憂鬱じゃない月曜日 ver1.4 ~Eat Eat Eat~
「しっかし、混んでたな……」
取引所の混雑状況など、神殿に比べれば屁でも無かった。言ってしまえばそれは当然の事である。そもそも取引所にいた連中の半分は死んでるし、フィールドからは次々と死人が送られてくるし、きゅらさんもまた殺ってるような気がする。
というわけで人人人。意外としっかりしてる人からうつろな目で動かない人までいろんな人の見本市。それをなんとか三人ですり抜けて、ようやく深呼吸が出来る場所まで出ていた。
「団長、大丈夫でござるか?」
大丈夫。その質問の意図は、死んだかどうかではない。それよりも重要な事を俺達は目撃してしまっていたから。
「ああ、大丈夫……すこしびっくりしただけだから」
フレイヤは俺の本来のキャラクターだ。言わばメインキャラという奴だ。というか本来なら、俺の所持キャラはフレイヤだけだ。ゴールデンサンシャインだかが無ければ俺だってこんな事にはならなかったのに。
「垢ハックされたんですかね?」
「それだったら俺ここにいないじゃん」
「ですよねぇ」
垢ハック。正式名称はアカウントハック。ハッキングなんてごく普通の生活をしていればマンガの中の世界の話かもしれないが、ネトゲをやっていればそこまで珍しい事でも無かったりする。ちなみに盗まれるのはゲーム内の金とかアイテム。そんなものって思う人もいるかもしれないが、これがなかなか金になったりするらしい。
しかしキャラクターそのものを盗むことは出来ないし、そもそも垢ハックはログインしている間は絶対に出来ない。となると別の方法だが、はっきり言って思いつかない。
「ま、気を取り直して」
考えるだけ無駄だと思った俺は、気持ちを切り替える事にした。若干無理やりだけど、出来る範囲では自然に肩を竦めながら。
「ズボンの事でも考えようか。ビールでも飲みながらさ」
フレイヤの事が気になるのは事実だが、それは考えたってどうしようもない、どこに行ったのかすら見当もつかない。だから俺が考えるべきなのは、とりあえずはズボンの事。通称先送りだが、それがいい時だってある。
「団長のそういうところ、皆好きでござるよ」
「照れちゃうね」
肩を竦めて歩いて行く。さあ帰ろう我が家へ。少し荒れた街に吹く風はなかなかに気持ちのいいものだった。
特に、股間とか。
「おーっすみんなかえったぞー」
ギルドルームへの扉を昭和のおっさんみたいなセリフを口にしながら開けてみると、漂ってきたのはアルコールと肉の脂の悪臭だった。
あと、目に飛び込んできたのは。
「ふっ、海千山千幾億越えて肥えてきた我が舌を喜ばせようなどとは見上げた根性……ローストチキンどもよ我が胃袋に収まる事を光栄に思うが良い」
うん、いつも通りの俺達がいた。いつものように飯を食って、そいつを酒で流し込む俺達だ。いや、いつもとは少し違うか。なにせあのきゅらさんが、机に突っ伏している。これは異常事態だ。
「はいここで一気飲みー!」
「……やすい酒だな。だが飲み込むにはちょうどいい」
文句を言いながら、ジョッキを机に置いた俺。
そう、そこにいるのは紛うことなき俺の姿。
ああ本当に、疑いようなんて無い。こうやって見るのは本当によく覚えている。これこそ俺がよく知っている光景だ。
「おいおいきゅらさんヤバイんじゃないの? アル中の汚名返上しちゃう?」
「くそっ、リーマンの頃から飲み負けたことは無かったのに」
俺達がいた。俺の目に映る四人。少し外れた所で楽しそうに眺めているオラジオ。酒に溺れているきゅらさんに、一気飲みを煽るマリナ。それから俺がそこにいる。飯食って、アホ面下げて酒を呑む俺。
――フレイアがそこにいた。
「あ、団長おかえりー」
「おかー」
赤ら顔のマリナと素面のオラジオが俺に手を振ってくれる。フレイアは何一つ気にせず、酒を飲み続けるだけだ。この状況をまともに理解していない二人を見て、思わず溜息が漏れてしまう。
「あれ? キャラチェンジできたんじゃないの?」
オラジオの疑問がおそらく正しいのだろう。俺がキャラチェンジできてフレイアとして戻ってきました。それが通常のゲームなら不思議ではないだろうが、いまはもうそん状況じゃなくなっている。わかっているのかなこいつらは。
「団長が二人、いや三人いる……」
「それは飲み過ぎ」
珍しく酔いつぶれているきゅらさんは、うつろな目でそんな事を言う。
「肉」
「肉ばっかだな団長」
「あと芋」
「団長ポテチ大好きだもんな……」
マリナと言えば、フレイヤにひたすら肉と芋と酒を与え続けている。いやまぁ肉も食べたいしポテチも好物なんだけど、さ。
「いや……団長は俺だよ!」
二度見するギルドメンバー達。フレイヤ、俺、フレイヤの順番だ。俺はここにいるのだから、そこで満足そうに飲み食いしているフレイヤを見て。
「誰っ!?」
ようやく至極まともな反応を、全員揃ってやってくれた。