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十六話


 事情を知っていて味方になってくれる人がいると心強い。バイオリン工房の人たちも全てを知っているが、自分が好意を寄せているヴィートが受け入れてくれたのはリーゼロッテにとってまさに百人力だった。民を見捨てたのかとなじられ継母の元へ連れ戻されることも覚悟していたのに。


「と言うわけで酒場のマスター、ヴィートさんも事情を知る一人となりました」

「裏から手を回す……って合法的なものなんでしょうか。脅しやゆすりではないですよね」


 吹雪の中で弾いた事もあってニコロにバイオリンのメンテナンスを依頼したリーゼロッテ。それは良かったと言う答えが返ってくることを想像していただけに、少し不満気味だ。

 けれど、ニコロのいう事にも一理ある。


「そこは、マスターを信じるしかないのでしょうけれど……」

「確かギルドの支部長と仲が良かったのですよね。どのような方か、聞いてみたらいかがでしょう?疑念はほっておくと膨らみ続けるものですから」


 そうですね、と返しバイオリンを受け取った。考えてみればフォレスタで知り合った人たちの生い立ちや経歴などはほとんど知らない。冒険者たちのそれを探らない事は暗黙の了解になっているのでスヴェン達の事情を聞き出すことはしないが、ヴィートの事は今後のためにも知っておきたいとリーゼロッテは思った。


「人を信じることは大切ですが、人を疑う事も心の隅に留め置いて下さい。世の中にはあなたの継母のような人もいるのですから」


 実際に自分が体験したことを持ち出されれば、納得せざるを得ない。父が疑っていれば、自分が拒絶すれば、全ては違っていたかもしれないのだ。リーゼロッテは頷き返す。


「はい、気を付けます。有難うございました」


 工房を後にしてギルドへと向かった。ヴィートを信じるにしろそうでないにしろ、ギルドで仕事を受けて生活費を稼がなければならない事は変わらない。春はまだ遠く、選べる仕事はどれだけあるか分からないが出来る限りの事はやっておくべきだと意気揚々とギルドの扉を開けた。

 

「あら、丁度良かった、リーゼロッテ」


 ギルドの扉を開けるなり、シエラに声を掛けられた。ヴィートのことを聞く間もなく依頼書を渡される。書かれた内容は、他の町へ行商に行く商人の護衛だった。


「護衛の依頼ですか?」

「ええ、量が多いのでアルフレッドとリックにも頼むつもりです。この前の吹雪で外に出られなかったでしょう?皆さんどうやら冬の手仕事が捗ってしまったみたいで」

「ああ、なるほど」


 雪が降ることの多いこの地域は冬場は全く作物が取れなくなるため、木工や編み物、織物、染め物などの量が夏場よりも増える。この前のような長い吹雪の時は、家に籠りがちになるので気を紛らわせるのにも役立つ。


 冒険者になってから初めて他の町に出る事になる。明らかに今までとは違う依頼にリーゼロッテは困惑する。その上、おそらく護衛ともなれば戦闘がメインになるだろう。見慣れた顔がともにいてくれるのは心強い。


「都市間の護衛の依頼は、敵が出なければボーナスが出ます。辺りを警戒して、襲いかかって来そうなモンスターを前もって倒していくのが普通なのですが、あなたの場合はバイオリンで敵を避けることも出来るでしょう?」

「そのような護衛の方法も有りなんですね。敵が出てから戦うのだけが護衛と思ってました」


敵を避ける曲はこの町に来る前に作曲したものがある。一人で旅をしていた期間はとても重宝した。ただそれが冬のモンスターにも通じるかどうかわからないが、試してみる価値はある。


「逆に、襲撃されて損害が出ると報酬は減らされるのですが。やってみますか?」

「はい、ぜひ。名を上げる覚悟が出来たので、難しい依頼にも挑戦していく予定です」

「あら、何か心境の変化でもあったのかしら?」


 探るような眼を向けるシエラにたじろぐリーゼロッテ。


「いろいろな事情からためらっていたんですけど、解決するためにも一つの手札としておこうかなと思いまして」

「なるほどね。そういう事ならこれはなおさら受けてみた方が良いですね」


 名を上げるような大層な依頼には思えなくて、リーゼロッテは疑問符を浮かべるような顔でシエラを見た。


「商人たちの情報網と言うのはあなどれません。何度かこの手の依頼を繰り返し成功して行けば信頼に足る冒険者として名が挙がっていくでしょう」

「なるほど」

「それに冒険者は次から次へと移動しながら依頼を請け負っていくものと、リックやアルフレッドのように一か所を拠点として請け負っていくものの二通りがあります。どちらを選ぶか、一度外に出て様子を見ると良いかもしれません」


 冒険者としての成長のとっかかりになるかもしれない。それに外へ行く依頼をいきなり一人で受けるよりは顔見知りと一緒に受けられる方が良い、リーゼロッテはそう考えて依頼を受けることにした。

 手続きをした後、もう一つの目的を果たすことにした。


「そう言えばシエラさんと支部長は、マスターと付き合い長いですよね?」

「ええ、そうですけれど……何か聞きたいことでも?」


 シエラが少しばかり目を輝かせている。話が聞こえてきたのかスヴェンが奥から寄ってきた。


「私の知り合いの貴族の揉め事を話したら、裏から手を回して解決をするって言ってくれました。それって脅しやゆすりと言う意味ではないですよね。非合法な事とか」

「あいつも貴族の部類だからな。そう意味なら大丈夫だ。安心しろ」

「え?マスターって貴族だったのですか」

「何だ聞いていなかったのか。あいつはこの国のお」


 シエラがスヴェンの脇腹に拳を入れた。そんなに強くやったようには見えなかったが良い感じに入ってしまったのか、それとも完全に油断していたのか悶絶するスヴェン。ほほほと笑い誤魔化すシエラ。


「大丈夫よ、そんな事をする人ではないから。信じて上げて頂戴。私が保証するわ」

「はあ、それなら安心ですね。……大丈夫ですか、支部長」

「気にしないで、行ってらっしゃい」







「リーゼ姉さん、お久しぶりっす」

「リーゼ姉さん?」


 初めて呼ばれた軽い感じの呼び方に、思わず聞き返してしまったリーゼロッテ。アルフレッドの方を見ると、やれやれと言う感じで肩を竦めている。


「この前の吹雪を止めたのはリーゼロッテだと聞きまして。リックなりの尊敬の念を込めた呼び方なんですが……呼び捨てでいいですよね」

「敬語も使わなくていいわよ。今回もよろしくね」


 荷物を載せた幌付きの馬車は三台。先頭にリック、真ん中にリーゼロッテ、しんがりにアルフレッドが乗り込む。通常なら歩いて護衛をするのだが雪に足を取られてしまうため乗ったままの護衛となる。

 リックは御者台の隣に座っていたが、残り二人は馬車の後方に座っていた。リーゼロッテはバイオリンを弾くために。アルフレッドは後方からの襲撃に備える為に。


 雪の積もる街道を馬車は進んでいく。蹄と車輪の音以外に何も聞こえない静かな景色に、バイオリンの音色が響いて行く。リーゼロッテの場所からは三台目の馬車の手綱を握る商人が見えるのだが、その間に割って入るものがいた。


 青みを帯びた黒く、大きな狼。


 敵意のあるものは近づけないようにバイオリンを弾いているから、馬を襲撃することはない。それでも後ろの馬車の商人は顔を青ざめさせている。アルフレッドが商人の横から顔をのぞかせて様子を見ているが、そのまま弾き続けるようにリーゼロッテへ指示を出す。危険は無いと判断したのか馬車の後方へと戻って行った。


 狼はじっとリーゼロッテを見ながら歩いている。リーゼロッテは構わず弾き続けるが狼が離れる気配は一向にない。馬も恐れるようなそぶりは見せず、そのまま荷台をを引いている。やがて街道のわきにある開けた場所で休憩を取ることになった。


 馬車から少し離れた場所へバイオリンを弾きながら狼を誘導する。剣を抜いたアルフレッドとリックが近づいてくるのを横目にバイオリンを弾くのを止めた。

 三人そろって狼の様子を見ていると、狼は地面をひっかくように前足を動かした。


「モット、キキタイ」


 獣の唸るような低い声で、狼の口から人語が発せられた。


「しゃべったっ!」

「人語を解すことが出来るのか……」


 リーゼロッテは少し屈み、恐る恐る話しかけてみた。


「少し休憩するので、その後でいいですか?」

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