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二十七話


 森の奥の方まで行くのは初めてのリーゼロッテは、歩くたびに刻々と変わっていく景色に非常に興味を引かれた。木々の間隔が広く、明るくて足元にも草花が生えている森の入り口。雪はさらに昨日よりも解けて、日陰に一部残されるのみとなっている。小動物や昆虫も、秋に見かけた時とは随分違って見えた。


 リックがモンスターを見つけ、リーゼロッテのバイオリンで強化をしてアルフレッドと二人で戦う。ヴァナルはリーゼロッテの傍に居て護衛をするという形がパターンとなってきた。強化に慣れてしまうのも怖いと二人が言うので、時折モンスターの弱体化をさせたり新曲を披露したりする。


 雪の精霊を鎮めた時の曲をアレンジしたものを弾いてみれば、モンスターにびっしりと霜が降り、動きを鈍らせた。もう少し激しい感じにすれば吹雪も起こせるかもしれないが、春に目覚め始めた森を冬に戻すのは自然にどんな影響があるのか分からない。


「氷と言う形で出せれば、戦闘の幅が広がるわね」

「むしろ魔法とどう違うんだ、それ」

「霜だって氷の一種だろ?強化していけば氷になるんじゃないか?」

「リーゼロッテ、シモ、シモバシラ、ドウチガウ?」


 首を傾げながらヴァナルが効いてきた。リーゼロッテは昔書物で読んだ知識を記憶の底から引っ張り出す。


「えーっと確か霜は空気中の水分が凍って下へ落ちた物で、霜柱はまず土の表面が凍ってその隙間を土の中の水分が上がってきて凍ったもの……だったかしら。霜柱なんてよく知っていたわね、ヴァナル」

「シモバシラ、フム、ザクザク」

「ああ、あれ面白いなー。子供の頃よくやったっけ」


 リックとアルフレッドは思い出しながらヴァナルに同意した。リーゼロッテも両親が生きて居た頃、雪遊びをしに寒い地方へ連れてきたことを思い出す。リーゼロッテよりも父親が面白がって霜柱を踏んでいた気がする。


「モンスター、シモバシラ、ダス。サイキョウ」

「霜じゃなくて霜柱を出すって事?モンスターの体内の水分を外へ出して凍らせてって」


 三人はモンスターの水分が皮膚を突き破って凍る様を想像した。想像してしまった。リックはうわあとドン引きするような声を上げアルフレッドは眉をしかめている。リーゼロッテの顔は青ざめている。


「最強って言うか最凶だな。凶悪の方の」

「解体しようとしても得るものがなくなるな。リーゼロッテ、大丈夫か?」

「気持ち悪い。絶対やだ。でも、最終手段として考えておく。有難う、ヴァナル」


 どうだと言わんばかりにむふーっと鼻息を漏らすヴァナル。体を撫でて上げればリーゼロッテにすり寄ってきた。けれど最終手段として使うには事前に実験をしておかねばならない。その前に魔法のように扱えるようになっておきたいリーゼロッテだった。


「精霊の加護を得て力を増すと言うのはあまり聞かないな。契約をして何かと引き換えに力を得るってのは聞いたけれど」

「加護ってもんは無条件なのか?お得だけど大丈夫なんかな、それ」


 二人とも魔術に関しては専門外なので詳し知識はあまり持ち合わせていない。勿論リーゼロッテもそうだ。妖精に好かれて芸術の才能を授かるおとぎ話を聞いた事がある。悪魔と契約して命や魂を代償として作曲された曲も知っている。両方ともあまり幸せだとは言えない結末を聞かされるのだ。


「妖精や悪魔のおとぎ話では悲惨な目に合うのがオチだよな」


 リックが心配そうにリーゼロッテを見る。アルフレッドも自分が聞いた事のある話を思い出しながら頷いた。


「悪魔はともかく妖精は好意が憎悪に変わった途端事態が反転するんだろ」


 妖精のお蔭で才能を授かって成功し、傲慢になったり妖精を無碍に扱う事で愛想を尽かされ以前よりも悲惨な生活を送る羽目になったり、命を落とす話まである。

 私が受けたのは『精霊』の『加護』だ。おとぎ話として聞いた話がどこまで参考になるのかは分からない。けれど―――


「嫌われないように気を付けるよ。雪の精霊の曲を真夏に弾かないように気を付けて、冬には時々森に弾きに来ようかな。加護は自分の力ではなくてあくまで借り物だという意識を持つようにする」

「そうだな、それがいい」

「まあ、リーゼロッテが傲慢になるなんて想像つかないけどな」


 どんな行動を傲慢だとするかは人によって感じ方も違ってくる。誰も自分の行動がそうだと思いながらする人はほとんどいないだろう。気を付けるに越したことはない。

 アルフレッドが歩きながらヴァナルを撫でて言う。


「ヴァナルもモンスターと言うより精霊に近いものみたいだし、好かれやすい体質や血筋なのかな?」

「ヴァナルも雪の精霊もバイオリンに魅かれるみたいだから、理由があるとすればこのバイオリンだと思う」

「リーゼロッテ、スキ。バイオリン、ダケ、スキ、チガウ」


 嬉しい言葉にリーゼロッテははにかみ、ぎゅうっとヴァナルに抱き着いた。



 森は歩くごとに暗さを増していく。木々の葉は厚く深い色に変わっていき、足元には日が射さなくなってきた。草花は背丈が低くなり、コケやキノコのような物が多くなっている。森独特の空気が満ちて得体の知れない鳥の声が時折聞こえてきた。

 だんだんと巨木が増えて時折倒木も見かける。朽ちた木々の隙間から小動物が顔をのぞかせるが、普段見るリスやウサギとは違う精霊のような雰囲気を持っている。不思議な色や形をしているものが多い。

 残雪も多い。解け掛けて一部が凍った泥濘に、一行は気を付けて歩いた。


 先頭を歩いていたリックが振り返り、依頼書を見せながら聞いてくる。採集の目的はネーヴェ草と言う植物の芽。春先に伸びる部分に強めの回復薬には欠かせない成分が入っている。


「この辺りの筈だと思うんだけどなぁ……もう少し奥か?」

「でもこれ以上進むには俺たちだけだと―――」

「リック!後ろ!」


 依頼書をアルフレッドと一緒に覗き込むリックの背後に上からツルのような物が伸びていた。咄嗟に飛びのいたがツルはリックの左腕をからめ取っている。右手で腰に装備している短剣を取りツルに当てれば、容易に切断することが出来た。締め上げられたのが首だったら対処は遅れていた。


 ツルの出所は一本の木。まだ若い木で幹回りも太くは無い。リックを捕まえ直ぐに持ち上げることをしなかったことを見ても力はあまり強くないようだ。根をもぞもぞと動かし少しずつ移動している。


「さっき言っていた霜柱のヤツ、植物相手なら抵抗も少ないんじゃないか?」

「うん、やってみるわ。フォローお願い!」


 基本は雪の精霊の曲。先ほど弾いた物とは別のアレンジの仕方で弾いて様子をみる。弾いている間にもツルを伸ばしたり枝をしならせたりして攻撃を仕掛け、二人と一匹はリーゼロッテに当たらない様にしのいでいる。


 うまく行かない。次は最初にアレンジしたものを二音低くして弾いてみる。森の入り口で弾いたものと同じ様に木の表面に霜がびっしりと付いた。動きは鈍くなっているものの霜柱が出る気配はない。


 もう一度、更に装飾音符を増やし、旋律の合間に細かい音を入れると―――


「成功した、か?」


 アルフレッドが手を止め、様子を見ている。


 木の表面にひびが入り、そこから皮ごと氷の柱がにょきにょきと立っている。霜柱はどんどん伸びていき最後には樹木全体がパリィンと割れて粉々に砕け散ってしまった。


 効果に呆気にとられている二人と一匹を置いてリーゼロッテは自分の荷物をあさっている。


「五線紙……あ、あった!」


 地面に置いたバイオリンのケースの上に五線紙を広げて、服の裾が汚れるのも気にせず座り込んでリーゼロッテは手早く書いて行った。リズムは後で合わせるので黒丸を斜線で書きシャープやフラットだけ付け足して小節を区切る線を引く。走り書きのような物なのでかなり乱雑だ。

 出来上がっておかしなところが無いか、目で追っていく。長年音楽をやっているので楽譜を見ただけで頭の中に音が浮かぶのは当たり前の事となっている。


「へー。楽譜ってそうやって書くのか」

「やっ、見ないで。これはメモみたいなものだから、後で清書するのよ」


 辺りを警戒しながらもリックとアルフレッドがリーゼロッテの後ろから楽譜を覗き込む。音楽を分からない二人からすればこれからメロディーを読み取るのが信じられなかった。


「いやいや、何もわからないものからすれば十分すごいと思うよ」

「俺らからみたら、古代語で書かれた魔導書みたいなもんだよなぁ」


 リーゼロッテはきょとんとした。幼いころから慣れ親しんでいるものが、そんな大層なものだとは思わなかったのだ。


「楽譜が読めないとそんな認識なんだ。あ、馬鹿にしているわけでは無いのよ」

「専門家からすればそんなもんだろ。素人からすれば暗号の塊だ。魔導書と同じだろ?」

「リーゼロッテ、スゴイ。ヴァナル、ゼンゼン、ワカラナイ」


 言葉には出さなかったがヴァナルが分からないのはどう考えたって当たり前の事だろうと、三人のツッコミは一致した。


 

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