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二十三話


 リーゼロッテが目覚めれば、そこはいつもの宿屋のいつもの部屋だった。疲れがたまっていたのか直ぐには動き始められず、ぼーっとした頭で思い出しているのは歌姫だった頃の事。

 大概はアビッソにある劇場で歌うことが多かったが、いろいろな地方での公演も有ったし王城で歌った事も有った。なのに適度な運動に管理の徹底した食事で、その土地の名物を楽しむこともしなかった。基本の移動は馬車で、景色をゆっくり見た覚えもない。劇場の舞台から見た豪華な客席は確かに美しかったけれど、舞台本番に見とれる事なんて出来るわけがなかった。

 冒険者になって余裕ができるかと思ったがそうでもない。確かに魔石採掘現場は見たことのない景色だった。けれど人を助けていて眺める余裕はなくごたごたしたまま町を出てきてしまった。きっと明りの灯された魔石鉱は幻想的なんだろうと商人やリックたちから得た知識で想像してみる。


 ……吟遊詩人って景色の美しさに感動して歌ったりするものよね。


 試しに昼間のダイクトをテーマに一曲作ってみようと思ったが、代わりに思い出したのは「冒険者に向いていない」と昨日クレフに言われた辛辣な言葉だった。自覚していることを他人から指摘されるとどうしてこうも気分が沈んでしまうのか。


 バイオリンを手に取って体を小さくする為のいつもの曲を弾く。効果はほぼ二十四時間。曲を弾き始めるとヴァナルの耳がピクリと動き、頭を持ち上げて静かに聞いていた。


「リーゼロッテ、チイサイ、バイオリンヒク、ナゼ」

「バイオリンは一番大きなものを使っているよ。子供用の小さいものもあるけれど、これは母の形見だからね」


 ヴァナルははくはくと口を開いたり閉じたりした。


「チイサク、キョク、ヒク、ナゼ」

「大きい音で弾くと周りの迷惑になるからね。おかみさんに許可は取ってあるけれど一応気を付けているのよ」


 ヴァナルはまた口を開いたり閉じたりして軽く首を振った。この一連の動作に何か意味があるのかとリーゼロッテは首をひねる。聞いてみようとしたが、ヴァナルがまた言葉を発したので黙って聞く。一生懸命に話そうとしているのでさえぎるのが申し訳ないのだ。


「リーゼロッテ、バイオリン、スキ。ヴァナル、ツイテイク。ヤメナイデ」

「うん、冒険者には向いていないみたいだけどバイオリンはやめないよ、大丈夫」


 ヴァナルと話して少しだけ気分が明るくなった。冒険者はあくまでお金を稼ぐ手段の一つに過ぎない。ただの吟遊詩人として稼ぐことだってできるし、曲を弾いたり売ったりして稼ぐことも出来るはず。手に入る金額は減るかもしれないけれど、やりくりは身に付いてきたはずだ。


 ヴィートとした約束は吟遊詩人として名を上げる事。冒険者を止めても約束を違える事にはなっていない筈だとリーゼロッテは頷いた。


 昨日言った通り、冒険者を止める為にリーゼロッテはギルドへと向かう。




「お断りします」


 シエラが席を外し他の受付は手が空いていなかったので、クレフがリーゼロッテに応対したのだが。冒険者を止める旨を伝えれば開口一番帰ってきたのは拒否の言葉だった。驚いたリーゼロッテは少し考えて、昨日言われたことを確認する。


「えーっと、私は冒険者に向いていないのですよね?」

「向いていないと言われて速攻止める馬鹿がどこに……ああ、ここに居ましたか」


 アデライードだったころも、家を出てて旅を始めてからも喧嘩らしい喧嘩なんて売られたことが無かったため、リーゼロッテは目を白黒させていた。黙っている間にもクレフの口は止まらない。


「安易に冒険者になって安易に冒険者を止めるなんてどれだけ冒険者を見下しているんですか」

「見下していませんよ。マスターだってシエラさんだって、リックやアルフレッドも私は尊敬しています」


 悩みながらここへ来たのに、好き勝手言われて段々と腹が立って来たリーゼロッテは声に怒りがこもっていく。


「だったらいつまでパーティーを組まずに活動するつもりですか。彼らの勧誘を受けて拒絶する理由は何です?」

「勧誘?」


 ダイクトの町でアルフレッドが言いかけたがヴァナルに邪魔された。勿論リーゼロッテには届いていない。そもそも、吟遊詩人は足手まといになるため、断られるのを覚悟で自分からパーティーに入れてもらうよう頼むつもりだった。

 された覚えのない勧誘。断る理由なんてないのに。


「勧誘なんかされてませんし、そもそも私は冒険者に向いていないのでしょう?」

「そうしてやめた後、どうする心算なんですか」

「冒険者ではない吟遊詩人をするつもりです」

「ああいうのは大道芸と同じですよ。収入が不安定なうえに二束三文にしかなりません。宿屋に泊ることなんて出来ないし、女性の場合は……」


 クレフは言葉を濁したが、思考が基本お嬢様のリーゼロッテは直ぐには分からない。春を売るようなことになるかもしれないと言いたいのだが、ケンカ腰のリーゼロッテは「何ですか、はっきり言ってください」とクレフに詰め寄った。


「成人しているのだからわかりそうなものですが……ともかく他に稼ぐ当てがないのなら、冒険者でいるべきです」

「なんなんですか、あなた。冒険者辞めろって言ったり、辞めるなって言ったり。私にどうして欲しいんですか」


 ひときわ大きな声がギルドの中に響いてしまった。リーゼロッテは慌てて口を噤み両手で押さえると、丁度ギルドの扉を開けてシエラ、リック、アルフレッドの三人が入ってくる。


「宿まで行ったのに入れ違いになってしまいましたね。クレフ、リーゼロッテに余計な事は言ってませんよね?」

「言ってませんが」


 しれっとした顔でクレフは答える。喧嘩を売られたリーゼロッテがクレフを睨みつけると、何かあったのを察したシエラが、額に手を当て肩を竦めため息をつく。クレフが受け付けに立つと結構な頻度でいざこざが発生するので、ギルドの面々は慣れてしまった。


 リーゼロッテはクレフを放っておくことにする。自分の理解を越えている人には誰かに間に入ってもらった方が良い、そう思ってシエラと向き合った。


「あの、何か御用でしたか?宿まで行ったって……」

「用があるのはこの二人。男二人で宿に押し掛けられても大変でしょうから私がついて行ったのよ」


 そう言ってシエラはリックとアルフレッドの背中を押し出した。二人が至極真面目な顔をしているのでリーゼロッテも背筋を伸ばした。ついでに横にいるヴァナルもきちんとお座りしている。


「リーゼロッテ、冒険者を辞めないでほしい。俺たちのパーティーに入らないか?」

「基本はフォレスタでの活動を考えているけれど、リーゼロッテが行きたい場所があるならどこへでも行くつもりだ」

「吟遊詩人が冒険者として活動しづらいのは分かっている。サポートは全力でするから。だから……」


 二人が交互に勧誘の言葉を掛けて頭を下げる。なんとなく、仕方がなく、と言う体ではない。どこか必死な様子にリーゼロッテは少しだけ微笑ましく思えてしまった。断る理由なんて無い。冒険者を辞めようとしていたことを少しだけ忘れることにした。


「はい、よろしくお願いします」


 リーゼロッテが答えると二人は見る見るうちに笑顔になり「やった!」「よっしゃあー」と声を上げる。二人の喜び様にリーゼロッテはかなり驚き、シエラに尋ねた。


「あの、仲間にするのってこんなに大仰な事なんですか?吟遊詩人の私が頼むのは勇気居る事だと思うんですけれど」

「二人とも年頃の男の子だからね。年上のお姉さんナンパするようなものだし」

「ここであれだけぐだぐだ言っていたのにまだ勧誘してなかったんですか、あの二人は」

「あなたは黙ってなさい」


 呆れた声のクレフをシエラが窘める。


「ヴァナルも、いいよね?」

「リック、アルフレッド、アソブ、カラカウ、オモシロイ。ナカマ、ナッテヤル」


 思いっきり二人を見下したヴァナルの言葉に、シエラがこっそりと相槌を打つ。

 冒険者になって三か月近く。漸くリーゼロッテに仲間が出来た。

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