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二十六話

 その夜、リーゼロッテは布団にもぐりこみながら自分の装備の事を考えた。小型のナイフを買う事も、軽めの装備を買う事も以前から頭の片隅にあった。では何故二人の申し出を拒否したのか。


 一つ、ナイフを買ってしまえば、モンスターの解体をしなくてはならなくなる。冒険者を始めた頃に猪型のモンスター、ワイルドボアとそれより大型のキングボアを倒した時の様子を思い出すと、気が進まないのだ。勿論リーゼロッテは菜食主義者ではない。調理されたお肉はおいしくいただいているが、それとこれとは話が別だ。二人の事だから親切丁寧に教えてくれるだろう。でも駄目なものはダメなのだ。死んだものでさえその状態なのに生きているものを攻撃できる自信などあるわけがない。刃先が肉に食い込む感触を想像しただけで叫びたくなる。指先にけがを負えばバイオリンが弾けなくなってしまうと言う建前として出した理由も容易に想像できることだ。


 一つ、もしも鎧を着た状態で大きくなってしまったら。布製の服を着ているのであれば、恥も外聞も捨てて最悪服を切り刻むことが出来る。今着ている服は比較的ゆったりしているものなので、酒場の二階で大きくなったときはぎりぎり大丈夫だった。だがあの時、革製や金属製だったらどうなるか。胸部や肩まわりが圧迫された状態でバイオリンを弾けるかどうかも分からない。


 一つ、いつまで冒険者をやるのか分からない。ヴィートが言っていたのは裏から手を回して何とかするという事だったが、例えば継母が今日捕らえられて明日にでも屋敷に戻るように言われてしまったら。せっかく用意してもらっても直ぐに不要になってしまったのでは申し訳ない。その後にしても自分が買った物ならば処分も問題ないが二人からもらったものはきっといつまでも取っておいてしまうだろう。


 一つ、ヴィートがリーゼロッテの為に何かをしてくれているのに他の男から物をもらうわけには行かないといわば義理立てのような状態である。恋人同士であるわけでもないのに。アデライードのファンの中には妻帯者であるにも拘らず度を超えた贈り物や接触を図るものがいた。うっかり笑顔で受け取ってしまったが最後、妻の嫉妬は歌姫に向けられる。何気なく受け取ってしまう事で何かあるのではないかと疑う癖がついた。只より怖いものはない。


 どれもこれも本当に自分勝手な理由だ。リックとアルフレッドに、仲間として断る理由ではない。けれども今までは気にしないできた金銭感覚を平常に戻すためにも、明日になったらきちんと断ろう。そう思ってリーゼロッテは眠りについた。


 リックとアルフレッドは家も近く、今日冒険に出るかどうかはお互いの家に行って連絡を取っていた。そこにリーゼロッテが加わるのだが、宿泊客や従業員でもないのに宿に毎日寄るのは支障があるだろうという事で毎朝ギルドに行くことになっている。用事があれば職員に伝言を頼むことも出来るからだ。

 ギルド内に冒険者はまだ一人もいなかった。


「断りにくいようならば私から二人に言ってあげましょうか?」

「いえ、自分の事なのできちんと自分で断ります」


 シエラに事情を言ってヴァナルと一緒に二人を待っていると、そんな有り難い申し出をしてくれた。けれどこれも自分の成長のリハビリだと思い断る。厚意を断ることほど気が重い事は無い。

 ギルドの扉が開いてリックとアルフレッドが入ってきた。


「あれ、リーゼロッテだ。早いなー。ヴァナル温けぇなー」

「おはよう。ヴァナルもおはよう」

「オハヨウ」


 リックはヴァナルのもふもふを堪能している。アルフレッドは真っ直ぐリーゼロッテの方へ向かって来る。リーゼロッテは緊張した面持ちで、二人に話しかけた。


「あの、二人とも。昨日の事なんだけど。その、私の装備の事なんだけど」


 ああ、とアルフレッドは頷きリックもヴァナルから手を放して顔を上げる。


「あれから二人で話してたら、もう少しお金が貯まってからにしようって考えていて」

「そうそう。今すぐ買うにはどちらにしろ足りないんじゃないかって話になって、なあ?」


 二人で顔を見合わせた後、リーゼロッテを拝むように手を合わせて頭を下げる。


「もう少し待っててください!」


 断るつもりだったのに、頭を下げられてしまった。まるでリーゼロッテが借金の返済の催促をしたかのようだ。それでもがんばって断ろうとリーゼロッテは口を開こうとするが、何から言えばいいのか分からない。


「えっと……あの……」

「リーゼロッテ、諦めなさい。ここで断るのは流石にお勧めしないわよ」


 いつの間にかカウンターから出てきたシエラがリーゼロッテの肩にポンと手を置いた。他の職員は面白そうに見ている。スヴェンがにやにや顔でうんうんと頷いていた。男の矜持とかそう言った物を立てて上げるという事なのだと、リーゼロッテにも何となくは分かるのだが納得がいかない。さんざん悩んだ意気込みが無駄になってしまった。


「うう……」


 物凄い悪女になった気分だとリーゼロッテは思った。昨日のうちにきっぱりはっきり断っておけばよかったと後悔する。これで年下の男の子達に将来貢がれることが決まってしまった。


「さーって、お手頃な依頼は無いかなーっと」

「雪も解けて来たし植物採集の依頼が増えそうだ。でも討伐の方もこなさないと」


 二人はがっくり肩を下ろすリーゼロッテから目を離し、素知らぬふりをして掲示板を見ている。断る道を先回りして塞ぐ二人の方が一枚上手なのを、ギルドの面々は分かっているがリーゼロッテは気付いていなかった。

 ヴァナルが心配そうにリーゼロッテの顔を覗き込む。それでも大した失敗ではないとリーゼロッテは力なく笑った。


「この依頼ならどうだ?採集だけど森の奥だから途中でモンスターに遭遇する率は高いよな」

「リーゼロッテとヴァナルが仲間になったしいつもよりも楽に行けるだろう。リーゼロッテ、良いか?」

「え?あ、うん。大丈夫だよ」


 切り替えは大事だ。二人が気にしていないのなら自分もそうしようと、リーゼロッテは立ち直り返事をした。手続きをシエラに頼めばスヴェンが声を掛けてくる。


「森の方へ行くんなら帰りに揺蕩う城へ寄ってムスタの様子を見てきてくれ。酒場が開いてないからきちんと食事取れているか少し心配でな」


 ギルドの支部長に食事の心配される吸血鬼。三人は顔を見合わせて乾いた笑いを浮かべる。


「犠牲者がいないか確認するためにも寄ってみます」


 アルフレッドが非常に優等生な答えを出した。

 リーゼロッテがムスタ以外のアンデッドを全滅させて以来、ここに居る誰も城へ入っていない。ヴィートの店を気に入ったらしく、被害も耳にしていないが用心をしておくに越したことはない。


 ―――本来、吸血鬼は人類の天敵だ。


 帰りは夜になるだろうが、一応寄って行こうと三人はギルドを後にした。



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