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十三話


 昔々、フォレスタのはずれに住むきこりの青年がいた。

 薪などにするための伐採は冬場が適している為、雪の中で行っていると天候の読みが外れて吹雪にあってしまう。

 右も左も区別がつかないほどの猛吹雪の中、途方に暮れていると青年の耳に女の歌声が聞こえてくる。

 辿った先には、目の覚めるような白い肌、白い髪の美女。

 真冬にもかかわらず薄衣しか着ていない美女は、微笑みながら道を指し示す。

 その美女に導かれて青年は無事に家に帰ることが出来た。


 ところがその後、吹雪になる度に青年は歌が聞こえると言って外へと出るようになってしまった。

 帰っては来るのだが青年は日に日にやつれていく。

 心配した家族や友人は、吹雪の日は家の柱に括り付け交代で見張ることにした。

 夜中に友人が見張るがついうとうとと寝入ってしまう。

 目が覚めた頃には青年の姿は無く、夜が明けてから森の中を捜索すると―――


「満足そうに笑みを浮かべ凍死した青年が雪の下から見つかったと言うわけだ。ま、良くある話だな」


 この町に何か昔話や伝説は無いかとリーゼロッテに聞かれ、スヴェンは子供の頃から聞かされていた雪のセイレーンの話をした。


「あら?私が聞いたのは樵と友人と女の子が三角関係で、その女の子を奪うために友人がわざと縄を外したと言う話だったわよ」

「うわ~スヴェンの話だけだったら悲しくも美しい伝説で終わるのに、シエラさんの話はドロドロで終わりますね」


 シエラの話にヴィートがマスターとしての仕事をこなしながら笑う。シエラはじとーっとした目で切り返した。


「気をつけなさいよ、色男。遊びが過ぎると『雪のセイレーン』に魅入られるわよ」

「マスター、ひどい。同じ部屋で一晩明かしたのに、やっぱり私の事は遊びだったんですね」


 リーゼロッテは心なしかしょんぼりしつつ、シエラと同じようにじとーっとした目でヴィートを見た。


「誤解だって、リーゼロッテ。シエラさん、リーゼロッテが明らかにあなたの影響受けてるみたいなんですけど」

「あらあら、女っぷりが上がってよくってよ、リーゼロッテ」

「シエラ、飲みすぎだ。……ん?誰だリーゼロッテの飲み物に酒混ぜたの」


 スヴェンが眉をしかめると、ヴィートの隣に居る店員が謝った。


「すみません、本人がそれ注文したんですよ。また吹雪いてきたから皆さんに帰って頂いた方が良いですよ、マスター」

「ああ、それじゃ看板ってことで。またのお越しをお待ちしております」


 そんな話を酒場でしたのが八日前。もともと豪雪地帯であるこの地域では一週間ほど外界と隔絶されても生き延びられるように蓄えなどの備えがしてある。だが今回の吹雪は既に八日が経っていた。外に出ることが出来ない以上、宿の中で時間をつぶすよりほかは無い。


 宿の食事は朝食のみだったが、おかみさんが晩御飯も少しずつだけど出してくれた。勿論その分の料金は上乗せされるが、吹雪の中一人で酒場まで歩く自信のないリーゼロッテはとても感謝した。


 リーゼロッテはバイオリンの練習や作曲に費やしている。先日聞いたばかりの雪のセイレーンの話をもとに一曲作るつもりだった。


 セイレーンとは通常海に住む魔物で、美しい歌声で船乗りを惑わし死に至らしめると言う。その姿は翼の生えた女性の姿だったり下半身が魚だったりとまちまちだ。たまに似たような話が川にある場合もあるが、どちらも船の難所だったりして警告の意図を含む場合が多い。そんなものが雪の中に居れば遭難するのは当たり前で、ある意味水辺の物よりもタチが悪い。

 それにしてもとリーゼロッテは考え込む。いつだって惑わされるのは男の方で性別が逆の話はあまり聞いた事が無い。海に出るのも山で木を切るのも男の仕事なのだから仕方がないが男のあやかしとなると……


「あ、吸血鬼か。でもそれも男女両方有り得るわよね」


 どちらにしろ自分は冒険者なのだから助けに行く方だと、リーゼロッテは頷いた。音楽対決なんて少しばかり心揺さぶられる展開だ。或いはセイレーンの歌声にバイオリンで伴奏を付けたら楽しいかもしれない。仲良くなれそうだ。




「雪のイメージはト短調……ハ短調も有りか」


 ト長調で明るい雪のイメージにしてもいいのだが、目指すところは物語の悲劇性である。短三度を交互に四回、音を変えて四回を繰り返し雪が静かに降るさまを表す。


「……テンポの遅い三拍子にしてもいいわね。童話っぽさとか古来より語り継がれる伝説のような感じが出るかも。悠久とか壮大さとか、でもそうなるとバイオリンだけだときついかな」


 どこで誰が聞いているか分からないから、思いついたメロディーを歌う事は絶対に避けてバイオリンで弾くようにしている。ムスタがその辺に蝙蝠になってぶら下がっているかもしれない。


「レソレ、四度や五度飛ぶ音で盛り上がりを付けて」

「メロディーラインは美しく神秘性を」

「長調へ転調させて死の暖かさと生の冷たさの対比を」


 バイオリンで頭に浮かんだメロディーを確認し、五線紙に書いていく。ぶつぶつ独り言を言っても部屋に一人、他に宿泊している客もいないからバイオリンも思い切り弾ける。



 自分がセイレーンだったらどんな歌を歌う?自分が語り部だったらどんな風に語る?バイオリンと対話しながら曲を作り上げていくうちにリーゼロッテの心にある思いが浮かんできた。


 自分が吹雪の中で歌ったら、マスターは……ヴィートは惑わされてくれるだろうか。

 でも歌うのはリーゼロッテでは無くてアデライードという事になる。もう一人の自分に惑わされるヴィートを想像して少しだけ切なくなった。


 ふと我に返り、恋愛らしいことなんて一つもしていないのにそんなに好きか私、と一人身悶えるリーゼロッテ。雑念に心をかき乱されながらもどうにか一曲完成した。


「よし、出来た」


 出来上がった曲を何度も何度も弾いて自分の物にしていく。いつ何時弾くことになっても暗譜で弾けるように。今までもそうしてきたのだが今回は本格的な吟遊詩人の活動らしくて、思入れもひとしおだ。

 歌い上げるように弾けば、アデライードとして歌っていた時よりも高揚感が増していく。やはりバイオリンが好きなのだと頷いた。


 酒場に出かけたのを最後に、ずっと外に出られない日々が続いている。一階の食堂に行っても食事として出されたのは保存食として取ってある硬いパンと塩のスープだけだった。


「ごめんねぇ、これで最後なんだよ。我慢しておくれ……」

「いいえ、おかみさんはちゃんと食べてますか?」

「大丈夫、さっき食べたよ」


 そういながらもおかみさんのお腹からぐぐーっと聞こえてくる。もしかしたらリーゼロッテに気を使って自分は何も食べていないのかもしれない。硬いパンを半分に切っておかみさんに差し出す。


「私はあまり動かないからおかみさんが食べて下さい」

「でも……」

「小さいから燃費はいいんですよ。バイオリン弾いてるだけですし」

「そうかい?ありがとうね」


 ゆっくりと噛みしめながらパンを食べ終わると、宿の扉がどんどんと乱暴にノックされた。おかみさんと顔を見合わせる。外はまだ吹雪で人が出歩けるような天気ではない。おかみさんは奥の方から箒を取ってきた。曲がりなりにも冒険者、もしも危険が有れば命を懸けてでも一般人を守ろうとリーゼロッテはそろそろと扉の方へ移動する。おかみさんとアイコンタクトを取りながら、リーゼロッテは扉を開けた。


後編へと続く。

ローレライやセイレーン、マーメイドに対して河童とかヴォジャノーイとかマーマンとか、男性型の水妖って半魚人が多い気がします。

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