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二十二話

 リックとアルフレッドは幼馴染で、資格が得られる十三歳から冒険者をやっている。フォレスタを中心に活動していて他にもいろいろな冒険者とも行動を共にしてきた。


 秋の終わりにフォレスタへと現れたリーゼロッテは、二人にとってとても気になる存在だ。同じ年頃の女の子は町の中にいくらでもいる。パン屋の元気な看板娘、鍛冶工房に出入りしている知的な商人見習い、森の狩人のミステリアスな一人娘……。


 リーゼロッテは今まで見てきたどの娘とも違っていた。年上なのに年下の姿で、吟遊詩人でか弱いイメージなのに一度バイオリンを弾けばギルドの職員並みに頼りになって、自分は大人だと言い張っていたのに人からのアドバイスはすんなりと受け入れる。なんだかわけありのようで時々育ちの良さがにじみ出ているのも二人の興味を引いた。


 固定のパーティーメンバーとして行動を共にしたいのだが、どういうわけかうまく行かない。バイオリンの効果のほどを見ればひとりで行動したがるのもよく分かる。今は敵味方への効果を使い分けられているけれど、どのように効果が出るかは弾いてみるまでわからない部分があるらしい。


 頼りになる存在ではあるけれど、町長に攫われた時はリーゼロッテならば絶対に大丈夫だとは思えなかった。バイオリンを持っていなければただの女の子である。結局自力で脱出してしまったのだが姿を見るまで気が気でならなかった。



 疲れているようだった。気を効かせて道中話もした。フォレスタに戻ってこれて元気が出たのも分かる。

 けれどマスターにあった時のリーゼロッテはいつもと少しだけ違って見えた。酒場に出入りしているという事は少なくともリーゼロッテは成人しているという事だ。自分たちはまだ十七歳。冒険者ならそう言った大人な場所で情報収集を行いたいものだが、未成年な上に地元であることが災いして店に入れない。


 つまり、リーゼロッテが酒場の依頼を受けている時、自分たちは傍に居ることが出来ない。そんなの、パーティを組んでいると言えるのだろうか。


 アルフレッドは割と惚れっぽい。女の子は守らねばと思っている。リックは共に歩める女の子がタイプだ。リーゼロッテはどちらにも恋愛の対象となりうる要素を持っていたのだが、これまでは単に仲間にしたいとしか思っていなかった。ヴィートと楽しそうに話すのを見て、ただ単に気になる存在だけだったのがいろいろな感情が湧き上がってきた。


 嫉妬から気付くほんのり幽かな恋心、覆せない年齢差からの疎外感、ともに冒険に出たのはまだ三回だけれど苦楽を共にしたのにやっぱり男は顔なのかと言う脱力感―――


 対して二人のそっけない反応に、リーゼロッテは訳が分からない。アデライードではない自分が好かれるとは思っていないので自分は気付かぬうちに何か悪いことをしでかしたと思っている。


 三人は、それぞれ別の想いを抱えながらギルドの扉を開けた。フォレストを離れていたのは日数にしてほんの数日だが、とても懐かしい気がした。リーゼロッテ達に最初に声を掛けたのはシエラだ。いつもの優しげな声に少しだけ救われる。


「あら、お帰りなさい。アルフレッド、リック、リーゼロッテ。ダイクトで物凄い事してきたんですって?」

「連絡、もう来ているんですか?」


 聞けば緊急連絡用の通信手段がギルドにはあるらしく、回復の件と町長の件も既に知られていた。スヴェンと、クレフが事務仕事の手を止めて奥から出てきた。元神官の堅物メガネである。


「拠点をダイクトに移すように説得しろと言われたが断っておいたぞ……ってなんだそのばかでかい狼は」


 リーゼロッテが扉の前に留まっていると、ヴァナルが鼻先でぐいぐいと押しのけて入ってきた。


「おっとと、バイオリン弾いていたら懐かれてしまって」

「ヴァナル、バイオリン、リーゼロッテ、スキ。ツイテキタ。ヨロシク」

「言葉をしゃべるのか」

「見た感じは森狼フェンリルみたいだけれど、懐くなんて話あまり聞かないわ。大きさもそんなに大きくないみたいだし言葉も片言ね。まだ子供なのかしら」


 シエラがカウンターから身を乗り出してヴァナルの眉間のあたりを撫でた。ヴァナルは嫌がることなくうっとりとしている。ギルドにいたほかの冒険者も囲んで、手触りの良い毛並みを堪能していた。


 周りの意識がヴァナルに向いている中、クレフの視線に気づいてカウンターまで近づき、リーゼロッテは声を掛ける。


「あの、私に何か御用でしょうか?」

「自分の力をひけらかせて満足しましたか?大した実力もないのに名前を広めてあなたは何がしたいのです?」


 え?と驚いてリーゼロッテが目を見開いている間も、止まることなく話し続ける。色素の薄い双眸に宿る冷たい光が、リーゼロッテを睨みつけた。


「一緒にいる仲間の気持ちを考えたことは?護衛の仕事も治療の仕事も、何もできずにただいるだけの存在になってしまっているではないですか」

「俺ら、何気にディスられてねえ?」


 リーゼロッテの背後でリックがぽつりとつぶやいた。リーゼロッテはクレフに言われて二人のそっけない態度に漸く理由が思い当たる。なるほど、出番があまりなかったから拗ねていたのね、と。


「あなたは冒険者に向きません。仲間と協力することが出来ないならやめたらどうですか」

「そうですね……」


 リーゼロッテの反応にクレフは片眉を上げた。


「どうして何も反論しないのですか?」

「どうしてって、先輩冒険者のいう事は聞くべきでしょう?」


 疑う事も必要だという事は最近学んだ。けれどギルドの先達が陥れるようなことを言うとは思えない。クレフはなおも続ける。


「怒らないのですか。反発心すら持ち合わせていないのですか」


 リーゼロッテの許容量の基準は継母にされた事である。その継母がした事ですら、もしかしたら仕方のないことかもしれないと薄々思い始めてしまっていた。


「体力は無い、武器を持って戦う事もしない、確証のある補助ではない。向いていないと言われればそうなんだなと思える要素をたくさん持っているんですよ、私は」


 どれだけ依頼をこなしてもずっと疑念は消えなかった。


「ヴァナルはバイオリンを聞きたくて傍に居てくれますけれど、リックとアルフレッドは仲間としての私が必要なのですよね。そろそろ本格的に組もうかと思ったのですけど、向いていないのならやめた方が良いかもしれません。今日は疲れたので明日また手続きをしに来ます」


 そう言ってぺこりとお辞儀をしリーゼロッテはギルドを後にした。アルフレッドが手を伸ばすが何と声を掛けていのか分からず、無情にも扉は閉ざされそのままがっくりと膝をついた。


「何っって事をしてくれてるんですかっ。俺らがここまでくるのにどれだけ……ああ、まったくもう!」


 リックが頭を掻き毟りながらクレフに怒鳴った。回数を重ねて信頼関係を結べれば仲間にもなりやすいと思った。自分たちと同じようにフォレスタに居続けようとする冒険者はあまりいないので、その都度組むことはあっても、皆離れて行ってしまうのだ。


「あんなに素直で大丈夫なんですか。いくら不死者を全滅させようが聖職者並みの回復を扱えようが、協力しないとこれから先は大変だと伝えようとしたんですが」

「微塵も伝わってねえぞ、ありゃ。クレフ、明日しっかり謝った上で説明してこい」


 スヴェンの助言にも、諸悪の根源であるクレフは平然とした顔をしている。代わりにアルフレッドが答えた。


「あ、それなら俺らが行くんでいいです」

「そうよねえ、ライバル増やしたくないものね」


 何でもお見通しとばかりに楽しそうな顔をしているシエラに、リックはむっとして返す。


「シエラ姉さんは関係ないじゃないっすか」

「関係なくないわよ。私、リーゼロッテに恋文もらった事があるもの」

「えええぇーっ」

「あれは依頼で別口だろうが」


 以前リーゼロッテが受けた依頼の事をスヴェンが二人に説明する。それを聞いて胸を撫で下ろす二人。複雑な感情がさらに複雑なものになることは無かった。





「悪いけれど、宿に入れるわけには行かないねえ」

「そんな……なんとかなりませんか?」


 他の町の宿では拒否されなかったのに拠点にするつもりだったフォレスタで、ヴァナルと泊まるのはダメと言われることは予想だにしていなかった。今更宿を変えるつもりは無いし、ヴァナルだけを外に放しておくしかないのだがどんな騒動が起こるか予想が付く。リーゼロッテはどうしたものかと考え込んでいた。


 当のヴァナルはおかみさんとリーゼロッテを交互に見比べている。


「ヴァナル、ごめん。一緒の宿に寝泊まりできないんだって」

「ヴァナル、オトナシクスル。メイワク、ダメ」

「あれま、人の言葉が分かるのかい。なら言って聞かせることは出来るねえ…うーん…」


 どうするか悩んでいるおかみさんを見て、ヴァナルはお世辞を並べ始めた。


「オカミサン、ビジン。キレイ、ヤサシイ。イイオンナ」

「あらあ、そんな事言われたの久しぶりだわあ。かわいいワンちゃんねー。いいよ、ちゃんと世話するなら。ただし食堂には入らない様にしてね」

「はい、有難うございます」


 ヴァナルはご機嫌で尻尾を振っているが、どこでそんな言葉を覚えたのかと首をひねるリーゼロッテだった。冒険者を止めるならまた新たに金策を考えなければならないが、今日はもう寝てしまう事にする。


「ヴァナル、寒くない?明日毛布買いに行こうか」

「ダイジョウブ、ケガワ、キテル。オヤスミ、リーゼロッテ」

「うん、おやすみ」

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