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十七話

 リーゼロッテの問いに素直にこくりと頷く狼。馬車の近くで行儀よく座って待っている。馬たちは怯える様子を全く見せなかった。


 リックたちに教わりながら火を焚いて簡易鍋に雪を詰めて湯を沸かし、糒や干した野菜やキノコを入れてスープを作り切り株に座って食事をとる。これらの材料はフォレスタを出る時に二人と一緒に準備したものだ。旅をする際の基本的な事をリックとアルフレッドに教えて下さいとリーゼロッテが頼めば、二人は快く引き受けた。

 商人たちも自分で食事を作っている。経費を報酬に上乗せするか差っ引くか揉めてしまうからである。


「冬場は雪があるからいいけれど、それ以外の季節は水も用意しておくんだ。砂漠なんかの水が貴重な地域ではそれも難しくなるけれど」

「今回みたいな短期間なら弁当買ってもいいけれど、長期の場合は保存のきく物を持ち歩いた方が断然お得だしな」


 冒険者になる前、飛空艇の発着場があるA町からフォレスタまでは、二つの町を経由した。日数にしておよそ五日ほど。それまで一人で旅らしい旅をした事が無いリーゼロッテ。各地を巡る歌の公演には世話をする侍女も料理人も護衛も付いて来ていたので、道中の食事の支度も自分ですることが無かった。


 初めて馬車の切符を買い、初めて服を買い、初めて出来合いの弁当と飲み物を買い、初めて一人で宿を取った。本人は初めてにしてはうまく出来たと思っているのだが傍から見ればお嬢様丸出しで、出来るだけ無駄が無いような買い物をすることもせず、A町の次の町でスリの標的とされてしまった。乗合馬車でいろいろ教えてくれた親切な冒険者がスリの犯人なのだが、リーゼロッテは知らない。


 アビッソで換金した分はこうして底をついた。当座のお金すら無くては何もできないと手持ちの荷物から売れそうなものを探す。家から出る時にスカートを切ったハサミまで持って来たことに気づき、売ろうとする前に自分の髪を切ってからハサミを売った。美容師を雇うお金なんてしばらくないと思ったからである。お嬢様であるリーゼロッテは、髪の毛を売ることまで思いつかない。


 フォレスタについた頃の自分を思い出して、深く反省した。継母から逃げ出した高揚感と、思う存分バイオリンが弾けると言う希望で、綱渡りをしているような状態だったのに足元を全く見ていなかった。


 先輩冒険者に教えてもらえる機会は、こうして縁が無い限りはあまりない。自分が手探りで得た効率のいい方法を誰も他へ教えることはしないからだ。


 休憩を取っている間、狼はリーゼロッテの傍らに伏せの状態でじっとしていた。座ったリーゼロッテよりも狼の方が大きいくらいで、青みを帯びた黒い毛並みは触るととても柔らかかった。


「怖くない?リーゼロッテ」

「うん、ちょっと暖かくていい感じ。バイオリンを聞きたいと言っている以上は私を襲う事は無いと思うから大丈夫よ」

「流石っすねえー。あんなでかいの手なずけちまうたあやっぱり最強じゃないっすか」

「―――リック、そのちんぴらみたいな口調何とかならないの?」


 今までは普通に話していたのに、ガラの悪いのに絡まれているみたいな気がしてリーゼロッテは嫌がった。根っからのお嬢様である。


「敬語使って却ってガラが悪くなるって、リックの才能だよな」

「うるせ。じゃあタメ口の方が良いって事で。そろそろ休憩終わりにすっか」


 火の後始末をしながらリックが立ち上がる。自分も覚えなくてはいけないと一連の動きをリーゼロッテは良く見て覚えた。


 馬車に乗り込んで敵避けの曲を弾けば、やはり狼は後からついてくる。ずっと同じ曲を何度も何度も繰り返し弾いているだけなのに、飽きもせず時折耳をひくひくとさせながら、とてとてと歩き続けている。


 本格的に懐かれちゃったかしらと、リーゼロッテはため息をついた。このままいけば町に入らなくてはならないのだが、おそらくこの狼を中に入れることは出来ないだろう。かと言って追い払うために人語を解する生き物を操る対象にするのは、忍びない。言葉と言う手段で理解しあえるならそちらの方が良い。


 目的の町に付き、隊商が列を作って並ぶ門にリーゼロッテ達の馬車も同じように並んだ。バイオリンをしまい、傍の狼に話しかける。


「ここから先は、もしかしたらあなたは入れないかもしれないけれど、どうする?」

「ツイテイキタイ。モットキキタイ」


 片言で話すのがとってもかわいくて無碍に扱うことが出来ない。困ったな、とリックとアルフレッドを見れば二人も肩を竦めた。


「無理やり追い返して暴れられるよりは、傍に居た方が良いんじゃないか?」

「俺も賛成。馬と同じような扱いならば入れるかと思う。おい、ワン公、名前は何て言うんだ」

「ヴァナルガンド。ヴァナルデイイ」

「ヴァナル、ぜってー暴れたりするんじゃないぞ。リーゼロッテに迷惑がかかるからな」

「リーゼロッテ、メイワクカケル、オレ、バイオリンキケナクナル。ゼッタイアバレナイ」


 言われずとも分かっていると言った態度で、ヴァナルはお行儀よく座っている。順番が来てドキドキしながらリーゼロッテは手続きを待った。門番はヴァナルを見て一瞬怯んだが、共にいた商人達の口添えもあって、一行は難なく通過してしまった。


「有り難いけど、こんな簡単でいいのかしら?」

「冒険者には魔獣使いなんかもいて、モンスターと共に行動する者もいるからな。良いんじゃないか?」


 自分にすり寄るヴァナルの額を撫でれば目を細めて気持ちよさそうな顔をするので、どうでもよくなってしまった。

 商人たちと一緒に冒険者ギルドへ行き依頼終了の報告を済ませる。それから宿を取ったり夕食をとるために店に入ったりするのだが、ヴァナルは片時も離れなかった。


 ヴァナルの存在も不思議だったが、リーゼロッテは自分の感覚も不思議に思えた。懐かしいような、ずっと昔からの知り合いのような気がしている。動物を飼った事とが無いのでもう少し不慣れかと思ったが匂いもないし、言葉で意思疎通ができるのでいろいろと煩わされることが無い。

 直接の攻撃手段がない自分にとって心強い味方になることを、リーゼロッテは願った。できればアビッソに戻ることが出来るその時にも共にいてほしい。


「そう言えば、ギルドで聞いたけれど二人はフォレスタを拠点に活動しているの?冒険者なのにあちこち移動しなくてもいいものなの?」

「二人とも家がフォレスタにあるからね。レベルを上げて行動範囲を広げることも考えたけれど、冒険者になった一番の目的は」

「フォレスタを守る事。今はモンスターとの住み分けがきっちりできているけれど、俺らが子供の頃には結構被害が出ていて、うちのじーちゃんが犠牲になった」


 思わぬ情報にリーゼロッテは目を伏せた。今ある平和な町の状態が昔から続いているものではない事を、考えもしなかった。


「その後、フォレスタを含む領地を治めている貴族の誘致で、ギルドが出来て支部長達が来たんだ。金を稼がなくてはならないから遠出をすることはあるけれど、基本はあの町での活動だよ」


 然るべき理由が有り自分の意志で冒険者の道を選んだ二人に、リーゼロッテは少し落ち込んだ。貴族が搾取のみを行うわけでは無い事も。自分はそんなに大層な理由で選んだわけではないし、父から引き継ぐべき仕事を逃げ出してきた身だ。


「二人とも偉いね。立派だよ。私なんか最初は冒険者なんて底辺の人たちが成るもんだと思ってた。働き口のない人たちが食うに困ってなるものだと思ってた。自分が恥ずかしいよ」

「……リーゼロッテが冒険者になって少し経つけれど今はどう思ってる?」

「手段の一つ、だと思ってる。目的を叶えるための」


 リーゼロッテの正直な結論は二人を満足させることが出来たようで、二人は笑顔を見せる。


「良かった。嫌々やっているんだったらどうしようかと思った」

「明日はそのままフォレスタに戻るか。じゃ、ぼちぼち宿に帰るかな」



 三人プラス一匹で街中を歩いているとリーゼロッテの腕を突然掴むものがいた。路地裏の暗がりで人がいることにすら気づかなかったリーゼロッテは、突然の出来事に振り払うことも出来なかった。


「おい、あんた。もしかしてアデライードか」


 男の問う声にリーゼロッテの顔が恐怖で歪む。ヴァナルが低く籠った声で唸り威嚇し、先を歩いていたリックとアルフレッドも異常に気付き慌てて戻ってきた。


「んなわけねえか。もっと年齢が上だもんな。ッと、悪い。人違いだった」

「いえ、お気になさらず」


 震える声でそう返せば男は掴んだ腕を放し、どこかへ消えてしまった。青ざめているリーゼロッテに慌ててリックたちが駆け寄る。


「大丈夫か?済まない、夜道だから気を付けるべきだった」

「アデライードって、あの吸血鬼も確か言っていたよな」

「そうね。そんなに似ているのかしら?」


 継母の手の者だろうかと、内心冷や汗をかきながら返答する。今はまだ捕まるわけには行かないと、リーゼロッテは気を引き締めることになった。

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