で切られたようなけがをしていた。回復役の魔力が尽きた後に負ったものだそうで、出血を減らすように心臓に近い場所をひもで縛って応急処置をしてある。額にびっしりと汗を浮かべながらうなされる様に何かを呟いていた。

 バイオリンを構えたリーゼロッテが先ほどと同じ曲を演奏し始めると、一緒にいたパーティのメンバーが怒鳴り声をあげた。


「ちょっと、葬送の曲なんてまだ早すぎるでしょ。止めなさいよっ縁起でもない」


 弾く手を止めないリーゼロッテを邪魔しようとした仲間に支部長が腕で静止を掛ける。曲を終えるとけがをしていた冒険者の傷が見る見るうちに塞がっていき、跡形もなくなってしまった。意識も回復し起き上がってけがのあった場所を不思議そうに見ている。支部長と受付嬢がけがの状態を確認しながら曲の効果について話し合っていた。


「効果が早すぎます。音楽の場合、通常はフレーズを何度か繰り返して徐々に回復していくのが普通なのですがこれではほぼ魔法と同じですね」

「まあ、普遍的に広めるのでないなら暗い曲でもいいか。短いから効果が出すぎて困るってもんでもないしな」


 二人を不安そうに見上げるリーゼロッテに支部長はにやりと笑って言った。

 

「合格って事だ。これで晴れて冒険者の仲間入りってこったな」

「では、手続きをしますのでカウンターの方へどうぞ」


 バイオリンをいそいそとケースにしまい、受付嬢の後を追う様に立ち上がると先ほど治療した冒険者の仲間が声を掛けてきた。


「あの、……有り難う」

「どういたしまして。お大事に」


 犯罪履歴が無いか、魔族が化けていないか、メガネのような魔法具を使って調べられた。リーゼロッテは出生や細かいところまで調べられてしまうのではないかと怯えたが、受付嬢の表情を見る限りはそこまで性能は高くないらしい。


「いくつか質問が有ります。暫くはこの町を拠点として活動しますか?」

「ええ」

「その際、宿泊する宿屋はもう決まっていますか」

「森の木陰亭です」

「万が一あなたに何かあった場合、連絡してほしい家族などは居ますか?」

「……いいえ、いません」


 受付嬢が用紙に書き込んでいくのを、リーゼロッテは間違いの無いようにじっと見ている。泊まっている宿屋がそのまま連絡先となった。森が近くにあるこの町は植物の採取などの簡単な依頼が多く、冒険者にとって比較的初心者向けだと説明を受ける。森の奥に入り込むようなことをしなければモンスターも低レベルで、宿も良心的で安いところが多い。

 家族について聞くのは事務的なもので、遺体の引き取りや残したアイテム、金銭の受け取りなどもめることが無いようにするためである。深くは聞かないのがギルドの鉄則だった。書類にギルドの決定印を押したりしながら、受付嬢は決まりごとの説明をしていく。


「月に二回は最低でも依頼を受ける事。あなた専用に作曲や演奏の依頼も受け付けるようにいたしますので、その時はそちらを優先するようにしてください。これは支度金と先ほどの報酬です」


 報酬と支度金を合わせた金額は宿屋五日分ほどだった。これで滞納していた宿賃が払えるとほっとするリーゼロッテ。ひもが付いていて身分証明にもなるギルドカードを受け取り、お礼を言いながら受付嬢に名前を聞いた。


「シエラ、と言います。ちなみに支部長は」

「スヴェンだ。これでお前も冒険者の一員だ。よろしくな」


 自分の言葉にかぶせるようにしてスヴェンが自己紹介をしたのでシエラがむっとしている。リーゼロッテはよろしくお願いしますとぺこりとお辞儀をして、ギルドを後にした。見送る二人は彼女がいなくなってからぽそりと会話をする。


「どこで教育受けたんでしょうね、彼女」

「さあな。効果が出る曲を作れちまうほどの教育はそこらで受けられるもんじゃないんだが……」


 依頼を受けたいと他の冒険者に声を掛けられたシエラは業務に戻り、残されたスヴェンはこの町で十数年ぶりに誕生した吟遊詩人に、少しばかり目を掛けることを決めた。

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