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十話 


 宿の外に出れば吐く息は白く、歩けば足元はザクザクと音がする。

 フォレスタに本格的な冬がやってきた。建物の出入り口や道端は雪かきされて地面が見えているが、そうでない所はリーゼロッテの腰のあたりまで積もっている。


 揺蕩う城は未だ転移することなく同じ場所に存在している。スヴェンは城の主を仕留めそこなったことまで含め、ギルド本部へと報告した。冒険者や町の人たちには城に近づかない様に呼びかけている。


 城での戦いで強敵との戦闘には向かない職業であることをリーゼロッテは痛感した。気晴らしに誰もいない真っ白になった森でバイオリンを弾きたいと思い門を出ようとしたら、門番に頑なに止められ開いてもらえなかった。行方不明になり春になって雪の下から遺体が出てくることは、ごくまれにあるそうだ。リーゼロッテは諦めてギルドに向かう。


 ギルドの依頼は本当に多岐にわたる。護衛やモンスター退治と言ったそれらしいものから、迷子のペットを探してほしいなんて頼む場所が違うのではないかと思われるようなものまである。ここ、フォレスタが初心者向けだからと言うわけでは無く他の町でも見られる光景だ。冒険者の中でも補助に回ることの多い職業への救済策と言えるのだろう。


 ギルド内は壁の他にも衝立が掲示板になっている。本格的に雪が降り始めたので雪かきなどの体力仕事の依頼が増えている。

 自分に向いた仕事が無いかと熱心に掲示板を見ていると、シエラから声を掛けられた。


「リーゼロッテ、吟遊詩人向きの依頼が来てますよ」


 カウンターに寄っていくと一枚の依頼書が渡された。ランクが上がり、シエラに敬称なしで呼ばれるようになった事が自分を認められたようで密かに嬉しいリーゼロッテ。同性である自分もそうなのだから男の人たちはきっとそれ以上に喜んでしまうのだろうと、ファンが多いのも納得できた。


「依頼主はブレットさんと言って、表通りでパン屋さんを開いている方です。森の木陰亭にも確か降ろしていたはずですよ」

「ああ、あのパンおかみさんが作っているわけじゃないんですか。毎日宿の仕事もしてパンも焼くなんて大変だなあと思ってました。美味しいですよね」

「ええ。それで依頼の方は詩を作ってほしいそうなのですが、詳しい事はお店の方に来てほしいとのことです」


 パン屋さんという事は宣伝用の謳い文句でも考える仕事だろうかとリーゼロッテは適当に当たりを付けてみる。音楽についてはかなりの勉強をしてきたつもりだが言葉の方となると少しだけ心もとない。

 これも仕事と割り切って取り敢えず受けてみる旨を伝え、ギルドを後にする。もしかしたら新しい道が開けるかもしれない。


 リーゼロッテが店に近づくとパンの焼ける何とも言えないほどいい匂いがしてきた。同じく匂いにつられたのか、客がひっきりなしに出入りしている。ギルドの依頼と言って店に入るには勇気がいるので取り敢えずお客としてパンを買う事にした。


「あ、どうもこんにちはー。お兄ちゃーん、リーゼロッテさん来たよー」


 店内に入った途端店番をしていた女の子が奥のパン工房の方へと声を掛けた。この町にいる吟遊詩人は今のところ一人しかおらず、ギルドで容姿を聞いていたそうだ。

 出てきたのは人のよさそうな顔のひょろっとした男だった。パン屋の力仕事をしているから筋肉はそれなりについているのだろうがなで肩のせいか細いマッチ棒のような印象を受ける。お互いに自己紹介をして別の部屋に通された。


「あの、それで詩を作ってほしいとの事なんですが」

「こ、告白するための恋の詩を作ってほしいのです」


 顔を真っ赤にしながらたどたどしく答えるブレット。予想と違う答えが返ってきたが恋の歌ならいくつも歌ってきたので、参考にすることが出来るだろうとリーゼロッテは気楽に考える。


「相手はどんな方なんですか」

「……ギルドの受付嬢のシエラさん」


 蚊の鳴くような声で返ってきたブレットの答えにリーゼロッテは目を見開いた。リーゼロッテの女の勘ではシエラはスヴェンに思いを寄せている。とても分かりにくいけれど。

 成功の見込みのない告白を手伝う程やるせの無い事は無い。作った詩がすごすぎて恋人になったとしてもスヴェンの見え隠れする気持ちを思うとギルドに出入りできなくなる。


「あの、申し訳ありませんが……」

「お願いします、一歩を踏み出す勇気を下さい。初めて自分から動いてみようと思ったんです」


 頭を下げるブレットを見て、自分が家を出た時の事を不覚にも思い出してしまったリーゼロッテ。彼の「好き」を止めてしまう権利は、自分には無い。


「―――わかりました、やるだけやってみます。出来た物をこちらに持ってくるのでご自分で清書してください。私の字をシエラさんは知っているので」

「はい、有難うございますっ」




 吟遊詩人と言う職業を選んだ以上、音楽を奏でるだけでなくこのような依頼が来ることも少しだけ覚悟はしていたリーゼロッテ。歌姫だったころに少しだけ、歌詞の作り方を教わったことはあるのだが、詩と歌詞は違う。

 歌詞は音楽に合わせることが目的なので出来るだけ簡単な言葉で相手に伝わる様にしなければならない。加えて音数が旋律によって決まるので、それに合わせて言葉が変わることもある。歌詞が先にあるのか、メロディーが先にあるのかでも変わってくる。物語を歌うのであれば単に合いの手のような伴奏をつけるだけのときもあるのでその場合は歌詞と言うよりも詩に近い。

 一方詩の方は、言い回しや比喩、言葉遊びなど歌詞よりも言葉に対しての技術が必要になる。定型詩なら韻を踏んだり掛詞―――一つの言葉に二つの意味を持たせたり。恋文のような物を作るならもちろん自由詩で一概にこのようなものだともいえない。あまり深く考えずにリーゼロッテは作り始めた。


 まずはそれっぽい言葉を書きだす。シエラを比喩する言葉として、女神やら、妖精やら、天使やら。容姿に関しては銀の髪、翡翠の瞳、白い肌……ロマンチック要素として月だの星だの花だの。想いを伝える言葉として愛しいとか恋しいとか、胸が張り裂けそうとか心臓が~とか。いろいろな言葉を書きだしては組み合わせ、前後の流れと比較し、調整していく。


「これでいいのかしら?」


 いまいち自信が無かったので、自分がこれをもらったところを想像してみる。相手は……もやもやと誰かの姿を取りそうになったのでぶんぶんと頭を振って知らない誰かを想定した。「あの、これ読んでください」

「え、私に?」手紙を開いて、中身を読む。随分と独りよがりな詩だ。読み手を思いやる気持ちが微塵も見えない。


「気持ちが悪い。やり直し」


 何度か繰り返してようやくまともな詩が出来た時には、かなり精神が疲弊していた。そして、ふと我に返ってしまう。


「何やってるんだろう、私」


 冬の寒い日、夜中に一人ぼっちで他人の恋詩を書く。なんだか泣きたくなってきたのであまり考えないようにして寝ることにした。


 次の朝、目の下にうっすらクマを作りながらいつものバイオリンを弾くリーゼロッテ。もう一度自分の作った詩を見直して、考える。夜中に考えたことは朝には違って見えるからだ。宿で朝食を取り、ブレットに会いに行った。


「どうですか……?」


 まるで面接の時のようだと、リーゼロッテは緊張する。第一関門のブレットさえ通らなかったら、またやり直しだ。


「良い、とても良い、素晴らしい!僕の想いが余すことなくこの詩に込められている感じだ。今日これから清書して明日持っていくことにするよ」

「そうしてください。私は帰って寝ますので」

「待った、好きなパンを二つ三つ持って行ってくれ。僕のささやかな気持ちだ」

「……ちゃんと報酬は支払ってくださいね」


 リーゼロッテは値段が高めの惣菜パンと大きなバゲットをちゃっかり持っていった。明日は結果を見る為にギルドで張り込みだ。





 ギルドで依頼書を見るふりをして衝立の裏からカウンターの方を窺うリーゼロッテ。そこへブレットが緊張した面持ちでギルド内へと入ってきた。


「シエラさんっ!この手紙を読んで返事を聞かせてください」


 ブレットの緊張した声がギルド内に響き渡り、職員や冒険者たちがざわつき始めた。スヴェンも奥から出てくる。シエラは営業用のスマイルのまま手紙を受け取り、静かに中身を読んでいく。


「あら、これはもしかして……私宛てのモノだったのですか」


 読んでいるうちに口元に笑みが浮かび、顔がほんのり熱を帯びたように赤くなる。手紙を持っていない方の手はそれを隠すように頬に当てられた。

 ブレットはその様子を見て成功を確信したかのようにガッツポーズを取り、反対にスヴェンの顔は段々と険しくなっていく。

 いくら仕事だとは言え、リーゼロッテはもうこんな依頼は二度とごめんだと思った。どちらに転んでも誰かが不幸になるのが目に見えて、胃がきりきりする。


 読み終えたシエラはぱたりと手紙を閉じて、顔を上げてブレットを見た。固唾を飲んで見守る野次馬達。


「他者の力を借りなければ告白も出来ないような軟弱な方はお断りいたします。ビジネスとして依頼することももってのほか。ましてや女性の手を借りてそれを為すなんてあなたが何を考えているのか分かりません。ごめんなさい」


 営業用の笑みさえをも消し、侮蔑するような物言いでシエラは審判を下した。勝利を確信していたブレットは、魂が口から抜けたように放心している。


 ブレットは誠心誠意、自分の言葉で勝負するべきだった。成功しなかったにしてもシエラの印象は大分違っていただろう。

 

「依頼内容は告白の成否については触れられていませんので、これで達成とさせていただきますね。報酬の入金をお願いいたします」


 話を聞いていた―――聞かざるを得なかったギルド内に居た者全員の心が一つになった。


 シエラは、鬼だ、と。


 自分に告白してきた者へのこの仕打ちは噂となって広がり、密かにシエラを狙って居た者たちの心を恐怖で震え上がらせるのだが、逆の意味で震え上がるものも少なからずいた。つまり優しげなシエラに冷たくされて見たいと、邪な思いを抱く者が。


 放心したまま、言われるがままにお金を支払ったブレットはギルドを出て行った。リーゼロッテは気まずそうに衝立からそっとシエラの様子を見る。視線に気づいてシエラはにっこりとほほ笑みかけた。


「リーゼロッテ、あなたの気持ちはよく分かりました。私をこんなふうに見ていてくれたなんてね」


 リーゼロッテの顔がみるみる赤くなる。知らない相手へ向けての恋の詩であったならそんなことを思いもしなかったのだろうが、間にブレッドが入っているもののリーゼロッテがシエラに向けて作った恋の歌のような物であることに気付いてしまった。わたわたと衝立から飛び出しカウンターへと向かう。


「ちっ、ちがう!私はただ、依頼されただけだもの。詩を作るだけでもかなり恥ずかしかったのに、そんなこと言わないで」


 羞恥で目に涙を浮かべ、首と手を思い切り振りながら全力で否定した。スヴェンがシエラに苦言を呈す。


「シエラ、からかうのは止めておけ。これから先詩を作れなくなったらどうするつもりだ」

「ふふふ、ごめんなさい。あまりに素敵な詩だったから嬉しくて」


 気が立っているリーゼロッテの頭をよしよしとシエラが撫でる。周囲から見れば泣きじゃくっている子供を優しいお姉さんが慰めているように見え、ほんわかした空気が流れた。

 いくらか落ち着いたリーゼロッテがふと思いついた事を口にする。冒険者の中にも何人かシエラに気が有りそうなものを見てきた。


「ストーカーとか、怖くないんですか」

「ああ、それなら大丈夫です。ほら」


 シエラは受付カウンターのテーブルの下からすっと小型のクロスボウを取り出した。鋭い矢が装着されていて、安全装置を外すだけで打つことが出来るようになっている。


「命中率には自信があるんですよ。狙った獲物は逃がしません」


 そう言って別の職員と話をしているスヴェンの方を見るシエラ。リーゼロッテはその意図を汲み自分の考えが正しいことを確信した。おおっぴらに好意を見せつけるのではなくて焦らしながら自分を追わせるシエラの大人な恋愛に嘆息した。


「シエラさん、格好いい……。私も大人の女性になる」

「あら、お相手は私の知っている人かしら?……スヴェンは譲らないわよ」


 ぽそりとリーゼロッテにだけ届いた最後の声は感情の乗せられていない冷徹な声。思わずひいいぃっと、声にならない悲鳴を上げる。


「いやいや、そんなつもり微塵も有りませんから安心してください。って言うかそんなに威圧しないでください」


 すうっとシエラが発していた不穏な気配は引っ込められて、リーゼロッテは安堵の息を付く。絶対に敵に回すことだけはするまいと、心に誓う。いつもの微笑に戻ったシエラは時計をちらりと見る。


「リーゼロッテ、今日はお仕事なしで一緒に白い鴉亭へ行きましょうか」

「私飲めませんけれどいいですか?」

「今日は私も飲みませんから大丈夫ですよ。支部長も行きますか?」


「ああ」とスヴェンが返事をするとシエラは鼻歌混じりで帰り支度を始めた。リーゼロッテの元へスヴェンがよって来る。


「相当にご機嫌だな、自分から誘うのも珍しい。リーゼロッテ、どんな詩を書いたか参考までに教えてくれないか?」

「ダメです。内緒です。仕事上の機密です。そんなんでは嫌われますよ?」


 グッと、言葉に詰まるスヴェン。嫌われる可能性が微塵もないことを知っているリーゼロッテは、さっさと告白して結婚すればいいのにとくすくす笑う。結婚式のためのバイオリン曲を今から少しずつ作曲しておこうと、密かに決意するリーゼロッテであった。

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