救宝士と水天の金字塔5
話は戻って現在。ディーンの答えやいかに。
それはそれとして、この物語はフィクションです。登場する地名、人名、団体名等の名称は実在のものとは一切関係ありません。
また、史跡破壊、殺人等の描写がありますがこれらを助長、推進するものでも無いということを予めご了承ください。
「これが2年前、祖父が行方不明になった時のお話です…」
事の顛末を語り終えたシェルマの目には涙が溢れていた。
眼鏡を上げその雫を手で拭う彼女に、クロがそっとハンカチを差し出す。
「あ…ありがとうございます、ミスターアントム」
「どういたしまして。それからボクのこともクロで大丈夫です」
手渡されたハンカチで涙を拭き、咳払いをすると話を続ける。
「…通報の切欠はおじいちゃんに同行するはずだった研究員の1人が体調を崩し、隊に合流するのが1日遅れたことでした。その人がベースを訪れた時にはキャンプ地は既にもぬけの殻で、おじいちゃんを含む調査員7人全員行方不明。キャンプには何者かと争った跡があったそうです」
「この銃は、アークス博士の?」
「はい、現場に残されていたおじいちゃんの護身用の銃です。遺留品らしい遺留品はコレだけでした…」
「捜索はされなかったんですか?その、7人も一夜にして失踪してるなら、流石に警察が動くでしょ?」
「もちろんその後警察や有志による周辺捜索が何度も行われました。でも祖父は見つからず、それどころか捜索隊の方が行方不明になる始末で…国がこの件から手を引いたのは4回目の捜索隊が姿を消した次の日のことでした」
ここで沈黙を保っていたディーンがようやく口を開いた。
「…アークス博士が行方不明になったってのは俺もオヤジ、先代の教授から聞いていました。ピラミッド関連の捜索隊が次々に失踪を遂げている件も、噂でね」
相変わらず火のついていない葉巻を口で動かしながら続ける。
「だがそれがあの遺跡の内部調査することとどう関係してるのかが分からねえ。俺は考古学者であって、探偵じゃない。遺跡の調査は出来ても人探しは門外漢だ。そこんところ、説明してもらえませんか?」
納得がいかないと言いたげにディーンが葉巻の先を彼女に向けた。
「…警察も捜索隊も、あのピラミッドの周辺や他の街は国中どこでも探してくれました。けれどおじいちゃん達はどこにもいなかった…でも一箇所だけ彼らが調べていないところがあるんです」
「それがーーーあのピラミッドの内部、だと?」
ディーンの問にシェルマが力強く頷き、彼の手元にあった祖父の草稿を取ると何かを探すようにページをめくり出した。
「あのピラミッドの入口は堅固な扉で塞がれていて、祖父が調査するまでは入ることすら出来ませんでした」
「アークス博士が調査するまでは…?」
「ええ、その扉を開けることが出来たのは今のところ祖父と、それから私だけです。どういう理屈かは分かりませんが、この原稿によると祖父はどうも、自分の血筋が関連していると睨んでいたようです。っと、ここを」
シェルマの手が止まり、あるページを指差す。
そこにはピラミッドについて、とある考察が記されていた。
ーーーーーー
『今まで何の反応も無かったらしい、旧王家のものと思しき謎の紋章が描かれた扉とその横の手の平を象った窪みに触れた。すると急に扉の紋章が青白く発光し、鈍い音を立てて開き出したではないか。慌てて手を離すと扉も連動したかのように閉まり出す。
他の調査員も試してみたが、反応するのは私だけのようだ。どうやらこの扉には旧世界の魔術による施錠がしてあるらしく、条件を満たしたものでないと開けられないらしい。では、彼らと私では何が違うのだろう。
年齢、出身地、性別などのあらゆる要素を鑑みても彼らと異なる部分が多すぎて原因は判明しなかった。
だが、1人だけ私と同じようにあの扉を開けることが出来た者がいたーーー孫のシェルマだ。
何故年齢も性別も異なる私と彼女だけが開くことが出来るのか。
これについては推測の域を出ないが、一つだけ彼女と共通しているモノがある。ーーーそう、血筋だ。
孫と私には古代べアート民族の系譜を含む血が流れている。今や人身売買の対象にもなっている、忌むべき血と思っていたが、ともあれ他の同行者やこれまでにこのピラミッドを訪れた者にべアート民族の関係者はいなかったようで、コレであのピラミッドの扉の開け方が判明したと言えよう。ようやく我々はこの王墓の謎に1歩迫ることが出来たというわけだ』
ーーーーーー
「いやいや待て待てちょっと待て!」
「何か?」
「『何か?』じゃねえ!何で古代遺跡に指紋認証ならぬ血統認証とか魔術じみたモンがあるんだよ!?」
予想外の方向へ話が動き始めたらしくディーンが頭を抱え込む。
「別に、こっちの方では珍しいものでもありませんよ?今でこそ絶えて久しいものですが、ガーバルベインの旧王家では魔術が栄えてた、なんてそれこそ昔から研究対象にされてますし」
「あ、故デイジー・ローの『旧世界の魔術』の3巻ですね!」
「えっ!?クロさんデイジー先生の読んだことあるんですか!?」
「あるも何ももう大ファンですよ!旧世界の文明や技術、魔術がどうして失われたのか、復活させるにはどうすれば良いのかを独自の視点と切り口で描く、まさに超大作でした!」
「ホントですか!?実は院の方にデイジー先生が滞在していた頃に残したものらしい手記がいくつか残っているんですよ!あくまで遺作でも何でもない手記なので公表出来ていないんですが、宜しければ今度読みにいらっしゃいません?」
「行きます行きます!いいですよねディーン!」
「えっ、いや…いいけどよ、そうじゃなくてさ!」
2人の突然の意気投合ぶりに呆気にとられていたものの、話を戻さんとするディーン。
「ちょっと待ってくれ…少し頭ん中を整理したい」
「今更魔術の一つや二つで驚くとか何言ってるんですか、情けない。もっとヤバイモノたくさん見てきてるし、第一ここにそれ以上に神秘存在がいるじゃないですか」
「そりゃそうだけど、お前はもっと規格外と言うか…おっと」
思い出したかのように口をつむぎ、しまったと言わんばかりに表情を強ばらせた。
「今のは失言だった…すまん、クロ」
「もう、気にしすぎですよ!ほら、仕事の話に戻りましょ?」
クロは気にしてないふうにディーンを宥めながら、再びシェルマの方に向き直らせる。
何が何だか理解が追いつかない彼女ではあったが、クロ、ディーン、或いは二人共に何かしら踏み込んではいけない秘密の様なものがある事だけは察することが出来た。
「えっと、どこまで話しましたかっけ?」
「確か、べアート民族の血を引いていればピラミッドの入口が開けることが出来るってところ?」
「あ、そうでしたね」
思い出した、とディーンが手を叩く。
「そう、そこでまた一つ分からないところが出てきたんですよミス・グラリアル。博士と貴方があのピラミッドの入口を開けることが出来たのは理解出来た。しかし何故それで行方不明になった博士があの中にいると思われたんです?」
「…お2人は、『ベアオルドス』と言う組織をご存知ですか?」
突然シェルマの口から出された謎の単語『ベアオルドス』に、クロが反応した。
「聞いたことはあります。確かこの国に潜伏している、べアート民族のみで構成されてる思想家集団でしたっけ?でもアレは人身売買を防止するために国が流したでっち上げだってもっぱらの噂ですけど」
「…毎度の事ながらお前は一体どっからそう言うよくわからん情報を仕入れてくるんだ?」
半ば呆れ気味にディーンがクロの金髪を軽くかき乱す。
「…ここだけの話ですが、ベアオルドスは実在の組織なんです。そして私は彼らが祖父の失踪の原因だと睨んでいます」
そんな2人を横目に周囲を確認した後、シェルマが声を潜めながら、語り始めた。
「実は祖父の捜索が打ち切られた後、研究室の私の元に脅迫状めいた文章が届けられたんです」
「き、きょうはモガっ!?」
驚いて大声を出そうとしたクロを、ディーンが咄嗟に制する。
喧騒がある中でわざわざヒソヒソと声量を小さくしたシェルマの様子を慮っての事だった。
「…それで、何て書いてあったんです?」
「文面こそ軟らかなものだったんですが、掻い摘んで話すと『これ以上水天神の錐墓に関わるなら、お前の祖父の命はないと思え。警察に通報しても同じだ』と。差出人こそ書かれていませんでしたが、ベアオルドスの刻印で封蝋がしてありました」
一旦言葉を切り、再び周囲を見回してから続きを語り出す。
「ベアオルドスはその実在と主義は知られていますが、その構成員や拠点は誰も、それこそ警察ですら掴めていないんです。でも彼らの存在が明るみに出てきたのはつい最近。あのピラミッドが発掘された頃とほぼ同時期…」
「じゃあベアオルドスの拠点は、あの水天神の錐墓に?」
恐らく、とシェルマが頷く。
「だからあそこに博士が連れ去られた、と考え至った」
「…本来なら祖父のこの草稿と脅迫状を警察に届けるか、私1人でもあのピラミッドに乗り込むべきだったんですが…その、どうしても怖くって……」
「なるほど。それでアークス博士と旧知の俺たちに連絡を寄越したという訳、か」
ふむ、と目を閉じ落ち着きなさげに顎をさすりこめかみを叩く。
何かしら思案しているようだが、シェルマの目にはそれが、どうこの案件を断ろうか口実を探しているように見えた。
「…隠し事をしていたことは謝罪します。でも祖父は、おじいちゃんは私のただ1人の家族なんです!何よりも大事な宝物なんです!報酬ならいくらでも払います!お願いです、おじいちゃんを助けてください!」
再び大粒の涙を浮かべ深く頭を下げながらの懇願。
だが、ディーンは少し嘆息を漏らすと、静かに口を開いた。
「…さっきも言ったけどな?俺は考古学者であって探偵でも、ましてや正義の味方でもない。大体にして、遺跡調査を建前にヤバそうな連中のアジトかもしれない所に同行して家族を探して欲しいってのが考古学者としても気に食わねえ」
「そう、ですよね…やっぱり…」
突き放すような彼の返答に、シェルマが肩を落とすが、ぶっきらぼうな口調とは裏腹にディーンの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「はぁ…」
ディーンを察して、やれやれまたかと言わんばかりに今度はクロがため息を吐く。そんな彼もまた、口元から笑みをこぼしていたが。
「だが、アークス博士には恩があるからな。その仕事、請け負おう」
「…えっ、はい!?」
素っ頓狂な声を上げるシェルマ。
「クロ、まずは装備の確認だ。『GG』に後で弾薬とフックを補充しておいてくれ」
「了解!ライトとワイヤーも足しておきますね。JPNのコーチ・マネモールド刑事にも連絡を入れておきますか?」
「コーチのおやっさんか、そうだな。こっちから連絡しておく。どうせ今頃本部で暇を持て余してるだろうし、たまには仕事させてやらないとな」
あれよあれよと言うままにいろんな準備が進んで行く。
「どうした?アンタから下りてきた仕事だぜ?同行するつもりならある程度の身支度をしな」
ポカンとして展開についていけてないシェルマに、ディーンが話しかける。
「えっ!?…でも今さっき気に食わないって?!」
ようやく正気に戻った彼女の口から出てきたのは、最もな疑問だった。
「考古学者としてはな。未知の遺跡そっちのけに人探しなんて、そりゃ気に食わんし間違ってると思うぜ」
けどな、と葉巻を口から外し、右手を差し出すディーン。
「1人の人間としてアンタを正しいと思った。遺跡よりも家族を何よりも大事に想う、アンタのその心をな。それにーーー」
「アンタは博士を『宝物』と言った。だったらソイツを救い出すのが、『俺達』の役目だ」
『宝』と呼ばれたモノを『救う』が故に。
「俺達に、『救宝士』に任せろ」
彼らは、そう呼ばれているのだ。
次回更新は6月22日(木)12時の予定です。