十二話
継母によってリーゼロッテが結婚させられそうになっていたベクレムト伯が他界し、葬儀が大々的に行われた。黒い喪服を着た者たちが押し寄せ、さざめくようにすすり泣きがあちらこちらから聞こえることからも、伯の人柄がしのばれる。見た目はともかく他人への接し方は決して傲慢などではなく、部下や使用人たちも大切に扱っていた。
通常、金で買うことが出来るのは一番下の領地をもたない爵位、男爵程度だ。古くから連なる血筋によって領地に追随する爵位が受け継がれていくのだが、血が途絶えた場合、或いは家が断絶されるほどの大罪を犯した場合は一度王家に返上される。
伯爵位に付くことが出来たのは、財産の豊富さもさることながら商売によって国に貢献したことにあった。流行り病の特効薬を外国より仕入れ安価で国家へと提供したり、特許を取らずに公共に必要な技術を広めたり、新たな流通経路を開拓したりと、国家にとって無視できないほどの功績を上げてきた。故に成功を妬む主に貧乏な生粋の貴族からは金で爵位を買ったと揶揄されることも多い。
将来を見込んでの支援も行っていた。芸術、学問、魔術や薬学に至るまで。もっともそう言った姿勢はリーゼロッテの祖父から学んだものだ。貴族になるにあたって必要な教養や知識はリーゼロッテの父から学んだ。年下からも学ぶことを厭わない貪欲さだけは生来の物であったのだが、周りに学ぶことの出来る人材が集まったのは彼の仁徳とも言えるだろう。
儲けだけを追い求めたのではなく国力が底上げされるような商売の仕方を続けた為、生前の彼に救われたものは多く弔問客の身分は多岐にわたった。次から次へと新たなベクレムト伯やその息子へとお悔やみの言葉を掛ける。
その中に、喪服に身を包んだリーゼロッテの継母と義妹もおり、相手をしたのは息子の方だった。
「本当に残念ですこと、娘が嫁ぐ前にお亡くなりになられるとは……」
「いえ、むしろ娘さんを早くに未亡人にさせることが無くて何よりです。遺産の争いにも関わらずに済みますから」
争いに参加させるのが継母の目的だったのだが、そんな事は承知の伯の息子は笑顔で腹の探り合いを続ける。祖父が狙われたのなら父や自分も危ういと、口元に笑みを浮かべながらも警戒の目で見ていた。伯の息子は辺りを見回すが継母の周りには媚を売るような眼をした義妹しかいない。
「ところで、件の娘さんはどちらに?確かアデライードさんとおっしゃいましたか……」
祖父と父親の代で繋がりが強くても孫の代で結びつきが薄れてしまうのは良くあることで、彼もまたリーゼロッテの名を知らぬ―――否、忘れた者の一人だった。幼いころには父に連れられバイオリンを弾くリーゼロッテと交流が有ったが、金髪のアデライードが誕生してからは自分の記憶違いとして別人と認識していた。
「伯の訃報を聞いたきり、臥せってますの。あの子は父親っこで、自分よりもかなり年上の方が好みらしいからかなり落ち込んでいるようですわ。歌の公演もすべてキャンセルしてかなり周囲にご迷惑をおかけしているのですけれど、親としては見守るより他にございませんからね」
自分の祖父が死ぬ前から歌姫が表に出なくなったのを知っている彼は、話に辻褄が合わない事も気付いていた。おそらくは婚約話が持ち上がったことが伏せるようになった原因だと当たりを付け、良く口が回るものだと継母を見下した。同等な伯爵と言う地位を持ちながら後継ぎを残さなかったリーゼロッテの父親の死をも不可解に思いながら。
継母の欲望の犠牲になりそうな娘を案じるが、よくある話だとすぐに次の弔問客の応対へと移って行った。
アビッソにある自分たちの屋敷に戻った継母は、密偵や暗殺、盗み等を生業とする裏稼業の者たちを呼び出しアデライードを探し出すように命じた。現役時代に貴族との繋がりを強く望んだ彼女は彼らが使うような伝手も手に入れている。舞台用のパンフレットを渡しながら歌姫の容姿や好きな物、興味があるようなものを説明した。もっともそれは自身が作り出したアデライードと言う偶像にしか過ぎないのだが。
「手がかりは?良く行っていた場所とか」
「知らないわ。私がここに嫁いできた時からあの子に外を出歩くようなことはさせなかったもの」
「誘拐などの可能性もあるが、騎士警察へと届け出はしていないのか?」
「……余計な気を回さなくていいわ。あなた達は言うとおりにしていればいいのよ」
手近なところは屋敷の者たちを使って探させた。脅しや要求の類は一切受けていない。リーゼロッテが家を出る原因を作り出したと自覚している継母は騎士警察へ届けることもしなかった。
「これ以上時間を掛けたら、次に嫁がせる予定だった方まで亡くなってしまうわ。なんとしてもあの子を探し出して頂戴。遺体でもいいから連れて帰ってきたら報酬を渡すわ。さあ、行って」
ろくな情報ももらえずにリーゼロッテ……では無く金髪のアデライードを探さなければならなくなった者たちは部屋の窓から出て行った。お嬢様であり庶民との交流もなく営利目的での誘拐もないとなると、どこかに匿われている可能性か、或いは歌姫の熱狂的なファンに捕らえられた可能性が高いといろいろな町の貴族街を中心に探し始めた。
自分が蔑む者たちが部屋から出て行くと継母はため息をついた。娘が一人いなくなっただけで収入が無くなり余計な出費が増えていく。公にするわけには行かない。周囲や王家に知られてしまえば爵位は剥奪されせっかく手に入れたものが水の泡だ。
部屋に一人きりになると継母の影がすーっと伸びて床より起き上がり、異形の者が現れた。頭は山羊、背に蝙蝠の様な翼をもち、人のように二足歩行する生き物。
―――悪魔。
人間と契約を結んで願いを叶えるものは他にも妖精や精霊などの類があるが、魔族、とりわけ悪魔は代償として生命や魂を要求することが多い。契約に不備があると難癖をつけて他の物まで奪おうとする者もいる。
夢に向かって走る若い頃の継母に魅かれ姿を現した悪魔は、死後の魂と引き換えに歌の才能を授けた。喉がつぶれそうなほどの練習を重ね努力してもなれなかったのに、宮廷に呼ばれることも出来る歌姫と言う地位があっさりと手のひらに転がり落ちてからは欲の権化となってしまう。
堕ちていく様子をずっと見てきた悪魔はしわがれた低い声で継母に話しかける。自分の出す美声とは正反対の醜い声に眉をしかめる継母の姿も、悪魔にとってはご馳走の一つだ。
「死んだら歌姫として稼がせることも出来ないし、爵位を継ぐ者がいなくなって困るのではないか?」
「あら、あなたなら死体を操るくらいたやすい事でしょう?それにたとえ血をひいていなくとも養子と言う形で継がせる道もあるのだから、私の娘や娘婿にだって継げる可能性はあるはずよ」
不可能ではないが死体となってもリーゼロッテに稼がせるつもりの継母に、どこまで欲が深いのかと悪魔は呆れかえった。契約の内には入っていないことまで悪魔にさせようとしている。揚げ足を取ることが出来て悪魔にとっては万々歳なのだがどこまでも自分本位な考え方は悪魔ですらも辟易していた。
「契約の身代わりにしただけでは飽き足らぬか。お前、本当に人間か?」
「私を母親の身代わりとしたのはあの子と、あの子の父親の方ですもの。私は同じことをあの子に返しているだけよ。私自身を見る事もせずに嫁にしたあの人と同じことをね」
自分の魂と引き換えにまでして求めた音楽の才能なのに、彼女はあっさりと引退した。自分の娘を産んだ後も歌っていたのに後妻とは言え貴族と結婚できると。欲を言えばもっと上の地位の妻となることを目指したのだが、神殿の孤児院育ちと言う身分が足枷となった。女神信仰の神殿で真面目に祈りをささげていればこうして悪魔に魅入られることも無い筈なのに。
「あれの魂が手に入らなければ、約束通りお前の魂を頂いて行くからな」
「言われずとも分かっているわ」
継母は気付いていない。悪魔と契約したのは歌の才能を継母に与える事のみであることを。遠い地でリーゼロッテが死ねば悪魔が魂を手に入れることは出来ない事を。そして何より、リーゼロッテの名では無くてアデライードの名で契約していることを。
リーゼロッテの父が死んでから半年がたった。伯爵不在による領土への綻びは少しずつ出始めていたが、継母は伯爵夫人としての仕事をせずに享楽に耽っている。契約不履行による未来を描き、破滅への道を自ら進む継母を見て悪魔はにやりとほくそ笑んだ。
「今日はなんか気合入ってるな」
「ギンギンに弾きたい気分なんですよ。なんか寒気がするのでいろいろな物を吹き飛ばしてしまいたい感じです」
「リーゼロッテ!リクエストいいかい?」
「もちろんです。さあ、何を弾きましょう?」
まるで寒い冬である事を忘れてしまうかのように、酒場は熱気と歓声に包まれている。最近ではギターやパーカッションの奏者も加わるようになってきた。リーゼロッテのバイオリンに手拍子が鳴り、ダンスを踊る者たちまで現れる。
硬い靴底が床に打ち付けられ、そろった足音が楽器のようにリズムを取る。この地方独特の舞踊曲も覚えたリーゼロッテは作曲にもバリエーションが出ると喜び、吟遊詩人としていろいろな町を旅したいと思うようになってきた。
カウンターにはすっかり常連となったムスタがヴィートと話をしながら飲んでいた。
「静かな曲の方が好みなんだが、こういったものも悪くは無いな。マスターが彼女を雇っているのか?」
「ああ、ギルドを通しているんですよ。彼女は冒険者なんで」
「そう言えばそうだったな。あれだけのアンデッドを浄化してしまう者にはとても見えんのだが」
ヴィートとムスタが交わす会話は歓声によってかき消される。はちきれんばかりの笑顔でステップを踏みながらバイオリンを弾くリーゼロッテを二人は眩しそうに見る。彼女がアデライードでなくとも興味がわいてきたムスタだった。城のアンデッドを全滅させられたことも憎いとは決して思ってはおらず、ここへ来ると言う口実が出来たとしか思っていない。
「本当にアデライードではないのだな……」
「アデライード?」
「ああ、歌姫アデライード。顔立ちが似ていると思ったのだがリーゼロッテの見た目は子供だし、歌も歌わないようだから別人だな。最近は舞台にも出ていないから心配して屋敷に忍び込んでみれば彼女は影も形もなくなっていた。城をあちこち移動して探していたら冒険者に乗り込まれてな。城の住人を補充する為に初心者が集うこの町に来たら彼女にしてやられたと言うわけだ」
揺蕩う城と言う伝説級の城の主の残念なストーカーぶりに少し引いたヴィート。と、同時にリーゼロッテが大人の姿を隠す理由と繋がった。顔がそれなりに知られているのなら変装程度では誤魔化しがきかないだろう。
「美人ですか?」
「ああ、写真を持ち歩いている」
そう言って見せた写真は無表情で濃い化粧をしているが確かに大人リーゼロッテだった。ムスタとは普通に接しているように見えるから、継母から逃げるのが本来の目的だろう。大人の姿へと戻す第一手としてヴィートはムスタの心内を探る。
「もしもリーゼロッテがアデライードだったら?」
「もちろん血を頂いてどこへも行けなくした後に自分の手元に置いておく、と言いたいところだが……」
即答するかと思われたが少し考えるムスタ。自分の中であやふやだった答えを纏め自分に言い聞かせるようにヴィートに告げた。
「歌が聞けたらいいとは思っているが、リーゼロッテと比べてアデライードはあまり幸せそうには見えなかった。あれが彼女のあるべき姿ならそれでもいい」
アデライードに対する執着とは違った感情がムスタの中に湧き上がっていた。歌姫を吸血鬼化させ永遠に手元において歌を楽しみたいと言う冷酷で傲慢で無慈悲なはずの城の主は、生命力に溢れたリーゼロッテがどこまでも駆けていく様を見守りたい、出来れば手助けをしてやりたいと言うある種の親心のような気持ちを戸惑いながらも悪くは無いと受け入れる。
一方ヴィートは冒険者のリーゼロッテがいずれこの町を去ってしまう事を残念に思っていた。大人の姿のリーゼロッテが時折頭にちらつく。毎朝のバイオリンを弾くことを止めさせなければ彼女の体に負担がかかると心配し、その実は大きくなった姿でいてほしいと言う自分の願いでしかない事に気付いて自己嫌悪に陥る繰り返し。
思いを告げて引き留めるか、リーゼロッテを見送り道を分かつか、自分がどう動くにしてももう少し詳しく彼女から話を聞きたいと思うヴィートだった。
伯爵や貴族周りの名前や設定は、分かりやすいものを模索中です。このままで行けそうだったらそのままで、そうでなかったら後で訂正するかもしれません。




