救宝士と水天の金字塔4
シェルマの過去について。相変わらずこの物語はフィクションです。登場する地名、人名、団体名等の名称は実在のものとは一切関係ありません。
また、史跡破壊、殺人等の描写がありますがこれらを助長、推進するものでも無いということを予めご了承ください。
「最後におじいちゃんと顔を合わせたのは2年前、あのピラミッドの初の内部調査に赴く日の朝でした」
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私は幼い頃に母が亡くなり、父も4歳の時に突然行方不明になって以来、父方のおじいちゃんであり、考古学者のハリー・アークスと2人暮し。
理由も語らないでいきなり姿を消した父を許せず、おじいちゃんもそんな私を思ってか、ずっと母方の姓である『グラリアル』を名乗らせてもらっている。
考古学の研究や遺跡調査の為に各地をおじいちゃんと共に転々としてきたせいで学校には行けなかったけど、生きていくために必要な知識や様々な言語をおじいちゃんやおじいちゃんのチームメイトや友人、それに現地で出会ったスタッフから、それこそ学校以上にたくさん教わった。
場所と靴に関係なく足音と気配を消す術もその中で教えてもらったものだ。
おじいちゃんが『もう歳も歳だから』と言う理由で、私たちの生まれ故郷であるガーバルベインに研究拠点を移したのが私が15歳の頃。
それ以来、私が『ハリー・アークスの孫娘』から『シェルマ・グラリアル』と言う1人の考古学者として正式におじいちゃんの助手となり、一緒にエンシェ学術院で働いていた。
そして、2年前のあの日。
50年近く前に発掘が開始され、多くの歳月とたくさんの人の苦労が実り、ようやく外見を全てあらわに出来た謎のピラミッド、その初の内部調査の日だった。
「おじいちゃん、早くしないと出発時間に間に合わないよー?」
「心配するな。お前のコーヒーを味わう位の時間は残っちょる」
「もう、相変わらず変なところでだらしないんだから!」
院に向かう前、家でのいつも通りの朝。
新聞に目を通しながら朝食を摂り、互いに小言を言い合う、いつも通りのやり取り。
こんな日常がいつまでも続くと、心のどこかで思っていた。
「なあ、シェルマよ」
「なに?着替えなら箪笥の中にしまってるけどーーー」
「お前さん、スピルカに行ってみる気はないか?」
唐突だった。
まるで『ちょっとお使いに行ってきて』と言わんばかりの軽さでそんな話を切り出された私は、ひどく混乱した。
「…す、スピルカ?スピルカってあの合州国の?」
「ああ。もちろん今すぐにって訳じゃないがな?18になったらお前さんをあっちの大学に推薦しようかと思っててよぅ」
カップを置き、一息入れてからおじいちゃんが語り出す。
「ジョーティにいるワシの古い友人のフォードバーグとその弟子を覚えているか?前に1度、レセヘクサのジグラッドの調査で顔を合わせているんだが」
言われて記憶を辿るも、思い出せない。
当然だ。レセヘクサ文明の件は私がまだ6歳の時の話なのだから。かろうじて思い出せるのは、調査に没頭するおじいちゃんに差し置かれてむくれていたことと、そんな私と遊んでくれた青黒い髪をした人のことくらいだ。
「まあ、今は弟子の方が『教授』を継いで現役らしいがな。ともかく、ワシの助手としてそれなりに経験は積ませたし、そろそろ新天地っつーか、そいつの所でキチンと考古学を学び直してみないか?」
幸いアイツもまだ独り身らしいしな、と何処か愉快そうに笑うおじいちゃん。
……それはとても魅力的な誘いだったのだろう。
スピルカ合州国ーーーかの大国の、それもとびきり一流の大学でおじいちゃんの旧友である教授とそのお弟子さんから考古学を学ぶことが出来る。
ジョーティ大学の研究室ともなれば、今よりもっと研究資料や施設も充実しているはずだし、より考古学への造詣や見解が深まるまたとない機会のはず。
と言うか本来大学はおろか、まともに学校にすら行けてない私が国立の学術院にいるなんて、特例中の特例だ。そしてその特例の最たる要因の、現代における考古学の権威の1人、ハリー・アークス博士が、私のためにわざわざ推薦までしてくれているのだ。
これを蹴るなんて、それこそ恩を仇で返し、彼の顔に泥を塗るような行為に他ならないーーー
「何で…」
ーーーなどと、それはあくまでも『今』だからこそ考えることが出来る。と言うか考えれば考える程、後悔の念しか出てこない。
「何でそんなこと言うのさ…!」
あろう事かその時の私は恩を仇で返し、祖父の顔に泥を塗る方を選んだのだ。
「何でもなにも、今言った通りだが…あっちの方が設備も院とは段違いだし、そもそもお前さんはいっぺん学校って奴を知るべきだーーー」
「そんなこと聞いてるんじゃない!!」
テーブルを思い切り叩く。
私ってこんな大声が出せたのか、などと自分の意外な1面を見つめ直す余裕なんてあの時はなかった。
ただ意味もわからず内からフツフツと湧き出るどす黒い感情にひたすら身を任せることしか出来なかった。
「おじいちゃんは私がいなくなってもいいって言うの!?」
「誰もそんなことは言ってないだろう、ただワシはお前にもっと広い視野をだな…」
「今の私は視野が狭いってこと!?そんなのわざわざスピルカなんかに行かなくても、おじいちゃんの所で広げられるもん!」
おじいちゃんの言葉を遮り、衝動のままに叫び散らす。我ながら幼稚なものだと頭では理解出来ていたのだが。
「そういう所を学びなおせと言っとるんだ!このバカ孫が!」
おじいちゃんの顔が険しくなり、こちらに負けないほどの声量で怒鳴られた。
それでも私の口はまるで別の意志を持った生き物のように止まらない。
「バカとはなによバカとは!大体おじいちゃんは私がいなかったらマトモにスケジュール管理も出来ないくらいルーズじゃない!私の進路なんかより自分の心配しなよ!」
「今はワシの事は関係ないだろう!それにワシはお前の将来のためと思ってだな!」
「私の将来!?そんなの私が自分で決める!おじいちゃんにとやかく言われる筋合いはないわ!」
「筋合いだと?筋なら通っとる!ワシはお前の保護者で爺なんだからな!」
「なら黙って私のこと見守っててよ!何で勝手に大学なんて行かせようとするの!?何で先に私の意志を聞いてくれないの!?それとも何?今回のピラミッドの調査に私がいたら邪魔だから、大学を理由に厄介払いさせるっての!?」
「っ!!いい加減にせんか!!」
おじいちゃんの拳骨がテーブルに文字通り叩きつけられ、私は身を竦める。
その目には今まで見たことない、強い憤りが込められていた。
「っ…!おじいちゃんなんか…!」
言っては行けないと分かっていた。分かっていたのに…。
「おじいちゃんなんか、大っ嫌い!!」
言ってしまった。
同時におじいちゃんから逃げるようにーーーと言うか実際逃げたのだがーーー踵を返し自分の部屋へと駆け込み、ベッドへと潜り込んだ。
「馬鹿…おじいちゃんの馬鹿…!」
怒られたことが無いわけでは無かった。
仕事で失敗したり礼節を欠いたりした時、きちんと筋道立てて叱ってくれたことは何度もあったし、その度に私も何故自分が叱られたのか、自分の悪いところはどこだったかを理解出来た。
けどさっきみたいに頭ごなしに怒鳴りつけられたことは1度もない。
訳もわからず、ぐちゃぐちゃになった頭の中でひたすらおじいちゃんを罵倒しまくった。
だが自分を落ち着かせようと本能のままに言葉を紡げば紡ぐほど、思考はまとまらず余計にまぜこぜになっていく。
気付けば私の頬をいくつもの涙が伝っていた。
頭から毛布をかぶり、嗚咽と声を押し殺すも涙が止まる気配は全くなく、いつしか私の意識は暗闇の中に堕ちていった。
ーーーーーー
「ん……?」
どれ位時間が経ったのだろう。
泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていたようだ。
寝起きでイマイチハッキリしていない頭を回転させ、何故自分が寝ていたのかを少しずつ思い出していく。
「……おじいちゃん?」
その過程で無意識の内にポツリとおじいちゃんを呼ぶも、返ってくるのは静寂だけ。
一体どれ位の間眠っていたのだろうと窓から外を覗くと、既に日は沈み空は薄らと黒に染まりつつあった。
「……いけない!!」
その瞬間に全て思い出した。
慌てて飛び起きてリビングに直行するも、最早後の祭り。
そこにおじいちゃんの姿は、否、おじいちゃんだけでなく、彼の荷物も車も既に無くなっていた。
代わりにテーブルに一枚の紙切れ。
そこには昔からよく知っている、癖のあるおじいちゃんの字で伝言が書かれてあった。
『シェルマへ。
何度かノックしたが出てこないので伝言を残しておくぞ。
お前の気持ちも考えず、勝手に推薦したのは悪かったと思っている。だがお前を思ってこそだと、その事だけは理解し、信じて欲しい。
時間がないので先に調査に向かうが、院の皆にはお前は体調不良でしばらく休むと伝えておく。さっきの件もあるし、気が向いたらでいいのでいつでもキャンプに顔を出して、良ければ答えを聞かせて欲しい。念のため次に帰ってこれるのは恐らく1週間後になることも伝えておく。 最愛の孫娘へ ハリーより』
メモを読み終えた私はその場にへたり込んだ。
「おじいちゃん…」
再び涙が流れ出す。
今度は怒りや不満からくるものではなく、おじいちゃんへの感謝と、それを無下にしようとした自分の情けなさ故に。
気持ちが落ち着いたら調査隊のベースキャンプに行こう。そうだ、どうせなら色々と差し入れも持っていこう。味気ない携帯食やインスタント食品ばかりでは隊の士気も落ちるだろうしーーー
色々と計画を練って行く内に、次第に意識が遠のいていく。
(…後は明日にしよう…)
眠気をこらえ、自室へと移動する。
つくなりベッドへと倒れ込み、その日はそこで微睡へと落ちた。
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翌日、差し入れのおじいちゃんの好物のスープの仕込みをしていたら、家の呼び鈴が鳴った。
「…おじいちゃん?忘れ物でもしたのかな?」
てっきりおじいちゃんが帰ってきたものと思っていた私はコンロの火も止めずに玄関へ向かう。
顔を合わせて、昨日のことをキチンと謝ろう。そして、大学の件はちゃんと答えを言おう。
そんなふうに胸を踊らせながら玄関を開ける。
そこに居たのはおじいちゃんではなく、地元の警察官たちであった。
「失礼、こちらはハリー・アークス氏のお宅で?」
「は、はい。私は孫ですが…」
野太い声に若干怯えてしまい、上ずってしまう。
「ああ、ご親族の方ですか?丁度良かった。突然申し訳ありませんがーーー」
…はい?親族?丁度良かった?一体何がどうなってーーー
「ハリー・アークス氏の行方が分からなくなりました」
こちらの都合も考えず、淡々と発せられた一言によって、目の前が突如暗闇に覆われ、そして私は生まれて初めてスープと鍋をおじゃんにしてしまった。
次回更新は6月18日(日)12時予定です。