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憂鬱じゃない月曜日 ver1.2 ~What's DISCO !?~

 オンラインゲームと普通のテレビゲームの違いはどこにあるだろうか。


 例えば同時に世界中の人とゲームが出来る。多分それが本質的な事だと思う。俺達は単なるプレイヤーで、同時に全員主人公。


 それでもそれはオンラインゲームを構成する要素そのものでもなかったりする。レイド、ID、レアなどなど。そんな多くの積み重なる要素の一つが、まさしくこの取引所である。


 ゲーム内のオンラインショッピングというよりは、ネットオークションの方が近いだろう。しかし購入は早い者勝ち、出品者が値段を間違えたらそいつが悪い。そんなネトゲの取引所は、どんなゲームでも大人気だ。廃人はレア武器防具にアバターを、初心者はクエスト用のアイテムを。効率って言葉がよく出てくるこの世界じゃ、取引所の存在は無くてはならない大人気スポット。


 というわけで、世界がこんな状態でも。




「うわー……これ全部取引所の列か」




 満員御礼長蛇の列。むしろゲームの頃はキャラクター同士が重なれただけひしめき合うことも可能だったが、今回はもう凄いことになっている。ずらっと並ぶ列の先に小さく見えるのは取引所のおっさんNPC。こいつに話しかけると取引所の画面が出てくるって寸法だ。


「基本混雑スポットでござるからな」


 というわけでおっさんの前に長蛇の列。しかも一人だけ。なんだかなぁと思わなくもない。


「それにしてもこの辺り、随分綺麗ですね。誰も暴れなかったんでしょうか」

「確かに。列も整然としているし……」


 楓さんの言う通りだ。ついさっきまでの暴動が嘘のようで、ここの連中はみな綺麗に二列で並んでいる。ところ変われば人も変わるなんて聞いたことがあるけど、それにしても徒歩5分でこの差は凄い。


「押さないでくださーい! 水はこちらの列、食料はあちら側になりまーす! 配給制ですので、心配しないでくださーい!」


 あぁ、なんだ。そんな感想が自然と漏れる。大きな立て札を持って、列を整理する人がいた。オレンジ色のパーカーっぽい上着を来て、一生懸命アルバイトみたいな事に精を出す青年風のキャラクター。見ればそのオレンジの服は彼だけじゃあない。


 何人、いや何十人かな。ともかく混乱が起きないよう、しっかりと指示してくれているらしい。


「いるんだなぁ、仕切る人」

「ま、いいことでござるな」


 きっとこういうやる気ある人達がこの世界の謎とかに挑むんだろうななんて勝手に思う。人は助け合うことが大事だとか、そういうお題目を実行しちゃうような人達。がんばれよなんて心で祈る。まぁ口には出さないけど。


「ところで楓さん……そろそろ金を」


 貸してくれませんか、と言おうとしてたのに。振り返ったらもういない。そぼろ丸と一緒になって辺りを見回せば、先に見つけたのは俺の方。


 ああうん、たしかその列は食料の配給の列。


「いやっ、あの何で並んで」

「だって……タダですよ?」

「はい」

「まぁ……タダなら仕方ないでござるな」


 実際の所、食べ物の心配を俺はしていなかった。ギルドルームに何故かあったから、ではない。このO.Z.O.は単純に雑魚を倒せば肉とか出るからだ。料理とかもあるから、まぁそんなに困らないだろう。というか楓さんの場合はその余りあるレベルで雑魚をダース単位で殲滅してくれば良いのにとか思う。巫女は回復系だけど、それでもレベル3とかの犬コロに負ける廃神様ではないのだ。


「とりあえずズボン買うか……ズボンの列ってあるのかな?」


 そぼろ丸にそう尋ねれば、無言で肩を竦められた。まぁ無いよね、わかってた。


「あのすいません、アバターっていうか服欲しいんですけど」


 意を決して、その辺で列の整理をしていたオレンジの服の男に声をかける。俺の見た目はあれだけど、助け合いの精神を持っている彼らなら受け入れてくれるだろう、うん。


「え? アバターは着替え」





「待ちなさい、セバスチャン! そいつらに渡すものは……たとえレシート一枚でも存在しないわ」






 突如割って入ってきたのは、甲高い女の声。子供とか少女とかっていうよりは女。そんな単語に固定されるような声だった。


「久しぶりねぇ……ユグドラシルのだ・ん・ちょ・う」


 まるで神話のように、波の代わりに人を割って彼女はハイヒールの足音を石畳に響かせながらやってきた。


 ――ボンッ。


 大きく突き出た胸はほとんど大事なところが見えそうなぐらい。ザがつくぐらいのエロアバター。彼女の血色の良い肌色に、赤い紐みたいな鎧は随分と映えていた。


 ――キュッ。


 くびれた腰からは悪魔の羽が生えている。別に悪魔ってわけじゃないけど、そういうアイテムなんだけどさ。


 ――ボンッ。


 尻っていうか股間はもう殆どV。後ろから見ると多分T。それかY。ほとんど紐。


 黒紫の緩やかなウェーブのかかった長髪に、情熱的な真っ赤な口紅。それからチャームポイントの泣きぼくろ。こんな印象的な人を、覚えていない方がおかしい。




 ――というわけで俺の知り合いじゃなかったとさ。




「そぼろ丸の知り合い?」

「いやちょっと拙者ああいう露出高い系は趣味じゃないでござるし……」


 だよね布ぐるぐる巻きにして目ぐらいしか露出してないくノ一が趣味だもんねそぼろ丸。それもどうかと思うけどさ。


「だまらっしゃい!」


 突如ムチを振り下ろすボンキュッボンさん。ちょっとキレやすい人かもしれないなんて思ってしまう。


「いい度胸ね? 私の前にやって来て、私の事を知らないなんて」

「いやズボン買いに来ただけですから……」


 おっぱいを寄せながら、顔をこっちに突き出しながら。ついでにムチの持ち手の部分でクイッと俺の顎を動かしながら、そんな事を言うボンキュッボンさん。いやほんとう、ズボン買いに来ただけなのに。


「ねぇセバスチャン……私の名前を言ってみて?」


 艶めかしい声を出して、艶っぽい吐息を漏らして。人差し指でそっとセバスチャンと呼ばれた彼の頬をなぞっていく。


「そしたらぁ……ごほうび、あ、げ、る」


 吹きかけられる吐息は、まさに天然の媚薬だろう。背筋をぴんと張り詰めさせて、壊れたラジオのように用意されていたセリフを突然まくし立てるセバスチャン。


「この方をどなただと思っている……この御方はあっ! オリジンツヴァイオンラインのトップ『クラス』ギルド、『ナイト☆フィーバー』の団長! B・J様であらせられるぞ!」


 トップクラスギルドの人だったか。けど、なんというか俺達はそこまで大々的に活動しているギルドじゃないので、そういうのはわからないというのが本音だ。しっかりやってるところはギルメンにノルマがあったり定期総会があったりするらしいけどそういうノリじゃないしなうちは。


「さすがねセバスチャン」


 うんうんと頷くB.J様。部下が思い通りの返答をしてくれて満足なのだろう。


「あ、思い出したでござる」

「そぼろ丸の知り合い?」

「いやそうではなく」

「もういいわよセバ」


 だがご褒美が欲しいセバスチャンは止まらない。彼は思い違いをしていた。テストの答案に書き込むほど点がもらえるという小学生でもしないような間違いだ。


「第一回タイムアタック大会ではあっ! 華々しい活躍をなされえっ! なんと、なんと……なんと『二位』! 二位という輝かしい成績を残した方であらせられるぞお!」


 ああ、うんわかったよセバスチャン。一位は俺達だから恨まれてるんだな。わかるようん、B.J様そういう視線さっき俺に飛ばしてたから。


「セバスチャン?」


 一瞬顔が曇るB.J様。きっと二位ってのはいらない情報だったんだろう。公衆の面前では特に。


「ネットに晒された回数百五十三! 姫プレイで潰したギルドの数は二十五! 一度SNSでスクリーンショットを晒せばああっ! 『いいねボタンの代わりに死ねボタンがあればいいのに』というアンチのつぶやきがいいね一万二千を超えたという政治家超えの人気っ! まさにOZOが産んだネットアイドル!」

「セバスチャン!?」


 凄い有名人だ。こんなエロマンガの表紙みたいな人がネットアイドルだったのか。怖いなOZO。


「住所は埼玉県鴻巣市北啄木鳥三条八丁目エンパウアーステイトパレス402号室父は銀行員母は専業主婦妹はもう結婚し二人も子供もいるのに『おねえちゃんいつになったら彼氏できるのと言わ」

「お黙りなさいセバスチャン!」


 突如セバスチャンを襲うムチの連撃。吸い込まれるよう尻にクリーンヒットする。痛そう、なんて思ったがどうやら間違えていたのはセバスチャンではなく俺だったらしい。


「ありがとうございます! ありがとうございますっ!」


 必死に感謝の言葉を口にしながら、恍惚の表情を浮かべるセバスチャン。


 ああうん、ただのマゾだったんだねこの人。


「この方は拙者達に大差で負けた二位のギルドの団長でござる」

「ああ、うん……わかったよ」


 今更そぼろ丸が正確な情報を耳打ちしてくれるが、もはやどうしていいかわからない。だってタイムアタック二位の人と言うより、マゾと残念な女王様なのだから。


「そこそこおっ! 無駄なおしゃべりしないっ!」


 空気と地面をムチで打ちながら、B.J様の有り難いお話が始まった。それよりズボンどこだろう。売ってないのかな。


「なーにがユグドラシル騎士団よ……あんたたちなんて所詮廃人の集まりじゃない! どんなズルをしたらその、その……限定アバターを!」


 限定、アバター。


 一瞬何のことだがわからない俺。あたりを見回しても、存在しない限定アバター。そぼろ丸のは普通に買えるやつだし、セバスチャンのパーカーの色は多分課金アイテムで染めたやつだし。


 そこで思い出す。むしろ視線が止まる。


 股間に。タイムアタックランキング一位限定のアバターに。


「え、ほしいのこれ……」

「黙れ下郎! B.J様は……アバターコレクターであらせられるぞ!」


 一瞬正気かなって思ったが、セバスチャンのまともな方の説明のおかげで腑に落ちた。コレクター。使うとか使うじゃない、ただ倉庫に隙間なく並んでいることが何よりも幸せという人種。


「そうよそうよ私はどんなに気に入らないデザインでもとりあえずは確保しておくアバターコレクターなんだから私は! タイムアタッククエストがあとからアバターになるっていうなら……もっと本気を出したのに! 悔しいっ!」


 地団駄を踏むB.J様。世の中には奇特な人もいるんだなと思ってしまう。むしろ俺としては今すぐこれを脱いで普通のズボンを履きたいぐらいだ。


「じゃあセバスチャン……お前の鎧と交換してよ」

「いやっ、いいっす。いらないっす」


 だよねうん普通にいらないよねこれ。


「ともかくっ! 私は恨んでいるのよこの破廉恥アフロ! くやしーっ! それも、トレード不可だなんて!」

「いやでも……男キャラじゃないじゃん」

「それは、その……」


 しばらく口ごもったり、つま先でのの字を書いてみたりするB.J様。それはもはや見えない持久戦だった。俺達がそれはともかくって言い出すか、それともその理由を口にするか。そんな根比べの勝負は。




「サブキャラの美少年に着せるのよ」




 俺達の勝利に終わったけど、駄目だこの人終わってるわ。


「あの、そんなことより俺ズボン買いに来たんだけど……」


 とりあえず用意していたそんなことよりを出してみたが、結局話は進みそうにない。


「言ったでしょう? あなた達に売るものは無いと」


 なんかもうずっと喋ってるなこの人とセバスチャン。このギルドも楽しいところなんだろうなきっと。


「いやなんの権限があってそんな」

「権限……!?」


 その横暴さに若干の腹を立てたそぼろ丸だったが、突き刺さりそうなぐらい鋭い目つきでそぼろ丸を睨みつける。


「いいこと忍者くん! 権限っていうのはね……自分で掴み取るものなのよ!」


 一応そぼろ丸のキャラクターは女なんだけど黙っておこう。多分話が長くなるから。


「昨日、この世界に引きずり込まれた時……確かに思ったわ。これからどうすればいいんだろう、どうして私がこんな目にって」


 ミュージカル映画みたいに、一度体を屈めてから幸せそうに両手を広げるB.J様。


「でも、気付いたの! ここにいればパパの視線も気にならないしママの小言も聞こえない妹の悪口なんてもってのほか! そう楽園! ここは私の楽園なのぉ!」




 ――子持ちの妹に結婚の心配をされる年になってパパとママ。




 その衝撃ときたらもう、ムチで叩かれるよりも凄い。


「ちなみに気付いたのは2秒後だぞ恐れいったか下郎共!」

「お黙りなさい!」


 この人らは幸せそうだなって思いました。


「そう、私は国を作るの……私達、ううんみんなのための天国を! だから私財をなげうって水と食料を取引所で集め、みんなに配ってるの。おわかり? わかったらさぁみんな、この旗の元に集まりなさい! そして失われた20年をこの世界で取り戻すのよぉ! 夜はディスコで五時から男! アッシーメッシー山程連れて輝かしい日々をこの世界に! レインボーブリッジを……あの空に向けて!」

「B.J様ばんざーーーーい!」


 突如湧き上がる歓声。まさか万歳三唱をこんな所で聞くとは思わなかった。


「ばんざーーーーい!」

「踊るわよおおおおおおおお!」

「うおおおおおおおおおおっ!」


 でも、これはこれで良いと思った。


 正直五時から男とか何を言ってるのかよくわからないけど、それでも皆楽しそうだから。こんな時でさえ、こんな時でこそ。皆で笑っていられるのは、得難いことだと俺は思った。




「あのぉ……でぃすこってなんでござるか」




 だがその瞬間、世界が一瞬で凍りついた。


「……やめなよそぼろ丸」


 聞いちゃいけないこと聞きやがって。ディスコってのはさ、そりゃ辞書で引いたら意味は出るかもしれないけどさ。B.J様にとっては在りし日の青春の象徴なんだよ。いまそれ知らないって全否定したからねお前。 


「あっしーめっしーって新スキルでござるか団長?」

「お前そういうの後できゅらさんに聞こうよ」


 きゅらさんなら教えてくれる辛さ、今はせめて黙ってようよ。


「というかそれよりB.J様……俺ズボン買いに来たんだけど」

「おだまりなさいっ!」


 あ、お呼びじゃないね俺。今ディスコのほうが大事だもんね。


「私達の楽園に……土曜休みが当たり前と思っているゆとり世代は必要ないわ!」

「いや土曜日は普通に休みでござるよ」

「ぐうううううううううううっ!」

「B.J様お気を確かに!」


 すごい自爆だ。忍者強いわやっぱり流石強職とだけ言われてるわB.J様の心臓にクリティカルヒットしてるわ。


「い……いいこと、ユグドラシル騎士団の諸君。私の楽園にあなた達の居場所はないのよ」

「ズボン……」

「そう、楽園よ! ヘェエエヴンよっ! ……あららあ? 学生さんに英会話で自分磨きはは難しい概念だったかしら?」

「楽園はパラダイスでござる」

「お前はもう喋るなそぼろ丸! 俺たちだって一歩間違えたらああなるんだぞ!」


 また言葉の手裏剣をB.J様に投げつけようとするそぼろ丸を全力で止めることにした。いいんだよあの人はあれでそういう夢をまだ見てるんだからさ。そっとしといておいてあげようよ鴻巣のおば……お姉ちゃんをさ。


「とにかくもう……出て行きなさい!」


 帰れコールが湧き上がったりしなかったが、それでも俺は目的のおズボンを買うことが出来なかった。心配そうにそぼろ丸が俺を見てきたが、その小さな肩に手を乗せる事にした。


 振り返らずに俺達は歩く。


 楓さんはまぁ無料の飯を手に入れたら帰ってくるだろう。


「いいこと! 私の目の黒いうちは、ユグドラシル騎士団なんて許さないんだからっ! ええそうよ私の国よ夢のように楽しくてスカルドラゴンよりも強いくに」




 突如、世界に格子が降りた。




 それは影。遮られた太陽の光が、地に落とした黒の牢獄。


「スカル……ドラゴンより」


 口は災いの元なんて言葉をつい連想してしまう。見上げた先には、伝説の白骨竜がいたのだから。


 羽ばたかずに降りてきたそれは、踏みつけた全ての人間を絶命させた。広場に集まった長蛇の列は、死者の列に姿を変える。




 ――吠えた。



 発声器官などありはしないのに、低く唸る竜がいる。三階階建ての建物より頭一つ抜けた、伝説がここにいた。

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