道場
俺はイノリと二人で、とりあえず道場に向かった。
道場に着くと、外観は道場というより、小さな闘技場という感じだ。
とりあえず、木の扉をノックする。
「……すみませーん、ギルドで聞いてきましたー」
すると、奥から声が聞こえた。
「……どーじょー」
うわぁ…
「……イノリ…やめとく?」
「なんで?」
「いやな予感しますよ?」
「だいじょーぶでしょ、戦い方は知っておきたいし。入ろうよ?」
「…」
俺は、しぶしぶ扉を開けて、道場の中に入った。
受付と休憩所のようなものがあるが、誰もいない。
突き当たりのドアが開いていて、中庭があり、そこに男の人が立って手招きしている。
俺達は、中庭に入り男のところまで行った。
男は、痩せた40代くらいのオジさんだ。
見た目は、エセ貴族のような格好をしている。
カボチャみたいなズボンをはいて、白のタイツに、カラフルなラメの入った色のシャツ。
鼻の下のヒゲは漫画のようにスーッと横に伸び、先がくるくると丸くなっている。
えーと…どうやったら、そういうヒゲになるかを聞きにきたんだっけ?
そう考えていると、男が勝手にしゃべりだした。
「わたくしが師範のプースで…あーる」
あぁ、間違いなくさっきの言葉は、こいつが言ってたな。
名前も適当だ。
ぜっったいに、『師範』という肩書きを先にもらって、名前を考えたんだろう。
名前って、世界観を作るのに、重要な要素のひとつのはずだろ?
そういや、さっきのアヒルといい、こいつといい、どうやらこの運営は、世界観作りは下手だな。
スタッフの育成も。
語尾に何かをつければ、キャラが完成するとでもおもってんのか?
本当にこいつから、何かを学ぶのかよ?
とりあえず、挨拶はしとくか……
「ああ……どうも、イツキとこっちが、イノリです」
「はい、戦い方を教えます…お二人の武器を構えてください」
ほら…「…あーる」もう出ねぇ…
そこから、俺達は一通り剣と槍の使い方を、市販の……師範のプースに習った。
一応、まともに剣で相手をしてくれた。
「お二人とも、筋がよろしいようです。少し休憩をしましょう。
そちらの休憩室へ、どーじょー」
ほう…こっちが出たか…
俺達は、椅子に座って休憩をする。
「お茶を、どーじょー」
ほう…
使いやすいようだな…
お茶を飲んでいると、プースがなまいきにも、イノリに話しかける。
「どうですか?イノリさん、……戦えそうですか?」
「うん…まだわかんないです…でも意外と槍って軽いんですね?」
「いえ、そんな事はありません。それは、ボディ(肉体)の補正が入ってるので、実際より軽く感じるんです」
「ボディの補正?」
「ええ、本当の重さでは、普通の人は疲れてしまいますからね。
少しだけ、バランスをボディが調整しているという事です。
お二人が使用しているボディは、本当は凄く優秀なものなんです。
しかし、まだお二人はLvが低いので、ボディ自体の力をシステムで制御しております。
強くなれば、その制御、リミッターのようなものが解除されていき、本来の性能が出るという事です」
そうか、なるほど…そういう風にして、Lvや強さのバランスを取ってるんだな。
ジョブもそうか…本当はもっと力を出せるけど、
セイバーなら武器使用時に力を少し解除、
アーマーなら、耐久性を少し解除してるって事か…
その辺は、ちゃんとしてるじゃん。
あ、っそういえば…
「あのプースさん、俺たちまだ、HPが20くらいしかないんですけど、これってどのくらいの攻撃で死んじゃうんですか?」
「ビンタされたら死にます」
「ビンタで!?」
「はい」
「えぇ…」
「転んでも死にます」
「…」
「靴ズレでも死にます。
口内炎でも死にます。
急に横向いて、首がピキってなっても死にます。
友達になろうって言って、断られても死にます」
…俺……さっきヤバかったじゃん…
「では、そろそろ実践といきましょうか?」
「実践?」
俺達は中庭に出た。
「えー、今から敵が出てきますので、お二人で倒してください」
敵?
闘技場のドアが全て閉じられると、ひとつの鉄格子の柵が上がって、中から何かが走り出てきた。
嘘だろ…ゾンビだ!
「キャー!!」
イノリは叫びながら、走って逃げ出す。
マジか!?いきなりバケモンが相手かよ!
いや…待て……俺!
やれるはずだ!……ビビんな!
ゾンビなんて、映画やドラマで、倒し方は何度もシュミレートしてきてる!
車庫や、納屋でエッチな事さえしなければ、簡単にやられる事はない!
こいつらの弱点は、ここだ!
俺は剣で頭を切りつけた。
ゾンビの頭は、中身と一緒に飛び散り、体を痙攣させながら倒れた。
タカラッカトッタッター!
急に頭に音楽が響いた。
あっLvアップか!
ステータス…は、
Lv:2
HP:35
MP:10
特技:脳出し
うーん…ことごとく…ネームセンス……
まぁいい、とりあえずLvアップしたし、特技も覚えた!
「イツキさん、おめでとうございます!
素晴らしかったですよ!
まだまだ、出てきますからね、油断しないように!」
どうやら、ここで少しだけLvが上げられるんだな。
「イツキ……私、ムリ〜」
イノリは、端っこでしゃがんで、頭を抱えている。
「イノリー、Lvがここでも上がるみたいだから、やっといた方がいいぞ?」
「う〜ん……そう…なの…?」
「靴ズレする前に、やっとこうぜ?」
「う〜……」
その後、俺達はなんとかゾンビを全滅させて、お互いLv5まで成長する事が出来た。
そして、俺達は道場を後にした。
ついに「…あーる」は、一度しか出なかった。