二十四話
エオリア国王都―――
王城の中の、王族専用の食堂に国王とヴィートの兄弟たちがテーブルについていた。王、兄六人、姉二人、妹一人。王には第三王妃までがいるがこの場に列席はしていない。
……用があるのは父上と、トニカ領を治めている六番目のセト兄上だけなのになあ。
面会のための手紙を送ったのも二人だけなのに、いつのまにか兄弟同士で連絡が取られ嫁にいったはずの姉妹までもが勢ぞろいしている様子を見て、ヴィートはため息をついた。
「久しいな、ヴィート。料理がまだ用意されてはおらぬようだが……」
「父上たちが席に着くのが早すぎるのですよ。まだ使いの者を出していないのになぜ部屋で待てないのですか」
「それだけ皆お前の料理を楽しみにしておるという事だ」
「本当に有り難いわ。庶民の食べ物なんて中々口にできないもの。ヴィートに聞いたレシピで料理長に時々作らせたら、夫のお忍び町歩きがなくなったのよ」
一番上の姉、セフィードが嬉しそうに言った。どこの城でも料理長が自ら庶民の料理なんて作ってしまえば不敬に当たる。主が料理を知って作る様に命じるならば話は別だ。
予算や計画によって準備されている厨房の材料を使うわけにもいかないので、城へ来る道中に買い足した食材を使う。お蔭で毎回王族用の出入り口を使うことは出来ず、商人と同じ通用門を使う羽目になっているヴィート。王城に出向いている間は酒場の収入がなくなるので経費はしっかりと頂くのだが。
側近のルディとアイクが配膳を手伝う。酒場を手伝っている為に妙に慣れた手つきの二人も、今はきちんとした礼服を着ている。部屋の中には王族しかいない為、腰に剣は佩いていない。
長いテーブルに、真っ白なテーブルクロスと零れんばかりに花の活けられた花器。頭上にはシャンデリア、足元には赤い絨毯。壁には有名な画家の絵画。そしてテーブルの上には場にそぐわぬヴィートが作った親子丼と、とてもシュールな光景が広がっていた。
……どう考えたって合わないだろ、とヴィートは嘆息した。
この世界は、創世の木によって他の世界から召喚された者が知識を広めてきたので、非常に雑多な文化が出来上がっている。創世の木が滅び女神が治めるようになったが旧世界の文化はそのまま引き継がれ、世界へ広まる事となった。
今回の親子丼は国王のリクエストだ。ヴィートが初めて父と兄弟たちに振る舞った料理でもある。
城の厨房で料理を教わり庶民の食事にも興味を示したヴィートは、度々城を抜け出しては町に繰り出していた。そこで目にした家族の形は城にいる自分の家族とは程遠いものだったのである。ともに笑い、泣き、怒り、悲しみ、食事を取り、眠り、気にかけ、そして心配する。
そのころ、城の中は王位争いで荒れに荒れていた。王族以外にも様々なものが利権に群がり、兄弟たち、王妃たちがいがみ合う。王位に関係のない、腹違いで五つ下の妹が事件に巻き込まれたことも有って、ヴィートは行動を起こした。その頃はまだ見習いだったルディとアイクを巻き込み、家族を集めて料理を振る舞ったのである。
最初は毒入りなのではと疑われた。毒見役を用意されたり魔法による鑑定も行われただけでなく、せっかく作った料理をひっくり返されたこともある。
『家族で仲良くする事なんて庶民でもできるのにどうして兄上たちは出来ないんだ。敵なんて外側にいくらでもいるのに。家族でもめてたら足元を掬われかねないのに』
自分より上の者を引きずり降ろし、より高い地位へと上がろうとする姿を王族が見せていれば貴族も真似をする。それがまかり通ることになれば最終的に引きずりおろされるのは自分たち王族だと説得した。
勿論一度で関係を修復できるはずもない。何度も何度も繰り返し、父が味方に付き、助けた妹が姉たちを誘い、同腹の兄たちが頭を下げて他の兄たちを説得した。
結果、兄たちは誰一人死ぬことなく土地無し爵位のみ名ばかり王族と言う不名誉な身分が、ヴィートに転がり込んできた。けれどもどれだけ惨めな思いをしようとも絶対に奪う事だけはしたくない。王城にずっと居候するわけにもいかず店を出して自分で稼ぐことにする。
温かいうちに料理を食べてほしかったので、ヴィートは皆が食べ終わったのを見計らって話を切り出した。ルディとアイクがお茶の準備をしている。
「前置きは省きます。主に父上と、セト兄上にお願いがあって連絡を取りました。トニカ領のアビッソ周辺を治めるガルム伯爵の一人娘で……」
リーゼロッテの話を、継母やアデライードの事まで含め全てを伝える。現在はフォレスタ周辺で冒険者として活動していることも。
「自分は裏を取るための手段を持っておらず本人から語られた事のみの情報です。本来ならお家騒動ともいうべきこのような問題に王族が口を出すべきではないのも重々承知です。ですが―――」
「皆まで言うな、ヴィート。そなたが気にかけ行動を起こした、それだけで十分な理由になる」
国王がヴィートの言葉を遮った。兄弟たちも顔を見合わせ頷く。禍根を残さず身近な敵は味方に変わり、それぞれの仕事が確実に行えることになった。潤い整っていく自分の領地や国を見て、時間が経つにつれヴィートのしたことの重要性が増していく。
兄弟たちはヴィートが何かを望めば、全力で動くことを決めていた。
「リーゼロッテ嬢か……。最近聞いたな。確かダイクトの落盤事故で大規模な回復を行ったと報告が有った。魔法では無くてバイオリンを奏でることで重症者まで治療したとか」
ドミナント領のダイクトやフォレスタ周辺を治める三番目のグエン王子が、自分の領地内で起きたことを話した。ヴィートと母を同じくし、その事もあってヴィートはフォレスタに店を構えることが出来た。時々お忍びで店に遊びに来ることがある。
魔石鉱山と言う、国内でもかなり重要な資源を含む重要な土地を任されているのは、兄弟の中でも魔術関連の知識に長けている為だ。
「おそらく彼女です。フォレスタギルドの支部長からそのような報告が上がっています」
「その後、町長に捕らえられたが町民が一つにまとまり助け出したそうだ。民の心を掴むことにも長けているのではないか?」
酒場で場を盛り上げているのを見たことはあるが、本人がまとめて何かを指示するなんて考えにくい事だ。恩を感じた民が自発的に行っただけだろう。ヴィートは自分の知らぬところでトラブルに巻き込まれているリーゼロッテが心配になった。
国王が、アビッソにより近い直轄地を治めているセトに情報を求める。
「セト。今回の事はそなたの領地の近隣で起きたことだが、情報は得ておるか?」
「ベクレムト伯爵の葬儀には出ましたけれど、そちらのガルム伯爵には亡くなったことすら報告されてません。存じていれば令嬢を伯爵位に付けるか、上級貴族の中から見繕って婿に取るよう指示しております。家の取り潰しは出来るだけ避けたいですからね」
知っていれば為すべきことはしていると、セトは返す。後継の男子がいないのに知らせぬことが既に軽い罪を含んでいる。領地に戻りただちに情報をかき集めたいとセトは訴えた。だが、そんな重要な情報を隠し続けている継母が、簡単にしっぽを掴ませるはずもない。
「父上。アビッソとは確かいわくつきの土地ではなかったのですか?魔の吹き溜まりになっている場所と聞いた覚えがあるのですが。セトだけで事に当たるのは些か荷が重いのではないですか?」
一番上のヴァイスが助言をする。次期国王となるヴァイスは国土全体を万遍なく視野に入れる知識を持っている。
「それについては神殿の者を少しそちらへ裂きましょう。悪魔や魔族によるものだと困りますからね。ただ他の経路からも情報収集が必要です」
二番目のラヴァン。彼の背後には神殿と言う組織が付いている。王位争いも組織の暴走によるものだった。
「うちの領土で作っている絹糸、扱っている商家の支店が確かアビッソにあった筈。情報を仕入れてみようかしら。ドレスや服飾品関連なら何とかなるもの」
二番目の姉、プティが切り出した。この場合の情報は、弾劾できる悪事の痕跡までを指している。
「ならばうちは宝飾関係だな。欲深い継母とやらならすぐに釣れるだろう」
五番目の兄、ブラン。商業系に強い。外国との交易も仕切っている。
「リーゼロッテさんが伯爵になるならば下地を整えておいた方が良いかな。隠密行動も出来る侍女を数人送り込むか」
四番目の兄、スピタク。いろいろやっている。いろいろと。敵に回すと一番怖いと言われる。
「よし、ではグエンとヴィートは彼女の保護を。リーゼロッテ嬢とヴィートの今後の事を考えて、秘密裏に国を挙げて事に当たれ」
微妙に父の矛盾した言葉に、ヴィートは再びため息をついて、遠くにいるリーゼロッテに謝った。
……すまんリーゼロッテ。兄弟たちが面白がって何だか大事になりそうだ。
国王はセトへの心遣いも忘れない。
「セト、普段なら責任を持ってそなたがやるべき仕事でゆっくりと成長を見守りたいところだが、今回に関しては早急な対処が必要になる。兄や姉の手が入っても、不快に思うな」
「はい、口惜しいですが自分の力不足が招いた結果です。可愛い弟の嫁候補のためにも頑張ります」
セトの言葉にヴィートが目を見開いた。
「なっ、まだ嫁にするなんて一言も―――」
「感情が見え隠れしてるぞ、貴族女性をあまり相手にして来なかったお前が興味を持つなんてそれだけで珍しいからな」
グエンが茶化す。ちなみにヴィート以外は妹を含めみんな結婚している。一番上の兄の子供がそろそろ婚約相手を探すと言う時期だ。
「王族と言う肩書で近づいてくるのに条件が婿入りと分かった途端、みんな婚約破棄だものね。見る目が無いわ。こんなに優しくてかっこいい兄様なのに」
「有難う、アルブ」
軽く済ませるつもりだった家族の食事会は、かなりの規模となってしまった。




