視線
いや…いくらなんでも、考えすぎか…
俺を殺したところで、こいつらにメリットはない。
メガネは、イカれている事はハッキリしているが、理由なき殺人に手を染めるほどではないだろう。(願望)
そうであってくれ。
しかし、コーヒーには口はつけないでおく。
俺は、用心深いんだ。
長男だし。
無難を好む。
俺は、コーヒーカップを置き、部屋を見回した。
別に意味はない。
手持ち無沙汰なだけだ。
蘭子…早く戻ってこい。
「あなた…名前は?」
みやび様が言う。
「樹……桜木 樹だ」
こういう時は、必ず先に名前から言って、フルネームを言う方が雰囲気でるよな。
「ふーん……そう……
私は、雅……楠瀬 雅。
そして彼女は、暦……火巡 暦。
よろしくね」
「ああ」
順序を守っているじゃないか。
わかってるな……みやび様。
「桜木……さっきコーヒーを飲む時、何か考えてたわよね?」
「え?」
「コーヒーを飲もうとして、何かを考えて、飲むのをやめたでしょ?」
「…」
「どうして?」
なんで、みやび様はそんな事を聞くんだ?
さては……あの暦の視線には、やっぱり何か意味があったんだな?
よし、ここは俺の考えをみやび様に伝え、こいつは只者じゃない感を出して、二人にアップかましとこう。
「ああ、その事か?
ふと、嫌な予感がしたんだ」
「嫌な予感?」
「そうだ、さっき本を納めている時に、本の題名が偏っている事に気づいた。
事件や、殺人がらみにな。
それに、暦の怪しい行動から、少し警戒をさせてもらったんだ。
俺には、死に戻りの能力はないからな」
「……」
みやび様が、矢を射るように俺を見つめている。
死に戻りは、余計だったか?
俺は、人に見つめられる事に慣れていない。
女の子には、特にそうだ。
なぜか、俺のいやらしい考えが見透かされてしまう気がする。
そんな事は、考えていないが……
いや、少しは考えているが……
いや、半分以上は、それで埋まっているが、そんなのは、男として正常な思考だ。
だから、本当ならここで、すぐに目をそらすのだが、今はアップをかましている最中だ。
ここで目をそらすのは、効果的じゃない。
でも、恥ずかしいは、止まらない。
ロマンティックも止まらない。
だが俺は、目を見つめられない時の裏技も心得ている。
それは、相手の眉間を見るのだ。
そうすると、相手は目が合っていると錯覚するらしい。
だから、俺はみやび様の眉間を見つめ返した。
……綺麗な眉間だ。
シワひとつなく、冬空のように涼やかだ。
眉間が綺麗だと思う事なんて、あるとは思わなかった。
初めての経験だ。
バージン眉間だ。
なんか、恥ずかしいな。
眉間は見ずに、少し上の額を見る事にしよう。
さほど距離は変わらないだろうから。同じ効果があるだろう。
……しかし、綺麗な額だ。
前髪がある為に、全てが見えるわけではないが、透けて見える部分だけでも十分綺麗だとわかる。
広くもなく、狭くもない、丁度いい額。
だが、もしあの前髪を全て上げたら、額に邪眼が開いたとしたら、どうしよう。
そうなると、俺はみやび様の目を見ている事と同じなんじゃないだろうか?
それだと、恥ずかしいな。
少し視線を落とそう。
口でも見るか。
……綺麗な唇だ。
みやび様は色白だから、薄い桜色の唇が、より赤く見える気がする。
唇は若干、厚めになっている。
クールな印象の顔立ちだが、少し厚めな唇がアンバランスさを引き出し、
そのギャップが魅力へと昇華されている。
そういえば、唇の色と乳首の色は同じだと何かで見た気がする。
ってことは、みやび様の乳首の色は……
これは、完璧に恥ずかしいな。
俺は窓の外を見た。
少し、夕暮れに向かい出した空の青だ。
懐かしさと、悲しさを混ぜた空の色。
耳をすませば、豆腐屋のラッパが聞こえてきそうだ。
………ちょっと、待て…。
俺は、今、完全に目を逸らしている。
やるじゃないか………みやび様。
俺に、見つめる事さえ、許さない気か?
悪くない。
どうやら、俺には下僕の素質があるようだ。
さっきから、ずっと心で『みやび様』と呼んでしまっているし……
だが、嫌じゃない。
暦よ……お前の気持ち、少しだけわかる気がするぞ。
勘違いするなよ…少しだけ…だからな。
結果、俺は視線をあちこちに移しながら、完全にうろたえているように見えただろう…
しかし、みやび様は、
「……桜木……合格よ」
は?
俺は、何かに合格したらしい…
下僕にか?
感想と評価と、皮肉を食らって生きてます。
よろしければ、どうぞ。




