本
その日の放課後、俺は蘭子と二人で約束した部活巡りをやっていた。
「演劇部も吹奏楽部も、なんかイマイチだったなぁ…樹はどう思った?」
「…うーん…よくわかんないよ。俺は部活なんて入った事ないし。
つーか、蘭子は運動部は見ないのか?」
「うーん…なんかさぁ、運動部って意外と上下関係が厳しそうじゃない?」
「まあな。
でも、それなりの人数が集まれば、統率をとる為におのずとそうなるんだろ。
それに、文化部だって、先輩後輩の関係はあるよ」
「あたしは、嫌だな〜。たいした能力もないのに、ほんの数年先に生まれたってだけで、
偉そうにされるのは、ちょっと抵抗あるなぁ」
「まぁ、わからなくはないけど…でも、部活なら絶対に先輩はいるんだ。自分で立ち上げない限りな」
「自分で……か……」
そう言いながら、廊下にある部活案内の掲示板を見ていた俺達の後ろで、バタバタと何かが落ちる音がした。
振り向くと、大量の本が廊下に散らばっている。
そこには、底の抜けた段ボール箱を持って、女の子が立っていた。
薄いミルクティ色の肩まである髪に、丸くて分厚いメガネをかけている。
女の子はアワアワとなり、急いで本を集めだす。
俺と蘭子も、手伝ってやる。
「アワアワ……そんないいですょ…アセアセ……悪いですからぁ…」
アワアワって口から出るのか……アセアセも。
「いいのよ、別にこのくらい……でもすごい量の本だね。図書室の人?」
「い…いえ……そんな…とんでもない!
私は……そんな立派な人間じゃないんです……犬みたいなモノですから…」
犬…?
ちょっと、雲行きが怪しくなってきたぞ?
コイツ…ただのメガネのドジっ子に見えるが、
アワアワというアニメちっくな擬音を、口から出すうえに、自らを犬だと……?
初対面の人間に、ずいぶんと自己主張をしてくるなぁ…
おそらくこいつは、自分のキャラを掴んでいるタイプだ。
こういうタイプは、けっこうヤバ目なのが多い事を、俺は知っている。
しかし、これがエロゲーなら、イベント発生のポイントであり、出会いのCGとして記録される場面だ。
このメガネっ娘は、きっと話に絡まってくるぞ。
「犬なんて…あははっ、面白ーい!」
蘭子は、気にせずに笑っている。
こいつの順応性の高さがうかがえるな。
蘭子は、本を集めて箱に戻そうとする。
「ああ、もうこの箱、底が抜けちゃってて、入らないね。
ねぇ、この本、どこに持っていくの?
せっかくだから、私たちも手伝うよ」
俺は何も言ってないぞ…蘭子。
「えー!…そんな、美男美女のお二人に、こんな雑用を頼むなんて、
みやび様に叱られてしまいますぅ!」
ほら、触手が出たぞ…みやび様?
なんだ?血を吸う奴か?
丸太を探した方がいいか?
「いいって…私たちも、ヒマしてるだけだから。
それに、一人じゃ持てないでしょ?」
そう言って蘭子は、俺の手に本をどんどん乗せてくる。
俺は何も言ってないぞ、蘭子。
「よし、これで全部っと。
それで、どこまで運ぶの?」
メガネっ娘は、スカートの裾をつかんで泣く、真似をする。
「だ〜……お優しい方々ですぅ!」
メガネは、涙を滝のように流す…という雰囲気を、「だ〜」で示したんだろう。
かなりのものだ。
「では、せっかくのご恩ですので、有り難く頂戴いたしますぅ!
ご案内しますので、こちらへ!」
メガネは、2冊の本を持って俺たちを導く。
蘭子が3冊の本を持って、ついていく。
俺は、ぼろアパートの床が抜けるほどの量の本を両手で抱えて、ついていくしかないんだろう。
メガネ………やるじゃないか。
俺を、下僕のように扱うとは……確か俺は、一言も発していないんだが………
俺たちは、階段をいくつも上がる。
俺は、本を落とすと拾うのが面倒だから、ゆっくりと大事に一歩一歩足を運んだ。
前を行く二人は、俺を振り返りながら、先へ進んで行く。
二人とも、なにか妖精が生贄を森へ誘うような付かず離れずの、距離を保ち誘導をする。
二人は何かを笑いながら話している。
ずいぶんと、仲が良さそうだな。
余裕もありそうだ。
それから、やっと俺たちは、ある部屋にたどり着いた。
メガネが扉を開け、中に入る。
続いて俺も入ると、そこはごく普通の小さな部屋だった。
部屋の真ん中に二つ置かれた長机に、本を置く。
ふう…疲れた。
俺が、こんなに本を大事に抱えたのは、快○天だけだ。
これは、それなりのご褒美シーンをもらわないと、割に合わないぞ、メガネよ!
ボイスもつけろよ?
机に両手をついて、息をはずませていると、部屋にもう一人いた事に気づいた。
女だ。
青みがかった銀髪の長い髪。陶器のような肌にエメラルドの瞳。
そいつは椅子に座って足をくみ、西日を受けてながら、俺と蘭子を見つめている。
「これはどういう事?……こよみ?」
「ハウゥ!……みやび様、違うんです!」
メガネは、みやび様という女の足元にすがりつく。
「この……男の人が……本で両手がふさがり身動きできない私に、体目的で近づいたため、
箱が壊れてしまい…しかたなく、私がこらしめて、下僕として使ってるんですぅ…」
はぁ?
メガネ……どうやら、お前クセがあるようだなぁ。
俺が何かを言おうとしたところに、蘭子が笑いながら入ってきた。
「あはは、こよみちゃん、ほんとに面白い!」
蘭子、お前の感覚がわからん。
「…」
女が俺を睨んでる。
まさか、信じたわけじゃないよね?
「…どういうつもりなの?」
ほう…敵だな。
なんて言おう。
全然話は違うが………体が目的であった事は、いなめない部分がある。
しかし、助けてやったのに、メガネはなぜ嘘をつくんだ?
女の足元にすがりつくメガネに目をやる。
「ぶるぶる」
ブルブルと言っている。
こういう事を言う奴は、嘘をついている奴だという事がわからんのか、みやび様は?
しかし、みやび様の睨みは、なかなかの目力だ。
カニ蔵も真っ青。
正直、俺はビビっている。
ケンカは、した事がない。
中学生の妹にも負ける自信がある。
っていうか、まず、俺に非はない。
なのになぜか抗えない空気を出されている。
……ピンチだ。
なぜか、蘭子も助けようともしない。
グヌヌ……この状況をクールに切り抜ける手は、あるか!?
次回へ続く……!
「あんた……なぜ、何も言わないの?」
えぇ!?……続けるん?
ムリムリ!!次回っ!