自慢
俺は、何もなかったかのように、教室に戻った。
他の生徒と話しをしていた、蘭子とカズチカが俺に気づき、走り寄ってくる。
「樹!どうしちゃったのよ…いきなり教室出て行ったりして…」
「そうだぜ…心配するじゃん?」
「悪い悪い…大した事じゃないから」
俺は、『ギル2』に当選した事は言わずに、席に着いた。
二人に話せば、きっと大騒ぎするに違いない。
学校中の、話題になるだろう。
『ギル2』は、ネットを通じて、全世界に配信されている為、合法の「殺人ショー」としても有名だった。
その動画は、子供でも閲覧できるようになっている。
残酷な場面もあるが、殺されるのは犯罪者である為、犯罪抑止にもなると、許可されている。
それよりも、「殺人」という血なまぐさいものも、罪人への「仇討ち」というベールで包めば、
立派な「ヒーローショー」となり、世界中でも大人気になった。
いつの時代も、勧善懲悪は人気があるんだ。
俺が、その主役である「チェイサー」になった、と言えば当然騒がれてしまう。
派手な戦いや、有名な罪人と戦ったりする、カリスマのチェイサーになれば、
スポンサーも付き、動画の収入などを含め、莫大な収入を得ている者もいる。
もちろん、罪人には懸賞金が付いている為、その金額だけでも、
参加料の一千万円など、すぐに取り戻せるのだ。
今ここで、俺が「ギル2」の事を言わないのは、俺の性格に理由がある。
俺は、目立つのが好きだ。注目されるのが好きだ。
ただ、条件がある。
『俺は、そんなつもりないのに……結局目立っちゃったか!』……のパターンが好きなんだ。
高校生というものは、これみよがしに自慢をしたいものだ。
チヤホヤされたいものだ。
だが、それは素人の考えだ。
素人の高校生だ。
そいつらは、言うなればクラスの中で、ただ、はしゃいで騒ぎ、目立とうとする奴だ。
そんなものは、元気な奴なら誰でも出来る事なのだ。
俺は、そんなものには興味はない。
もし、俺が自慢できるものを持っているとしたら、絶対に自分からは言わない。
誰かに見つかるまで、じっくりと待つのだ。
チラ見せさえしない。
じっくりと待っている間に、俺の中で「自慢」はしっとりと濡れて「熟成」し、不思議と香り出す。
その微かな変化に、誰かが気づく。
そんな敏感な奴は、得てして有能な奴である事が多い。
そいつが言う言葉には、力がある。
説得力、持続力がある。
ゆえに、その自慢は、自慢ではなくなり、オーラ、雰囲気として、俺の背後に漂い続け、
勝手に、あいつって只者じゃない感が、生まれるのだ。
しかし、気づかれない事だってある。
でも、それはそれでいいのだ。
大したものじゃなかった、その位のものだった……という意味なんだ。
多くの犠牲を払って手にするからこそ、輝くもの、それが「自慢」だ。
この「ギル2」は、必ず、香り出すレベルのものだから、今、あえて言う事など、愚の骨頂である。
俺は、ただ静かに何もなかったかのように、いつも通り、退屈そうな顔をしながら、窓の外を眺める。
例え、心と体の一部が、エレクトしたりパレードをしていたとしても、クールでいるのだ。
蘭子とカズチカの二人は、さっきの俺に漠然とした疑問は抱きながらも、話しを戻してきた。
「ねぇ、樹ってば!さっきのお店だけど、行ってくれないワケ?」
「ああ、悪い。今日はマジで無理になった。今度、開けとくから、一緒に行こうぜ」
「…わかった…約束だよ」
蘭子は両手を後ろで組み、少し首をかしげて俺を覗き込む。
ふっ…可愛い奴だ。
そういうポーズは、家で練習するのか?
この角度はちがうなぁ…もう少し傾けて、つま先とかも上げちゃおっかな?…とか。
良いじゃないですか…バッチリ成果が出てますよ。
「ああ…約束だ」
俺は、仕方ないな…というアピールをしながら、軽く息を吐いた。
こういう駆け引きが、女の子は好きなんだ。
あえて、仕方なく付き合ってやるのが、クールな男ってものだ。
本当は、俺も気になってる。
気になってるんだよ、蘭子ちゃん!
りんご飴?アメリカ発?
なんだそれは…?
りんご飴なんて、変化のさせようがないじゃないか。
飴でりんごを包んだだけだよ?
どう変化させたの?アメリカーナは?
だが、あいつらの発想力はあなどれないからな。
シンプルじゃないだろう。
ただ、りんごが美味しいのは日本だ。
日本のりんごは、世界一と言っていいくらいの、質だ。
そりゃ、アメリカを代表する言葉のひとつに、「アップルパイ」があるが、
味がどうのこうのではなくて、あれはアメリカの象徴のようなものだろう。
それが、りんご飴…!?
気になる。
がそれは隠して……あえて、蘭子のワガママに付き合うんだ、冷静さを失うな、俺。
放課後になり、俺は急いで、学校を後にする。
早く、パソコンの前に座って、「ギル2」のサイトを開きたいんだ。
でも、走りはしない。
クールな男、冷めた男は、走らない。
決まっている事だ。
早歩きもしない。
もっての他だ。
いつもより、少しだけ早めに足を動かすが、ふと立ち止まって、空を眺めたりする。
余裕をのぞかせるんだ。
自然の良さが、わかるとアピールをしておく。
誰にアピールするかって?
未来の誰かさん…にさ。
別に今、誰かが見ていなくても、構わない。
この意味不明にしか見えない行動でも、何度も繰り返しておく事で、いずれ意識せずとも自然に出てくる事になる。
その時の、自然さが、非常に重要なんだ。
ああ、この人、きっといつも、こうやって空を眺めてるのね……ロマンチッカーな人…ぽっ。
っとなる人が、いる事だろう。
なんたって、女は空が好きだからな。
この行動は、その時のタネだ。
男はタネをまく生き物なんだ。
だから、急がず、騒がず、いつも通りを貫く。
家に入ると、階段を駆け上り、自分の部屋のドアをあけて、パソコンの電源を入れ、立ち上がる間、
ベッドに顔をうずめて、
「っっしゃおおらーーーー」
と心の叫びを、もう一度吐き出しておく。
でないと、嬉しさのあまり、キーボードを叩き壊してしまってもおかしくない。
まったく、若さというものは、厄介なものだな。
俺は、パソコンの前に座り、もう一度、メールを開いた。
間違いなく、参加当選のメールだ。
そのメールからサイトを直接開くと、
「ギルティ&ギルド」の、正式メンバー登録の画面が映し出された。
登録を終えると、今後の軽い説明に移った。
その内容によると、明日、コントローラーとしての役割を果たすものが、届くらしい。
「ブレインリンク」と呼ばれる、ヘッドギアのようなものだ。
それを使い、キャラクターである「チェイサー」と自分の脳を繋ぎ、思考と感覚で、操作するのだ。
この情報も、サイトには元々載っている事だった。
だが、「ギル2」の情報というのは、ほとんどネット上には出されていない。
あくまで、シュラの世界の中だけで、開示されるものらしい。
情報を漏洩したら、参加資格を剥奪され、補償金も失う事になる。
そのくらい、秘密の多いゲームなのだ。
要するに、本番は明日だ。
ひとまず心を鎮めるために、まだ16時だが俺は寝る。
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