憂鬱じゃない月曜日 ver1.0 ~Good Morning Fallin’ Angel~
目が覚める。見慣れた壁、見慣れた天井、見慣れた世界。だけど俺の部屋じゃない、ここは俺たちの部屋なのだから。
ギルドルーム。ついこの間までは、ここはあるはずのない場所だった。だがこの木の椅子の感触や、漂うアルコールの残り香は本物だった。
ちなみに広がる光景は死屍累々、飲み過ぎ食べ過ぎタバコ吸いすぎ。死体の数を数えてみれば、1、2,3でハイ終わり。足りない二つはマリナときゅらさん。どこにいるかな、なんて辺りを見回せばベランダの窓が開いていた。揺れるカーテンの隙間からは、煙草の煙が漂ってきている。
「朝の一服?」
「おう団長おはよう」
「吸うか?」
三人並んでベランダでぼんやりと景色を眺める。きゅらさんから差し出された葉巻を吸い取り、軽く吸い込んで見る。
おもいっきり咳込んだ。なんだこれ、タバコを吸ったことがない訳じゃないが、この煙たさは別格だ。
「葉巻ってのはな……ゆっくり口の中で楽しむんだよ」
「ふーん」
「団長、その姿だとめっちゃ葉巻似合ってるぜ」
「マリナはそうでもないけどな」
タバコは体に悪いなんて常識を思い出したが、そういえばここはゲームの中だ。きゅらさんも新しい葉巻に火を付けて、三人並んで煙を吐く。
「しっかし、清々しい朝に吸うタバコは美味いな」
「ああ」
外の景色を眺めながら、ほんの少しだけ咳込んだ。サングラス越しに見える世界。それは俺が夢にまで見た、オンラインゲームの世界だけど。
「清々しい、か……」
清々しいというのは、違うけどね。
例えばほらあの建物とか、もう完全に誰かに破壊されているからね。街の中もうん、どう見ても暴動が起きた後。酒場以上に死屍累々。取引所で高値で売れる武器なんかもその辺に転がってるし誰か魔法でも暴発しまくったのかなってぐらいに大荒れ。それになんか所々赤い。
「み、水を持ってるやつがいるぞおおおおお!」
「食料だ奪えええええ!」
「殺してくれ……殺してくれ……」
「どうすりゃいいんだよこれからよおおおおお!」
阿鼻叫喚地獄絵図。かつて運営が挨拶をして楽しいオンラインゲームライフを! と謳った場所はもはやただの世紀末。はじめましての代わりに飛んで来るのは課金武器で、さよならのかわりに送られるのは血が混じった奴の唾。
「あ……タバコだ! タバコ吸ってる奴がいるぞ奪えええええ!」
俺達に気付いた一人、キャラクリに失敗したのかなッて感じの残念ツインテールが突然こっちに駆け出してきた。一瞬身構え武器を持とうとするも、そういえば俺このキャラ育ててないどころか武器も防具もつけてなかった。
やばい、と思ったが別にやばくないらしい。俺の横にいる頼れる仲間は、マヌケ面を晒して葉巻をうまそうに吸っていた。いやきゅらさん着包みだから常にマヌケな顔してるけど。
「十五時間ぶりのヤニだああああっ!?」
残念ツインテールはそのまま壁に激突、いや壁? 何だと疑問に思いながら手を伸ばせば、やっぱりそこには何も無い。
「畜生なんだこれ! なんだこれ糞クソっ!」
頬を思い切り押し付けながら、残念ツインテールが全身全霊をかけてノックしてくる。こんな景色はもう経験済みなのか、二人はゆっくりと葉巻を楽しんでいた。
「団長さぁ……ギルドルームって結局ギルメンしか入れないみたいよ」
「解説どうも」
若干得意げな顔になって事実を教えてくれるマリナ。なんか偉そうだけど早起きは三文の特って事かな。そういうことにしておこう。じゃないと凄いムカつく顔してるからさ。
「声も聞こえないらしい。もっとも俺らが出る分には、何も問題ないんだけどな」
そう言ってきゅらさんは、立てかけてあったショットガンを手に取りそのまま残念ツインテールのこめかみに銃口を突きつけた。ああ、武器も大丈夫なのね。
何一つ躊躇なく、きゅらさんは引き金を引いた。吹き飛ぶ頭、倒れる体。これゾンビゲーだっけなんて思わず疑ってしまう光景。
返り血は頬にあたら……ない。見えない壁に付着する無数の血痕。ああ、景色が赤いのってそういうこと。
「きゅらさんキルデス更新ーっと」
「いやその……そんな簡単に殺していいの?」
「そっちの方がいいみたいよ、ほれ」
マリナが顎で刺したのは、ずるずると真っ赤な手形を透明な壁に塗りたくってくれた残念ツインテールのツインテール部分が土台ごと無くなって亡くなった物体。力なくその場に倒れこんだ、とおもいきや。
そこから先に起きた奇跡は、やっぱり見慣れた物だった。
体が光の粒になり、幼児そのもの天使が舞い降りる。そのまま光球になったかと思えば、教会の方角へと導かれていった。紛うことなき死亡演出。経験値がごっそり減って、教会の復活ゾーンでこんにちわ。
「まあ苦しむより良いだろう」
「そうかな……ってちょっと待て」
きゅらさんが取り出したのは、全然サブじゃないマシンガン。マガジンじゃなくてバレットベルトが見えてたりするタイプのマシンガン。それをクランプでベランダの手摺に固定し、そのまま銃口が赤く輝く。
「早起きは三文の得って鹿の死体の事らしいな」
涼しい顔で轟音を立てながら、ベランダから一斉斉射。虫の息だった死体に命中。目が血走ったプレイヤーに命中。あ、あの人キャラクリ美味いなって人にも命中。ブサイクにも命中。命中命中命中命中命中命中命中。全部一撃。
「いやぁ……清々しい朝だ」
「全くだ」
一仕事終えたぜみたいな顔で、ゆっくりと煙を吐き出す二人。いやきゅらさんいっつもこの顔だけどね。
それでも、清々しいというのは本当の事だった。だってそうさ、俺たちの目の前には。
静かになった廃墟の町に、1ダースの天使が舞い降りているのだから。