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憂鬱じゃない月曜日 ver1.3 ~Dear Me~

 ――そう、伝説。




 ゲームの中での話じゃない。語られるのは古びた絵本の中じゃない。語ったのは俺達だった。場所は掲示板にSNS、ついでにゲーム内チャット。二年前の秋の大型連休に合わせて用意された史上最悪のイベント『白銀の骨を求めて』。


 その難易度は、まさに悪夢。


 物理攻撃力トップクラス、即死攻撃多数、全体即死攻撃五種、即死デバフ三種。HPはたったの10だが、防御力がカンストしているため火力とバフを積んでも与ダメは1が限界で、攻撃タイミングは60秒のうち1秒のみ。


 まさしくパズルのように正確に手順を踏まなければ全滅というヌルゲーマーから廃人まで、漏れ無く心をバッキバキに折りまくったレイドボス。こいつのせいでログインする気力の無くなったO.Z.Oプレイヤーは連休の予定がゲームから旅行に変わったという伝説のリア充製造機。




 曰く、スカルドラゴンさんのおかげで彼女が出来ました。


 曰く、スカルドラゴンさんのおかげで家族と仲直り出来ました。


 曰く、スカルドラゴンさんのおかげで就職出来ました。




 ――ありがとうスカルドラゴンさん。伝説のエネミーだ。




 俺達? 三日目で倒したよ。 


「楓さん!」

「ここにいますよ」


 名前を呼べば、俺達はもう並んでいた。


「三体一だけど……いけるか、二人共」


 片手落ちなんて状況じゃないが、必須の忍者と巫女がいたのは助かった。それにこの伝説は、もう二年も前の伝説だ。


「ま、大丈夫でしょう」

「拙者もでござる」


 俺達は強くなった、いや強くあり続けたのだ。たった半日のアップデートで、半年かけて作り上げた武器が二束三文になるオンラインゲームの世界。そこで掲げ続けた最強の二文字は、伊達だとは言わせない。


 二年経った。


 山程の武器がゴミとなった。仕様など何度変わったか覚えちゃいない。レベルキャップは何度も外れた。それでも俺達は、まだ最強なら。


 戦える。二年前の伝説と、たった三人しかいなくても。


「……よし」


 見上げた白骨竜の眼窩は、吸い込まれそうなほど黒くおぞましい。どんなグラボを使うより、リアルな脅威がそこにあった。ここにあの悪魔がいる。


「お待ちなさい、ユグドラシル騎士団」


 だが戦う意志を捨てていなかったのは俺達だけじゃなかった。膝を震わせながらも、気丈な声でムチをしならせるB.Jに遮られる。


「行ったでしょう? 私の国は」


 そして、真っ直ぐと指を刺す。狙うは不気味にうごめいた、額に宿る脳だけだ。




 ――来た。




 カウントを数え始める。


「スカルドラゴンよりつよ」


 俺達はすんでのところで、薙ぎ払われた巨大な尻尾を回避した。55。ちなみにB.J様は吹っ飛ばされて壁を突き抜けてしまっていた。壁の後が人型なあたり、リアクションも昔風だ。


「死ぬのは良いけど痛いのは嫌だな」


 52。死屍累々となった広場を見ながら、自然とそう呟いていた。残ったのは半分ぐらいか。耐えられなかった人間は漏れ無く死体になり果てて、耐えた連中は箒ではかれたゴミのように建物の壁に寄せられた。


「同感です」


 死ぬのはそう悪くなさそうだが、全身複雑骨折は避けたい。51。おかしな理論ではあるが、俺達は本気でそう思ってしまった。死ぬのは随分と気楽そうに思えたから。


 50。


「行こうか」


 吹き出される獄炎の息。縦と横、二択の攻撃だ。


 安置は斜め。まずはそこまで避難を始め、身長に見極める。来た、縦。来るのは尻尾、爪、横ブレス、尻尾、飛翔、ブレス、大咆哮、範囲ブレスで48。


 俺達が動くのは、横薙のブレスからだった。それまでは回避に専念。




 ――焦るな、時間はまだ40秒もあるじゃないか。




 二回目の尻尾、ほんのすこしだけの足元の安全地帯。全員で滑り込めば、楓さんが呪文を唱える。飛ぶ竜だが、その下にはいられない。俺達はよじ登り、同じように空へ飛んで行く。


 20。そぼろ丸は毒の苦無をありったけ骨髄に打ち込んだ。これで大咆哮のダメージを無効化出来る。俺だけは先行して、上へ上へとよじ登る。


 8。耳をつんざくような轟音が、この街に響き渡る。だが、登り続ける。間に合うために。


 5。真下へと放たれる最大級の爆炎を見過ごす訳にはいかなかった。街まで焼かれるなど、誰も望んでいやしない。


 そのために楓さんがここにいた。クールタイム50秒、持続一秒の防御陣。吐き出された炎を空中で全て無効化する。


 3。全身の骨が足元から割れ、花弁のように開かれる。骨を通る管からは水蒸気混じりの煙が一気に噴出されていく。


 2。下から咲いていく骨の花は、もう腰まで達していた。


 1。まだだ。まだだまだまだまだまだまだ。




 ゼロ。


 むき出しの脳が露出する。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 振り下ろす拳が、弾力のある脳にめり込む。まずは一発。これよりしんどい攻撃を、あと九発やればいい。


 なに、これぐらいは楽勝さ。




「ところで団長、そのキャラレベル1では……」

「あ」




 楓さんの言葉に俺は思わずマヌケな声をあげていた。ダメージは、入ってないみたいだ。入っているならスカドラゴンは地面に叩きつけられるはずだから。


 だが今回は、違う。火力不足を知らせてくれる、二回目の大咆哮が街に響く。


 ああ、そうだった。


 俺のこのキャラクターは、二年前の俺よりも余程弱いのを忘れていた。一斉に振り落とされた俺達は、無様にも高高度から落下していく。


「団長どうしてそのキャラレベル上げてなかったんですか?」

「だって男の尻眺めても面白くないし……」

「色に溺れたわけでござるな」


 うるせぇよ二人共女キャラで好きな事言いやがってよ。ともかく俺達の記念すべき死亡は飛び降りになりそうだ。下が痛そうな物で溢れるのは嫌だったので、見なかったことにしよう。だから俺は何かこう綺麗な形の雲とか、どこまでも続く山々とかそんな物を眺めようと心に決めた。




「遍く世界に漂いし精霊の御霊よ」




 だが、一際高い城の見張り塔の上に、一人の聖騎士が立っていた。その矛先は白骨竜。流れる白銀の髪の毛は、吹きすさぶ風に乱れている。


「我が声に応え給え。その身が善であるならば、その身を以て願いを叶えよ」




 ――ああ、その手があったか。




 アップデートが繰り返される度、当然のように使えるスキルだって増えていく。思いつくべきだった。聖騎士用の、いわゆる超必殺技。本来の使い道は、強制的にダメージを与えて敵をひるませるのが目的だ。仲間の危機を救うため、温存すべき必殺の槍。


 特徴は、強制多段ヒット。体力の多い敵にダメージは期待できないが、こういう硬い敵には鬼のような強さを誇るスキル。


「――穿て、聖槍グングニル」


 放たれた槍は雲を割り、一直線へと進んでいく。決して射損なう事はない。減速など有り得ない。加速していくその槍が、空を舞うスカルドラゴンを貫いた。


 崩壊する体、落ちて来る数々白銀の骨。だが俺の目は、そんなものに興味はなかった。


「あれは……」


 塔の上の聖騎士は、戻ってきた槍を片手で受け止める。


 白銀の長髪をなびかせて、真紅な双眼はただ前を見据えていた。輝く白き鎧に、風になびく天使の翼。


 見間違えるはずはない。彼女の全てを俺は知っているのだから。いや、違う。


 この世界に限って言えば、彼女は俺の全てなのだから。


 その名は。




「フレイヤ」




 そこで終わり。


 俺は地面に叩きつけられて、意識も綺麗に消えてしまった。

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