救宝士と水天の金字塔6
この物語はフィクションです。登場する地名、人名、団体名等の名称は実在のものとは一切関係ありません。
また、史跡破壊、殺人等の描写がありますがこれらを助長、推進するものでも無いということを予めご了承ください。
「という訳で、今度はガーバルベインに出向いて欲しいんだよ、おやっさん」
小型通信端末『マルチフォン』、通称『MP』に向かってディーンが話しかける。
『なぁにが「という訳で」だぁ!時差を考えろ時差を!今こっちが何時だと思ってやがる!』
通話の相手はJudgment and Police Nations---裁判院兼警察機構国家、通称JPNの構成員、コーチ・マネモールド一等国際捜査官(33歳)。
これまで何度もディーンと共に死線をくぐり抜けてきた―――巻き込まれたとも言うが―――ベテラン刑事で、クロとは違う意味でディーンの良き理解者であり相棒である。
そもそもJPNとは、極東のとある列島にあるれっきとした一つの国家でありながら、世界中におけるあらゆる犯罪に対して、各国と情報共有・連携し犯罪捜査並びに犯人逮捕を行う『国際警察機構』の面を持つ組織である。
総国民数およそ350万人の内、4割が警察官、2割が裁判官であり、更に警察官の内の6割が国際捜査権を与えられた、『国際捜査官』であり、コーチもまたその1人。
有り体に言ってしまえば、エリート国家のエリート捜査官なのだ。
「んぁ…っ!あんっ…!!」
「こっちが21時ちょっと過ぎだから…よっ!そっちはまだ昼になったぐらいだろ…おらっ!」
「ひぁっ!ああっ!」
『分かってるならもう少し時間をおいてから連絡せんか!こちとら徹夜続きで昼飯食ったら帰って寝ようと思ってたとこなんだぞ!?』
とまあ、偉そうな肩書きを持ってはいるもののそんなことはお構いなく、コーチはディーンに振り回されてっぱなしなのだが。
「そいつは悪うござんしたっ…奥さんにまた怒られる?」
『勘弁してくれ…ただでさえ最近サーニャが産気づいてて機嫌よくないんだから…』
ちなみにこの男、サーニャと言う10歳年下の妻がいる。会話の通りもうすぐ第一子を出産予定だ。
こいつの方が犯罪臭がするとか言ってはならない。
「アハハ、悪い悪い!ついでにJPNに出動要請かけといて」
『全く悪びれてねえなこの野郎…!っていつもの事か…で?今回の相手は何だ?』
「んああっ!そこダメぇ!」
―――敢えて触れなかったが、クロの嬌声が響き渡ったことで、遂にコーチが叫んだ。
『つーかさっきから何だこの声は!お前まさか、その、やることやりながら電話してんのか!?』
「ん?ああ、聞こえてた?ほら、クロ。お前さんの恥ずかしい声が丸聞こえだってよ」
「あんっ、ちょっ!やめて下さいよディーン!何で、んっ、また、ひぎぃっ、マッサージ中に電話掛けてるんですか、ああんっ!」
お約束である。
「だってお前が—――」
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シェルマからの依頼を引き受けたディーンとクロだったが、日も暮れてきたので今日のところは一旦解散することとなった。
「ところで、ディーンさんとクロさんはMPをお持ちですか?良ければ連絡先を交換しておきません?」
別れ際のシェルマの提案にディーンは快諾する。
「ああ、勿論。それと『さん』は付けなくていいし、敬語も辞めてもらっていいか?」
ディーンからの提案にキョトンとしていると、クロが横から補足を入れてきた。
「ボクもディーンもホントは堅苦しいのは苦手なんですよ。あ、ボクのは口癖みたいなものですけど」
肩を竦めるディーン達を見て、シェルマがクスリと笑う。
「フフ、確かにそんな感じしてる。だったら私のこともシェルマでいいわ」
「へえ、意外だな?アンタはもっと堅物かと思ってたけど」
「よく言われる。けど実は私もお固いのは苦手なの。だから改めてよろしくね。ディーン、クロ」
茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべながら、今度はシェルマから握手を求めて来た。
「ああ、よろしく」
「よろしくです、シェルマ」
再度契約成立の意を表す3人。
そして連絡先を交換し、明日からの調査の段取りを1通り話し合って、別れることとなった。
「私はひとまず学術院の研究室に戻ってから家に帰るわ。もう一度あの水天神の錐墓についての資料を探してみる」
「ああ、くれぐれも気をつけてな。俺達も取り敢えずホテルに戻るとするよ。何かあったら連絡くれ」
「ええ。よろしくね、2人とも」
――――――
「なんやかんやで、結局こうなるんですね」
ホテルへの帰り道、不機嫌そうにクロが呟いた。
「何不貞腐れてるんだよクロ?」
「別にー。ただ相変わらずディーンは美人さんに弱いんだなと思って」
「なんだよ、一丁前に妬いてんのか?」
ほれほれ、とディーンがからかうようにクロの両頬を軽く抓り弄る。
「や、やへへー!」
ディーンの手を振り払い、頬をさするクロはやはり虫の居所が悪いようだ。
「まあ、でも確かにシェルマにばかりで今回はあんまりお前に構ってあげられなかったからな。よっと」
「ひゃあ!?」
そんな姿を見兼ねてか、それとも素なのか、ディーンはクロを抱え上げた。
所謂お姫様だっこの体勢である。
「ちょ、ディーン!?」
「それにさっき、『足腰立たなくなるまで』可愛がってやるって言ったしな」
「ま、まさか…」
クロの顔が青ざめた。
「おう、約束通り可愛がってやるよ。ベッドの上でたっぷりと、な」
――――――
そして場面は冒頭に戻る。
『お前らはなんと言うか、ホントに相変わらずだな』
顛末を聞いていたコーチがアホくさと言わんばかりにため息をついた。
『まあいい。話を戻すぞ?』
「ああ、悪いな。今回は『ベアオルドス』ってのが多分絡んでると思う」
『ベアオルドス?そいつらは確か、どっちかってえとタダの思想家集団だろ?』
「表の顔はな。けど依頼主の話ではどうも裏で色々やらかしてるらしい」
シェルマからの情報を思い出しながら、言葉を続ける。
「つっても今んとこ上がってるのは誘拐くらいなんだけど。しかもそれも確定って訳じゃないし」
『…おいディーン。お前、証拠も上がってない連中を捕まえろとでもいうつもりか?』
コーチの声に僅かながらに怒気が籠った。
「まあまあ、そう怒るなよ。血圧上がるぞ?」
『茶化すな。お前、俺がスジも通ってないガサをやると思ってんのか?』
コーチは自分の仕事に矜恃と道理を貫く男だ。
いくら長い付き合いだからとて、確定的な証拠のない集団を捜査しろと言うのは、彼の理念に反すると言うものであろう。ディーンもそれを承知の上だ。
そして承知の上で、その堅物を動かす魔法の言葉を知ってもいた。
『じゃあ!!』
「イルミナティス」
怒号を上げようとしていたコーチは元より、マッサージを受けて嬌声を上げていたクロまでも息を呑む。
「…アイツらが絡んでるかもなんだよ、おやっさん」
『…確かか?』
「それこそまだ確定じゃないけどな。だが今回の件に『超技術』の存在は確認出来た。奴らが1枚噛んでる可能性は高いと思う」
次回更新は11月4日(日)予定です。