憂鬱じゃない月曜日 ver1.1 ~Conference of idiots~
「はーい、じゃあ第……何回? ギルド会議を始めまーす」
何はともあれ、楽しい飲み会の時間は終わりだ。そりゃまぁきゅらさんが昨日の夜言った通りそのうちなんとかなるだろうが、それでもそれまでの方針は決めないと行けない。その為の会議なんだけど。
「あー……気持ち悪いでござる」
「味噌汁飲みたいです……」
「久々ですよここまで飲んだの」
「だらしねーな全員。迎い酒ぐらい飲めねぇのかよ」
「いやきゅらさんザルすぎるでしょ……」
誰も聞いていなかった。
「諸君! 重要な会議だぞいや本当!」
立ち上がり机を思い切り叩けば、皆の目線が俺に集まる。
「じゅうよう……」
そしてその目線はそのまま下に降りて行ってある一点で静止する。俺もそこに目を下ろせば、やっぱりそこにはあったんだ。
光り輝く、男の股間が。
「全裸で言っても説得力ないでござるなぁ!」
「団長! なにか、何か履いてからじゃないと無理なんですけど!」
「ヒーッヒだめだこれ直視できねぇわやっぱ!」
返って来た爆笑の渦だが、笑わせたのではなく笑われたという事は十二分に承知していた。
「ああもういい、さっさと進めるからな!」
ので、無理矢理にでも話を進める。机の上に適当に残った料理をつまむしか脳の無くなった元頼れる仲間には、こういう手段をとるしかないのか。
「とりあえずこの世界に起きた事を調べたほうが良いと思う人!」
定番といえば定番の行動だろう。そもそもオンラインゲームってのは終わらない冒険なのだから、それこそ今みたいな状況は新しい冒険への門出だと思わなくもないんだけど。
「そういうの柄じゃないだろ」
マリナの言葉に皆深く頷いた。というか挙手数脅威のゼロ人。みんな心底どうでもいいらしい。
「そういうアニメみたいなことやりたがる人たくさん居ますし、任せたらどうですか?」
「さんせーでーす」
オラジオにつづいて、異議なしとかそりゃそうだとかそんな声が続いていく。
だよね、わかってたよこうなるって。第一この案、俺だって乗り気じゃないもん正直。
「あ、じゃあ狩りとか……」
「二日酔いで無理でーす」
「同じく」
「僕も」
マリナに続いて楓さんとオラジオが挙手、無言でそぼろ丸が挙手。きゅらさんだけは手を挙げないが、少なくとも反対多数になってしまった。
「だよねぇ」
というか俺もまだちょっと頭痛いから狩りとか実際無理っていうか。正直仕事をしなくていいという喜びのほうが強すぎて何にもやる気しないから今。
「とりあえず団長は何かズボン買いに行ったほうが良いと思う人ー」
突然マリナが大声を張り上げて、そんな採決を取り出した。
――結果は圧倒的多数。
さっきまで二日酔いに苦しんでいた俺の仲間は皆高々と手を伸ばしニヤつきながら俺を見てきた。
「はーい6対1ー」
もちろん1は俺。何だよもうこいつらさっきまで元気なかったくせにさあ。
「くそっ、ちくしょう……俺だけ全裸だからちくしょう……」
俺は泣いた。自分だけレアアイテムが出なかった時の何倍も泣いた。俺だって可愛いキャラクターになっておっぱいとかもみたかった。鏡みてうっとりしたかった。何なのこの仕打は、どうして俺がキャラクター変えてる時にこんな事になったの。
何したの俺。何もしてないよ? キャラクター変更以外は。
「まぁまぁ団長、私も一緒についていってあげますから」
優しく俺の肩を叩いてくれた楓さん。その優しさに思わず泣きそうになってしまう。いやもう泣いてるんだけどさ。
でも、わかったよ。
こういう時こそ助け合うんだよな人って。それが本来の人間の姿なんだよな。クズしかいないギルドだよなって思っていたけど、まだこの世界には良心が。
「サブキャラだからお金無いでしょう……貸してあげますよ、トイチで」
「……死ねばいいのにっ!」
そう答えれば、ゲラゲラ笑うクズばっかり。ああそうさ、ネトゲ廃人なんて連中はみんなこんなどうしようもない性格なのさ。
結局街に繰り出したのは、俺と楓さんとそぼろ丸の三人だった。オラジオ昼寝、きゅらさん飲み直し、マリナ喫煙でお留守番。好き勝手にし過ぎだろうという気もしないでもないが、かといって俺達に他にやるべきことなんて無いのも事実。
「そぼろ丸も悪いね、ついて来てもらってさ」
「拙者も外の様子が気になるでござるからな。それに……二日酔いには朝の散歩が一番でござる」
「あっそう」
人の優しさなんて信じた俺が馬鹿だったぜ。
それから三人で無言で街を歩いて行く。別に無言だからといって仲が悪いとかそういう事でも無い。話題がない、という訳でもない。そりゃそうだゲームの世界に連れてこられたんだ話し合う事は山ほどある。
だけどそれは、別に今じゃなくて良いように思った。また明日。その言葉を俺達は平気で言い合えたから。
それにしても、街は随分と荒れていた。今朝ベランダで見た風景がそっくりそのまま続いている。例えばあの屋根は変なところから進んでいくと登れるとか、有志の企画で行われたレースのチェックポイントとか。そういう場所が、見るも無残な形になっていた。
「こんにちは!」
「うわびっくりした!」
突然目の前にやってきたのは、初期アバターの弓兵だった。
「こ、こんにちは……」
恐る恐る返事をしてみても、弓兵は何一つ表情を変えやしない。目の前で手を振ってみても、特にこれといって反応はない。
「何か……用かな」
「こんにちは! こんにちは! よろしくお願いします! アッハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハ!」
突如笑い出す弓兵。しかしその顔は真顔のままで、もはや不気味さしか漂っていない。ちょっと可愛そうだなと思いながらも、俺はそいつをどかしてやった。
俺達は、別にいいさ。
好き好んでこのゲームを何千時間も遊んでいるから。しかし初心者なんてせいぜい興味を持った程度の存在。それがいきなりこんな事になったんだ、気が触れたって不思議じゃない。
「にしても凄い荒れようですね……」
「まあいきなりアニメみたいな事に巻き込まれたら……こんなもん?」
楓さんの言葉に肩をすくめて答えてみる。こんなもん。そりゃ一概に何がどうだとか人間の本質はどうだとか偉そうな事を言うつもりは無い。だからやっぱりこんなもん。自分の明日が不安だから、他者の今日はどうでもいい。そんなもん。
「……あれタイムアタック一位のアバターだよね」
道を歩いていると、通行人のうわさ話が耳に刺さる。そう刺さる。それぐらいこのゴールデンサンシャインは、伝説的な見た目なのだ。
曰く、運営ご乱心。
曰く、タイムアタック一位に課された罰ゲーム。
本当だよもう。
「うっそユグドラシル騎士団マジで? 初めて生で見たわ……」
「すごいな、あの……」
思わず俺は股間を手で隠してしまう。だが、無理なんだ。この太陽のごとき輝きは、指の隙間から漏れてしまう。
「全裸じゃね?」
「全裸だ」
「全裸……」
「股間光りすぎだわ……」
少しだけ歩く速度を早めれば、二人もついてきてくれた。でもそぼろ丸なんかは体中に巻き付いている黒い布を一切れだって貸してくれない。なんなのもう。
「やっぱり目立つでござるな」
「早くおズボン買わないと……」
もうこの際ブリーフでも良い。そんな気持ちと股間を抑えながら、俺はお目当ての場所へと急いだ。