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憂鬱じゃない月曜日 ver1.5 ~Here We Go~

「我が名はフレ……んぐ、もぐっ、イヤ。このっ、うまっ、あっうまって言ってしまった、このユグドラ汁……ズゾゾッ、騎士団にっ、特別な……ごっくごっく、クエストっ……あー……もう一杯」

「フレイヤはそんな下品な子じゃないしっ!」


 酒を飲みながら飯を食いながら、ついでに事情を説明しながら。フレイヤが三つの事を同時進行でやってくるので下品で汚くてどうしようもない。


 あのねフレイヤはね、そんな設定じゃないの。ていうかビール飲んでポトフ食いながら喋るようなキャラじゃないの。わかってるこのフレイヤ? わかってるなら反応して欲しいんだけど、したんだよねこいつ。


 ゲップで。


「ころしてやるうううううううううう!」


 思わず前のめりになり拳を構えるが、他の面子に取置されられる。 


「まぁ落ち着け下級団員よ。団長の奢りだ、たんと食べるがいい」

「団長は俺だって!」


 机を思い切り叩きつけて抗議する。団長は俺で、フレイヤは誰かわからないがとにかくまぁ中に入っている。だがこのギルド、ユグドラシル騎士団の団長は間違いなく俺だ。断じてそこの誰かわからないフレイヤではないのだ。


「……いや?」


 ないのだ。ってなんでいやっていうんだこの人。


「え?」


 だから団長は俺だって。なぁ、みんな。


 あれ、なんだなんで全員首を傾げているんだ。おかしいだろ俺だよ団長俺俺。


「あ、本当だ」

「でござるな」

「ですね、団長はこちらのフレイヤさんみたいです」


 オラジオがぽんと手を叩いた後、続くそぼろ丸と楓さん。徐々に気づく皆々様、取り残されるは俺一人。


 あ、やばいわかってしまった。確かに団長は、俺じゃなくフレイヤだ。もっと正確に言うならば、ロキではなくフレイヤ。


 ネトゲによって差異はあるが、オンラインゲームでは同一アカウントの別キャラクターが別のギルドに所属出来るという仕様がある。アカウント単位ではなく、キャラクター単位で判断するわけだ。


 そして今の状況。ユグドラシル騎士団を作ったのは俺のアカウントのフレイヤというキャラクター。後から作ったサブキャラのロキは、あくまでフレイヤの作ったユグドラシル騎士団の下っ端メンバー、という扱いになってしまう。マスター、サブマスターの権限も当然のようにキャラクター別。


 つまりこのギルドの団長は、そこのどこの誰だかわからないフレイヤという事になってしまう。


「エセ団長」


 なぜか嬉しそうな顔で人の肩に手を乗せてそんなことを言い出すマリナ。こんな時に人のことを煽りやがって、俺がギルドマスターの権限が使えていたら絶対に除名してやるのに。


「まぁともかくだ。この異常事態を解決すべく……我は貴様らにクエストを頼みに来たわけだ」

「なら肉じゃがいらない?」

「いるしっ!」


 異常事態、解決、クエスト。そんな重要な話題を口に出したというのに、彼女が口にするのは肉じゃが。おのれマリナめ酔ってる勢いで散々っぱら甘やかしやがって。


「えーっと、なんだ? とりあえずこのフレイヤちゃんってのは、俺らの知ってる団長が中に入っている訳じゃないんだな?」

「中の人など居ない。我こそはフレイヤなり」

「あ、うん……」


 マリナの質問に対して、はいかいいえではなく電波的な解答で返してくれたフレイヤ。思わずマリナでさえ口ごもってしまう程度の不可解さ。そりゃネトゲやってれば耳にするセリフではあるけど、


「で、団長はどうするつもり?」

「どうするも何も返してもらうよ? 俺のフレイヤを返して貰うからね?」


 オラジオがそんな事を聞いてきたが、どうするも何もまず最初にして貰わなければならないのはキャラクターを返してもらう事なんだけど。


「いや、フレイヤは我だ」


 肉じゃがを飲み込んでからまた意味不明な事を言い出すフレイヤ。いやもう本当ぶん殴ってるようん俺の考えたさいきょうのびしょうじょキャラじゃなかったら。


「天然こえーな、会話成立してねぇぞ」

「本人が気づいてない所本物の天然だよね」

「じゃあ……帰ってくれる? 肉じゃがもうないし」


 空になった皿を奪い取れば、不満そうな目でこっちをじっと見つめるフレイヤ。かわいいよね、やっぱり俺が作ったからね。顔と体型はね。


「……帰るも何も、こここそ我がギルドルームだ」

「いや、そうだけど」


 そうなんだけど、俺達はフレイヤが誰なのか知らないのだ。素性がわからないタダ飯ぐらいをこんな状況で信用する俺達じゃないし、何より俺達は異常事態解決クエストなんてものに興味はない。それはもう満場一致で、やりたい人にやってもらうという結論に達していた。


 なんだけど。


「気に入らない奴は除名してもいいらしいな。よかったなロキよ全裸でレベル1からこの生活とは楽しそうではないかはっはっは」

「あ、ちょっと待ってそれは困る!」


 思ったより横暴だった。違うよ本当フレイヤはこう結構クール目な感じだけど根は優しいとかそういうのなんだよなんでだよ前がよく見えないよグラサンのせいかなでもこのグラサン尋常じゃないぐらい濡れてるぞ屋内なのに。


「うっわエセ団長かわいそー」


 本気でそう思うならやめて欲しいんだけどその言い方。無理だよねマリナはニコチン中毒だからね。


「ではクエストを」

「その、説明の前に幾つか質問してもいいかな?」


 小難しい事の前に、すっと手を伸ばして割って入ったオラジオ。その顔は、いつになく真剣だった。


「ふむ、よかろう」


 団長様の許可が出た所で、オラジオは咳払いをしてから話を進めてくれた。やったぜウチの頭脳担当、こういう時の判断力は随一だ。


「フレイヤ……さん? はNPC?」

「我は我だ」

「クエストをうちに頼みにきた理由は? 六人しかいないってのは不利だと思うけど?」

「ここが一番強いからだ。数よりもそっちの方が重要だった」

「解決すべくって言ったけど……こうなった原因、もしかして知ってる?」

「当然だ……だが話す義理は無い」


 矢継ぎ早に繰り出された質疑応答の結果、こいつにまともさを期待するのはお門違いだということ。


「団長さんに信頼されてて嬉しいよ」

「はっはっは、そうだろそうだろ」


 もう一つ、皮肉が通じる知能は無いってこと。


「で? そのクエストってのは?」


 まだやるとは決まった訳ではない。んだけれど、新しいクエストと言われたならつい耳を傾けてしまうのがネットゲーマーの悲しい所。聞くだけ聞くだけ、やるだけとは言ってないよ。


「簡単に言えばボスラッシュだな。得意だろうそういうの」


 ボスラッシュ。歴代ボスと順番に戦って勝ち抜け! みたいなの。煩わしい雑魚戦がなくなるので結構好きな人が多いんだけれど、盾職はわりとミスったらそこで試合終了なので胃が痛くなる素敵な仕様。ちなみにうちのギルドの盾職は俺しかいない。やったね。


「幸いここはヒマを持て余しすぎてレベルがカンストしているような連中ばかりだ」


 フレイヤはそんな暴言を履いてから、ゆっくりと立ち上がる。それから自分こそが団長だと言わんばかりに腕組なんかしてギルメン達の周りをゆっくりと回り始める。


「ふふっ、最強ではないか我がギルドは。傭兵レベル100、魔道士レベル100、忍者レベル100、巫女レベル100、銃士レベル100、戦士レベル1……」


 マリナ、オラジオ、そぼろ丸、楓さん、きゅらさん、俺。


 俺、戦士レベル1。あと全裸です。


「待て貴様、レベル1ってなんだ」

「お前のせいだよ殺してやるうああああああキャラ返せよおああああああああ!」

「落ち着けって裸の方の団長!」

「あっ何その言い方! 好きで裸なんじゃないしズボン履きたいだけだしっ! 履いたら裸じゃないしっ!」

「あ、その話なんだけど団長……」

「どうしたオラジオくん!? 今大事な話をしているんだけど!」


 そう、裸とは何か。好きで裸でいることと、仕方なく裸でいることの境界線はどこにあるのか。はたして同じ条例的なもので捌いていいのか。そういう社会的な事情について深く切り込む予定だったのにそれより重要な事実があるのか。


「今、着替えられないみたい」


 あったわ。


「ほらこれ、倉庫漁ったら似合いそうなのあったんだけど……とりあえず受け取って」


 そんな事を言いながら、オラジオは一着のスーツを手渡してくれた。特にこれといって面白みのない、2つボタンの濃紺のスーツ。シャツも普通。ネクタイは赤。そんなありふれたスーツなのに。


「あ、ああ……あんなに着るだけで憂鬱になったスーツが今はなんと嬉しい事か……」


 俺の目には涙が浮かんでいた。


 服が着れる。たったそれだけの事が、たまらなく嬉しかった。


 袖を通す。少し小さいけれど、前のボタンを一つ閉じネクタイをキュッと上げる。気分はまさにフレッシュマン。男の戦闘服を身にまとった、グラサンアフロがここにいいる。


 振り返れば、拍手をしてくれる仲間達がいた。俺は涙を拭ってから、ゆっくりと顔を上げ、素直な気持ちでこう聞いた。


「似合ってるかな、みんな……」




 ――全部爆発した。




「えっ」


 シャツも上着もスラックスもネクタイも靴下も革靴もベルトもタイピンも。全部漏れ無く大爆発して吹き飛んだ。


 そして俺はここにいる。ゴールデンサンシャイン。太陽のように輝く股間を持った、全裸の俺がここにいた。


「やっべ変な所入った!」

「忍法はや脱ぎの術でござる! はや脱ぎの術でござる!」

「ちょっと笑わせないで下さい、お酒もったいないじゃないですか」


 むせるマリナ指差して腹を抱えるそぼろ丸吹いた酒の心配しかしていない楓さん。なんなのこいつら。なんで俺の気持ちわかってるのか。わかってないよね。俺だけだもんね全裸。


「……ね?」


 オラジオだけは俺の肩に優しく手を乗せてくれた。ごめんねスーツ無駄にして。そう言いたかったのだけれど、憔悴しきった心は口を動かさせてはくれなかった。


「なんだ知らんのか貴様ら。身だしなみは人間性の顕現だぞ」

「あーはいはいフレイヤさんお口にケチャップついてますからねー」

「ふふん」


 なんでケチャップ拭き取られながら得意げなんだよお前は。ふふんじゃないよ全く。


「しかしどーするよ? 団長には部屋掃除でもさせて六人でいくか?」

「いや、それは却下だ。人手は多すぎる必要はないが、七人は最低条件だ」

「じゃあ募集する?」

「それも却下。秘密を知る人間はこれ以上増やしたくはない」


 マリナとオラジオの案はあえなく却下。俺のお掃除当番も駄目人手募集も駄目とくればはやるべき事は決まってしまった。今ある手札でやらなければならないなら、もはや選択の余地など残されていない。


 というわけで。


「皆の者……レベリングだ!」


 人によってはとっても楽しい、ほとんどの人はそんな好きじゃない。




 楽しい楽しいレベル上げの始まり始まり。

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