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十八話


 次の朝、リーゼロッテ達は直接門へと行かずにギルドに一度立ち寄った。フォレスタへ向かう護衛などの仕事が受けられるかもしれないからだ。ギルドの扉を開けると昨日の商人が先に来ていて、声を掛けてきた。


「おお、あんたらか。昨日はどうも有難う。お蔭でいい取引が出来たよ。ところで、今何か引き受けている依頼はあるのかい?」


 フォレスタに帰るところだとリックが返せば、丁度良かったと商人が目を輝かせる。


「魔石鉱山のあるダイクトと言う町までの護衛を探しているんだが、あんたら引き受けてはくれんかねえ」


 地図をこちらに見せながら説明をしている辺りが、押しの強い商人らしい。フォレスタは全くの逆方向ではないと示しながら、断りにくい状況を作り出している。フォレスタまで三分の二程度行ったところで分岐する道へと進み、同程度の距離を進む。うまく行けばその日のうちにフォレスタへ帰ることも可能だ。


「俺は構わないけど、リックは?」

「俺も賛成。適当な鉱石をフォレスタに持ち帰って武器の強化もしたいしな」


 二人と商人はリーゼロッテの顔を見た。


「行くよ。ヴァナルも行くよね」

「モチロンダ」


昨日と同じように馬車に乗りながらバイオリンを弾き続けた。今回は一台だけなので御者台の隣にリック、荷台の後ろ側にリーゼロッテとアルフレッドが乗っている。品物を目一杯積んであって狭いので、鎧を着こんでるアルフレッドは窮屈そうに座っていた。


「音楽は聞けるし敵は出ないし馬車に乗りっぱなしだし、冒険している感じがしないな」

「全くだ。体が訛りそうだから後半は歩くかなー」


 昨日と同じ場所で休憩中、リックとアルフレッドは伸びをしながら言った。リーゼロッテも体力を作るために歩きたかったが、雪の残る道をバイオリンを弾きながら歩くのは無理なのでおとなしく馬車に乗ったままでいる。



 魔石鉱山街、ダイクト。町の背後にある山はむき出しの岩肌が見えていて、近くには川が流れている。建物の煙突から白い煙があちこちから出ていて、少し埃臭い。鉱山の町だけあって、活気が有るが荒くれ者も多い。一行は馬車のままギルドに向かい、報酬のやり取りをした。


「今回も敵が出なかったからボーナス付きだ。働いていたのはリーゼロッテだけなのに何だか悪い気がするなあ」

「うーん、でも私一人だったら何かいちゃもんつけられて値切られたかもしれないし」


 自分の警戒心は一般で言うそれとかなり離れている事に、最近気づき始めたリーゼロッテ。一人で出歩く勇気が、家を出た頃に比べてなくなってきている。

 アルフレッドは気後れしているがリックは大丈夫だと言った。


「女の子の一人旅はそれだけでいろんな意味で危険だからな。護衛の分だと思えばいいんだよ」

「護衛って私の?」

「冒険者が冒険者の護衛って何だよそれ。でもやっぱりフォレスタ以外の町は目を離せないな。これを機に本格的に俺たちとパーティーを―――」

「リーゼロッテ、ヴァナルガマモル。バイオリン、キク。リックトアルフレッド、イラナイ」


 ヴァナルの言葉に三人はあんぐりと口を開けた。


「俺ら、イラナイ子扱いされちゃったよ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい。ヴァナル、マモルっていうのは物理的だけじゃないのよ。誰かに騙されたりするのも、私は鈍くさいから分からない時があるの。二人にはいろいろ教えてもらってる途中なのに、いなくなられて困るのは私の方なのよ」

「ダマサレタラ、ソイツヲクエバイイ」

「食べちゃダメーっ」


 大人しいと安心していたのに中身も見た目通りの猛獣だったことが分かり、リーゼロッテの肝は一気に冷えた。これから先、ヴァナルの行動にも目を光らせなければならない。


「リーゼロッテ、ジョウダンダ」


 ヴァナルはガフガフと笑い、リーゼロッテはううと呻き肩を落とした。獣にまで翻弄されて落ち込んでいるリーゼロッテをアルフレッドが慰め、リックはギルド内の掲示板を見る。


 ダイクトのギルドへの依頼は特殊で、鉱山の労働なども含まれていた。戦士系など体力が必要な職業はここで鍛えながら稼ぐことも出来、鉱山の中でのモンスター討伐も出来て、一石三鳥だ。

 リーゼロッテも自分が出来そうな依頼を探すが、吟遊詩人向けの依頼など一つもなかった。これが本来のギルドの状態で、フォレスタではいろいろな人から助けられていることを痛感する。


「無いな……。仕方ない、このまま帰るとするか」

「さんせーい。途中で食べられるものでも買ってくる」


 フォレスタに戻ろうと三人がくるりと踵を返したその時、入り口の扉が勢い良く開いた。


「落盤事故だ!けが人が多いんで回復できる奴は頼む!」

「聞いてのとおりだ。崩落でモンスターの巣に繋がる可能性があるからパーティごとで行動してくれ。参加する奴は受付をしたら、奴について行け」


 ギルド内に入ってきた男が叫べば、ダイクトギルドの支部長が指示を出す。危険と隣り合わせの仕事が産業として成り立っているこの町は、予備訓練も徹底していた。流れる様な一連の作業がこなされ、リーゼロッテはアルフレッドたちと共に現場へと急いだ。


 鉱山の入り口前に開けた場所には、負傷者たちが数十人ほど横たえられていた。血と汗と砂ぼこりに塗れた体。腕や足が無い者。呻き苦しむけが人の手を握り涙を流す家族。隙間を縫って回復魔法を使えるものや医師たちが忙しそうに動き回っている。


「これで全員運び出されました。内部に残っているものはいません」

「だめ!まだ動かないで。魔法使いこっちに回してよ」

「輸血用のパックを近隣の町から集めないと、これだけでは―――」


 そんな中、ある一角だけ治療を施されずに放っておかれている者たちがいた。リーゼロッテがふらふらとそちらへ寄っていくと、リックが腕をつかむ。アルフレッドは呼び止められ、運び込まれた医療資材の運搬を手伝っていた。ヴァナルは邪魔にならない様に隅っこで縮こまっている。


「リーゼロッテ、そっちは多分手遅れだ。回復するならこっち」

「でも……」


 リックがさす方と、そちらを交互に見るリーゼロッテ。どうしても見捨てることが出来なくて、リーゼロッテはその場で回復の曲を弾き始めた。いつもよりも丁寧に、祈るように思いを込めて。不安にさせない様に穏やかで明るい曲を選んだ。バイオリンの音色が聞こえる範囲に効果があるので、治療を受けている者たちも回復し始める。魔法使いや医師たちは手を止め、リーゼロッテの方をちらりと見た。


 重症の者も軽症のものも、見る見るうちに傷が塞がっていく。これだけ広範囲に及ぶ曲を聞かせるのは初めてだったが、リーゼロッテは以前よりも自分の能力が上がっているような気がした。骨折や破損した神経や血管までもが修復されていくのを見て、医師らは目を見張る。


 時折音色と共に舞い散る冷気の粒が、幻覚を見せ痛覚を麻痺させて激痛を抑える。痛みに歪んだ顔が、だんだんと穏やかな表情に変わる者もいた。


 辛うじて一命を取り留めている程度の大けがをしていた者が目を開き言葉を発して、看取る覚悟をしていた家族から歓声が上がる。


 逆に、表面上のけがは無くなったものの既にこと切れてしまった者もいた。聴覚は死ぬ瞬間まで残ると言われる。ほんの刹那の差で命の火が先に消えてしまった者たち。握っていた手が力なく滑り落ちてしまい、傍に居た女性の悲痛な叫びが辺りにこだました。


 生者も死者も傷が消えていく。―――けれど、一人だけ。耳をけがしてバイオリンの音色を聞くことが出来ないものがいた。気づいたリーゼロッテは傍へ近づく。


「こいつは発破の仕掛けのすぐ傍に居たからな。物陰に隠れて顔は残っちゃいるが、鼓膜がやられちまっているんだろ」


 回復した隣の男の説明を受けて、けがの様子を見る。医療の知識はほとんどないが、音楽に関する事は科学的な知識も学んでいたリーゼロッテ。

 バイオリンの胴体部分を血まみれの男の頬に当て、いつもとは逆のむきでバイオリンを弾き始めた。


「一体何をやって……」

「顔の骨を伝って脳まで届くかもしれないでしょう?集中するから黙って」


 弾いているのはギルドの試験を受けた時に弾いた、8小節の短い曲。最初は音を出すのにも苦労していたが、何度も繰り返すうちに普段の音色になり、押さえる指も間違えなくなって正しい旋律を奏でられるようになっていく。


 リーゼロッテの思惑どおり男は少しずつ回復していった。鼓膜も治り、瞳がリーゼロッテを追ったのを見て、バイオリンを頬からそっと遠ざけた。


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