救宝士と水天の金字塔3
仕事の話編。オリジナルな単語ばかり出てきますが、あくまでこの物語はフィクションです。登場する地名、人名、団体名等の名称は実在のものとは一切関係ありません。
また、史跡破壊、殺人等の描写がありますがこれらを助長、推進するものでも無いということを予めご了承ください。
「この店です」
宿を出て裏通りに入り数分ほど歩いた場所にあるカフェ。
シェルマが入り口のベンチでうたた寝をしていた店の者らしい男を起こし目配せをすると、3人は2階の拓けたテラス席に通された。
裏通りの店と言ってもそこまで人気がないという訳でもなく、それなりの賑わいを見せている。
(なるほど、こういう場なら確かに『仕事の話』をするのにはピッタリだな)
椅子に腰掛け、周りを見渡しながらディーンは考えた。
普通に話す程度の声ならこの喧騒に掻き消されるだろうし、万が一にも近くに聞き耳を立てる輩がいても、この視界の開けた場所ならばすぐに勘づくことが出来る、という寸法なのだろう。
(さっきの件と言い、やっぱりこの女なかなかのやり手みたいだな)
葉巻を取り出し、ホテルのフロントで買い直したマッチを手にするディーンだったが。
「失礼ですが、教授。ここは禁煙席ですわ」
「むっ、こりゃ失礼」
シェルマに指摘され残念そうにマッチをしまうも、ディーンは口から葉巻を離そうとはしなかった。
「どうにもこれが無いと頭が回らないんでね。悪いが咥えるだけ咥えさせてもらいますよ」
それと、と付け加える。
「その『教授』ってのは辞めてもらえませんか?先代から受け継いだとはいえ、どうにもこそばゆくて」
「ディーンは本当は形式ばったのを嫌いますから」
そういう性分なんですよと、笑いながら説明するクロ。
「えっと、それでは…フォードバーグさん?」
「普通にディーンでいいですよ。周りのヤツらからは基本呼び捨てにされてますので」
「最近では講義に来る生徒からも『ディーン先生』なんて呼ばれてますしね」
2人のやり取りを見ながら、シェルマはこんな軽いノリの人たちがホントに大学教授・准教授なのかと疑問を抱いたが、このままではあらぬ方向へと話が脱線していきそうだったので、無理矢理に流れを仕事へと持っていくことにした。
「えーではディーンさん、今回の依頼の件についてお話させて頂きます」
「お、良いですね。美人に名前で呼んでもらえるとやる気と勇気が湧いてきますなあいでっ!?」
言うなり目の色を変えるディーンとその後頭部を引っぱたくクロ。
そんな彼らのコントを他所に、シェルマはカバンの中から数枚の紙を取り出しテーブルに広げた。
「お2人はこの街の北東にある水天神の錐墓はご覧になられましたか?」
「水天神の錐墓?」
聞き覚えのない単語に首を傾げるクロに、ディーンが解説する。
「あのピラミッドのことだよ。学術院の見解ではアレが地下水脈の守り神であり建国の祖王でもあるウォルディ1世、別名水天神オルドスのモノと考えられてるのさ」
「あくまで推測ですが。ただそれを裏付ける証拠は幾つかあります。こちらがその資料です」
言いながらシェルマは1枚の紙を広げた。
「あのピラミッドの頂には他の貴族や王族の墓にはない、特徴的な印が刻まれているんです」
彼女が示したのは資料の一つ、ピラミッドの外観を描いたモノに写真と現地の言葉でいくつかの指摘や推察を書き足したものであった。
「ふむ、このマークはラテルマ王朝期のものか?…いや、デザインが違うな……クロ」
「ええ、ラテルマⅡ世の紋章は円に囲われた目とその瞳の中に十字、目から零れる2つの雫が描かれてます。比べてこちらは瞳には横一文字、零れている雫もひとつです」
「写真を見る限りだと風化して消えたってワケでも無さそうだな。囲い円こそ何ヶ所か欠けてるけど、瞳の方は元からこんなふうに刻まれてあったって感じだ。それにわざわざそんなモンを堂々と墓のてっぺんに刻みつけているとなると…」
身を乗り出して資料を読みながら考察を重ねるクロとディーン。
「ミス・グラリアル。ボクの記憶が正しければ、確かガーバルベインの歴代の旧王は紋章に描かれた瞳の中の図形と雫の数で何代目かを表わしていたものだったと思うのですが?」
「はい、その通りです。図形はその王が何代目かを、雫はこの国の豊かな水源を表し、瞳は国民を見守る王の慈愛に満ちた目を意味していますーーー」
「それと自国の領土を隅々まで見渡す千里眼と、叡智に溢れた真偽善悪を見抜く慧眼も、な」
シェルマの解説にディーンが補足を加える。
そこに先程までの軽薄な空気は一切無く、代わりに1人の考古学者として真摯に歴史に携わる、強い意志を持った男の横顔があった。
「しかし、そうなるとやはりこのピラミッドはウォルディ王の墓ってことになるが…」
「?何か疑問でも?」
どこか不満げなディーンの呟きに、シェルマが首をかしげた。
「ウォルディ1世の統治時代にはまだ奴隷制度はなかった筈なんです。それなのにこのピラミッドには彼のモノと思われる印がある…」
ピラミッドは王の墓として、数多くの奴隷を用いて建築されていたと言う。
しかしウォルディ1世の統治時代、奴隷制度はまだ存在しておらず、よってこのピラミッドは果たして誰がどうやって作りだしたのかという疑問がディーンの内に生まれた。
「普通に建築士とか、今で言う大工みたいな人がいたんじゃないんですか?」
クロの意見にも、納得がいかないように葉巻を口から外すディーン。
「それなんだが、ウォルディ1世の残した建築物は少なすぎるんだよ。仮にもそういう人がいたとしたらもっと彼の遺跡が多くあってもおかしくないはずだ。まあ、そのせいで旧王家の最初期に関する資料があんまり残されていないんだが」
いつの間にか運ばれていたコーヒーを一口含み、資料を読み進めながら続ける。
「もう一つ、仮にこれがウォルディ1世の王墓だとしてだ。何だってこんな小さい上にあんな窪地にひっそりと埋まってたのか、これが分からない」
王の墓と言うのであれば大きく、そして目立つ場所に立っているものはず。それが建国の王のものであるならば尚更だと、ディーンは推測していた。
だがシェルマの資料によればこのピラミッドは他のモノに比べて数段小さい。
オマケに発掘された場所は砂漠にあるクレーターの最底辺の位置。これではまるで意図的にあの墓は隠されていたかのようだ。
「そして1番気になっていることは…」
「内部に関する資料が一切ないこと、ですよね?」
クロの指摘にディーンが頷き、コーヒーを飲み干す。
「さてミス・グラリアル。考察はここまでにしてそろそろ『仕事』の話と行きましょうか?」
カップを置くと同時に腹を割って話そうかと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、丁度そちらに移ろうと思っていたところですわ」
コーヒーを飲み、一息入れるとシェルマは話を切り出した。
「単刀直入にお話します。お2人には私と水天神の錐墓の内部調査を依頼したいのです」
シェルマの依頼に、しかしディーンは葉巻を加え直すとしばし沈黙した。
「…ディーンさん?何か気に障ることでも?」
シェルマの問にも答えず、沈黙を貫くディーン。
代わりに口を開いたのはクロだった。
「ミス・グラリアル。単刀直入という割には貴女、我々に隠していることがあるのでは?」
「なっ!?」
ビンゴ、と言わんばかりにディーンが口角をあげる。
「…なぜそう思われたのです?」
「まず貴女が気配を消してボク達の背後を取ったこと。次に胸に銃を隠し持っていたこと。そしてどこから仕入れたか分からない、ディーン個人の情報を知っていたことです」
「気付いたのは全部俺なんだがな…」
我が物顔で語るクロに、ボソリとツッコミを入れるディーン。
対して今度はシェルマの方が押し黙ることとなったが、やがて意を決したかのように鞄から原稿用紙と先程仕舞った拳銃を取り出した。
「…これは?」
「祖父の論文の草稿と銃です…」
それ以上語ろうとしないシェルマ。
仕方なくを手に取りタイトルを読み上げる。
「『旧王家とベアードに関する考察、ハリー・アークス』…アークス博士の論文!?」
「知り合いですかディーン?」
「ああ、まだ俺がオヤジの弟子だった頃、レセヘクサ文明のジグラッドの調査でご一緒させて貰ったことがある。オヤジと同じかそれ以上の博識でな。駆け出しだった頃の俺に考古学のイロハを教えてくれたんだ。だがしばらく前に行方不明になったって聞いてたけど…ん?」
「今度はなんです?」
ペラペラと草稿を読み進めるうちにディーンはあることに気が付いた。
「この原稿、完成してない。書きかけだ…」
その言葉を受け、沈黙を保っていたシェルマが唐突に立ち上がり、深く頭を下げた。
「お願いします!祖父を…おじいちゃんを一緒に探してください!」
その目に大粒の涙を浮かべながら。
次回更新は6月15日(木)12時の予定です。