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二十八話

 倒した樹木のモンスターのすぐそばに目的のネーヴェ草の群生地が見つけた。もう少し派手な戦闘をしていたら、踏みつけてしまっていたかもしれない。剣のようにすらりとまっすぐ伸びる深緑色の葉に混じって生えている黄緑色の短い芽をリックが刈り取って袋に入れる。


「全部取ると次が生えてこないしなぁ、こんなもんか」

「よし、ムスタの城へ向かうとするか。リーゼロッテはあれから何度か会っていたんだろう?」

「ええ、酒場で演奏の依頼を受けて行くとカウンターで食事取りながらマスターと話をしていたの。ほぼ毎日通っていたらしいわ」


 ムスタが吸血鬼だと知っているのはギルドの職員達と酒場の店員達、そしてリーゼロッテ達だけだ。町の人たちは自分の通う酒場に吸血鬼がいるなんて微塵も思わないだろう。顔なじみになって常連と仲良くなっている姿も見かける。ヴィート達もあくまで一人の客として扱い、リーゼロッテも内心ひやひやしながらも表向きは普通に接していた。一度、バイオリンの曲をリクエストされたこともある。


 アルフレッドとリックはまだ未成年なので、酒場に入れず調査の時以来となる。リーゼロッテの首を締め上げたている姿が彼らのムスタに対する印象なので、町に来ていて受け入れられているのがとても信じられないらしい。


「本当に俺らだけで大丈夫なんかな?」

「ゾンビやスケルトンならともかく、吸血鬼がまた増えていたら手に負えないよな。取り敢えず声だけかければいいだろう」


 スヴェンが言うには吹雪が続いて以来町には現れていないらしい。移動できる城にいるのだからどこかへ避難しているかもしれないし、他の町で贔屓にしている店があるかもしれない。同じ場所に城が無いことも想定して、三人と一匹は歩いて行く。


 以前と変わらぬ場所に城は有った。相変わらず黒いバラが咲き乱れている庭園にリーゼロッテは少しだけ違和感を感じる。


「赤いバラが無くなっているな」

「あ、違和感はそれね」


 リーゼロッテ達は屋敷の入口へと向かった。今回はスヴェンの代わりにヴァナルが付いていてくれるが、ちょっぴり不安だ。


「こんちはー、ムスターいるかー?」


 エントランスでリックが声を張り上げるが、誰も来ない。


「あら、あなた達も贄になりに来たのかしら?……冒険者にしては変わった組み合わせね」


 諦めて帰ろうとしたところ、女性の声が聞こえ吹き抜けの二階部分から姿を現した。ひどく気だるげで、長い栗色の髪をかき上げれば首筋に二つの吸血痕。ゆったりとしたガウンから覗く胸の開いたドレスは彼女を妖艶に見せていたが、どちらかと言うと知的で意志の強そうな顔立ちにリーゼロッテは少しだけ亡くなった母を思い出した。

 前にいるリックとアルフレッドは見惚れてしまったのか、女性から目を離さずにいる。仕方なくリーゼロッテがここに来た理由を説明した。


「ムスタの様子を見に来たのですが、留守ですか?吹雪になってから街で見かけないので心配していたのですよ」

「……吸血鬼が冒険者たちに心配されるなんて、あの人は一体何をやっているのかしら」


 女性は眉を顰め嘆息し、リーゼロッテはあははと乾いた笑いをもらす。夜だけとはいえ酒場に飲食をしに来るし、ギルドの方から討伐をすることもないし、町に馴染み過ぎているのは吸血鬼から見てもおかしいのだろう。


「不思議な子たちね。私や、この城が怖くないの?」

「ここへは前に一度来たことが有ります。ついうっかりここのゾンビやスケルトンを全滅させてしまって」


 リーゼロッテが答えれば女性はふうん、とさして興味がなさそうに答える。


「あなたも犠牲者なら、ムスタを討伐しなくてはなりません」

「私は望んでこうなったの。人には事情ってものがあるのよ、お嬢ちゃん。……上がっていらっしゃい。あの人の知り合いならおもてなしをしなくてはならないわ」


 女性は微笑を浮かべて手招きをした。以前は一階しか回らなかったので、二階は初めてだ。リックとアルフレッドは相変わらず声を出さぬまま、それでも階段を二階へ上がって行った。リーゼロッテは年頃の男の子だもの、仕方ないわよねとため息をついた。大人の姿の方だったら引き留めることは出来ただろうかなんて想像をする。


「ヴァナルは何ともない、大丈夫?」

「?ダイジョウブ、ナニモ、ナイ」


 首を傾げながらの返事を聞いて安心する。大丈夫って何が、とリックが返してきそうなのに二人はリーゼロッテの方を振り返る事もなく進んで行く。 


 招かれた部屋に入ると不思議な感覚にリーゼロッテは戸惑う。室内の調度品は以前入った部屋と違い、古い童話に出てくるような雰囲気を醸し出している。庭で摘んだのか赤いバラが花瓶に飾られている。

 継母の趣味とは正反対の、品の良いもので飾られたこの部屋はリーゼロッテを落ち着かせた。その事が逆に城に取り込まれそうで、頭のどこかで警鐘が鳴っている。


 椅子に座る様に促され、お茶の支度をすると言って女性は部屋を出て行った。リックとアルフレッドは何も言わずに座る。いよいよおかしいと思い、二人に呼びかけた。


「リック、アルフレッド。ムスタがいないなら早めに帰った方が良いと思うのだけれど」


 リーゼロッテが呼びかけても返事が無い。椅子に座ったリックの肩に手を掛けて無理やり振り向かせると、リックの目は焦点が合っていなかった。アルフレッドも。割と表情豊かに話す二人が無表情で顔を向ける様は、とても異様に見えた。


 思わず後ずさりをしながら、変になったのはおそらく女性に魅了されてしまったからだろうとリーゼロッテは推測する。どういう理由かリーゼロッテとヴァナルは正常だ。


 二人を正気に戻すために屈んでバイオリンケースを開こうとすれば、椅子から立ち上がったアルフレッドに腕を床へと押さえつけられリーゼロッテは倒れこんでしまう。不意を突かれ後頭部を打ちつけて、目の前に火花が散った。ヴァナルが体当たりをしてリーゼロッテを助けようとするが、音もなく席を立っていたリックがナイフを振り回してそれを阻止する。


 押さえつけられているのは左腕。仰向けの状態なので右腕でアルフレッドを押しのけようとするがびくともしない。のしかかられているわけでは無いので左腕以外は自由がきくが、かなりの力で捕まれているので痛みを感じる。


「アルフレッド、リック、お願い、目を覚ましてぇ!」


 悲鳴混じりの呼びかけにも応じずに、腕を押さえつけたままアルフレッドは自らの腰にさげている剣に手を掛ける。抜かれてはまずいとリーゼロッテはアルフレッドを思い切り蹴とばした。十一歳の細い足の力ではびくともせずだだだだだと何度も何度も脇腹を蹴飛ばして、終いには両足同時に蹴ってようやくアルフレッドをどかすことが出来た。急いでバイオリンに飛びつき構えればリックとヴァナルは本気とも取れる戦闘を繰り広げている。


 魅了された者を元に戻したことは無い。直ぐに思いついたのはモンスターを操る曲だが、人間に対して弾いた事もない。せめて動きが止まることを祈りながらバイオリンを奏で始めた。リーゼロッテの瞳にはゆっくり剣を抜き放つアルフレッドが映っている。


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