日曜日は世界を救う ver 1.0 ~Oredake Zenra Online~
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フレイア:うおっしゃかんぱああああああい!
マリナ:イィイイイエエエエエエエ
楓:あ、もう飲んでます
そぼろ丸:あ焼酎持ってくるでござる
†愛猫天使きゅらきゅらキャット†:急いでコンビニ行ってくる
オラジオ:あ、乾杯でーす
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世界を救った後にやることといえば、大体は飲み会だ。別に顔を合わせるわけじゃないけれど、これだってなかなか楽しい。
場所は大都市アトワイト、のちょっと外れたところにあるギルドルームの酒場スペース。画面の中の肉や酒に手は届かないが、手元にあるポテチとビールもそんなに悪いものじゃない。発泡酒じゃないからというのもあるけど。
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マリナ:ていうかさ、結構早くなかった今回?
そぼろ丸:クリアタイムでござるか
マリナ:そうそれ
オラジオ:いつもより十分ぐらい早いかなあ
オラジオ:きゅらさんやばかったから……
楓:ああ……
マリナ:だね
フレイア:酒切れてたって言ってたからなぁ
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まあ今日の反省会は終わり。というかなんだかんだで、ゲームの話はするときはするが普段はほとんどしなかったりする。実際オンラインゲームっていうのはどうでもいい会話がほとんどなわけで。そのおかげでちょくちょく個人情報が漏れたりするんだけどさ。
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楓:ところで、今回のレイド誰か良いものでました?
マリナ:……
そぼろ丸:……
オラジオ:……
フレイア:……
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全滅だった。まあ簡単に出ないからレアアイテムだから仕方ないもんね。
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†愛猫天使きゅらきゅらキャット†:ワイン安かったわ
マリナ:おか
そぼろ丸:おかか
楓:おかえりなさーい
オラジオ:昆布のほうがいいなぁ
フレイア:おかえりー
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流石きゅらさん、この葬式みたいな空気を一瞬で戻してくれたぜ。やっぱり年長者は頼りになるなぁ。
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マリナ:あ、そういや団長
フレイア:何?
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団長とはもちろん俺の事である。別にソロでもいっかということで名前と同じように神話から拝借したギルドを作ったのだけれど、気付いたら似たような連中があつまってこんな感じ。
ちなみに強さは全員廃人クラス。だいたいさっきのレイドだって本当は八人で高難易度なのに六人で終わらせたし。普通一時間半ぐらいかかるって言われてるし。みんなゲームしかやってない。
プレイ時間? 怖くて聞けないよそんなの。
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マリナ:あのサブキャラ……どうなったん?
フレイア:あー……
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あのサブキャラ。思わず顔をしかめてしまう。
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楓:なんでしたっけあの名前
マリナ:ロキだよロキ。団長いい年こいて中二病だからまた神話だよ
フレイア:中二病じゃねぇし……!
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そう、サブキャラのロキ。ロキにはちょっとした問題があった。
ついこの間の話なんだけれど、ギルド対抗タイムアタック大会があった。豪華景品の四文字につられて、というか当初の予定は武器にHP吸収効果をつけるという特殊アイテム。
しかし悲しいかな、ネトゲプレイヤーとはなんだかんだで不公平を許さないのであった。というかHP吸収というぶっ壊れ能力なんてついたもんならゲームバランスはさあ大変。既存武器に追加で付けれる上に回収率脅威の10%と回復するより殴ってるほうが早いレベル。
回復するより殴ったほうが良いという異常事態というわけでありとあらゆるインターネット上の手段を使って抗議が殺到、無事商品が差し替えられました。
――俺達が優勝した後に。
差し替えられたアイテムはまぁそこそこ良かった。課金アイテム詰め合わせとか高難易度ダンジョンの入場券とかそういうの。良かったんだけど、一応気を利かせた運営が別のアイテムをプレゼントしてくれた。男性用アバター、ゴールデンサンシャイン。
しかし男性キャラ、うちのチームは一人しかいない。その一人しかいないオラジオも受取拒否。どうしようかなという事になり、団長である俺が責任を持っていただくことに。
あと課金してゴールデンサンシャイン装備用のサブキャラを作ることに。
――それがロキである。
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そぼろ丸:団長、自分も見たいでござる。せっかくサーバー一位チームの証でござるし
楓:もったいないですしね
オラジオ:だよねぇ
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だよねぇ、とか言い出すオラジオ。男キャラなんだから貰っておけばいいのに八百円とられちゃったよ。
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マリナ:どうせ今日もうどこもいかないし良いじゃん
フレイア:……仕方ないなぁ
フレイア:キャラ変えてくる
マリナ:イィーェーイ
楓:わー団長ノリがいいですねー
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好き勝手言っちゃってまあ。でもまぁもったいないって気持ちもわからないわけじゃない。せっかくの一位の証だもんな。
あんまり見てて楽しくもないけれど、日曜の夜ぐらいはいいだろう。そんな軽い気持ちで、俺はその男をクリックした。
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ロキ:……来たぞ
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ロキ。北欧神話を代表するトリックスターの一人。なんだけどさ。
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マリナ:来た!!!アフロ全裸来た!!!
楓:相変わらずグラサンが似合いますね
オラジオ:いやぁ、僕じゃなくて良かったです
そぼろ丸:OZO……お前だけ全裸オンラインでござるな
†愛猫天使きゅらきゅらキャット†:女の裸だったらなぁ……
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そう、何を隠そうゴールデンサンシャインは全裸で股間だけ光っているというある意味伝説的なアバターなのである。これが似合うキャラクターとして作られたグラサンアフロマッチョ。それがロキ。職業剣士、レベル1。育てたくないよこんなの早くフレイアにしたいよ本当。
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マリナ:やっべ、めっちゃ光ってるやっべ
楓:それで街一周してきたら伝説ですよ団長
ロキ:そんな伝説いらないし……
†愛猫天使きゅらきゅらキャット†:向こうの親の前でやったな全裸土下座……
そぼろ丸:まあまあ団長殿、そのへんは酒を飲んで気を紛らわすのが一番でござる
ロキ:ああもう飲んでますよ本当にこうなったら一気飲みしてやるからな
マリナ:おいいね団長
オラジオ:吐かないでよー
そぼろ丸:さぁ一気でござる
ロキ:いくぞおおおおおお!
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本当ひどい話だよな、こういう時だけ団長とか言いやがってなぁもう。でもいいもんね、俺にはビールがあるもんね。しかもこの酒場だから座ってアクションさせたらロキだって飲んじゃうものね。
左手でポテチを掴んで、右手でビールを傾ける。こっちは缶のまま、ロキはジョッキなんだけど。
喉が鳴る。目の前にあるのは缶ビール。画面の先にはジョッキがある。
唇にあたるのは冷たい缶の感覚。
――いいぞもうちょっとで飲み終わる。
よし、やっと飲み終わったか。俺はそのままギルドルームの机の上に。
「っしゃおらあああああああっ!」
ジョッキを、強く叩きつけた。
「……あれ?」
声が出る。咳払いをすれば、喉が引っかかったようになる。そのままゆっくり左手を喉から離せば、無骨な手がそこにあった。俺の手じゃないこんなに大きな手ではない。
ここから見える景色には見慣れた顔が並んでいる。下手をすれば昔の友人以上に一緒の時間を過ごしたギルドの連中がいる。
それが、あまりにもよく見えた。サングラス越しに呆けた顔の仲間がいた。
「どうした団長?」
「いや、あ、俺……酔ってる?」
「そりゃビール一気したから当然じゃね?」
「ああ、うんそうなんだけど……」
意味がわからない。ここはどこか、俺はよく知っている。大都市アトワイトにあるユグドラシル騎士団のギルドルーム。古い、それこそ中世ファンタジーのような一室。俺が住んでいる東京とは、あまりに違いがありすぎた。
右手で顔を覆い、目頭を強く押さえる。
痛い。痛覚が確かに頭に届いていた。
「なぁ……俺だけ?」
「何がでござるか?」
徳利を傾けながら、ぐい呑みに酒を継ぎ足すそぼろ丸。なんで、俺だけ? ジョッキを掴んでみれば、確かに冷たい感触が残っていた。
「いや、俺、ゲームの中に……?」
「団長やべぇな、飲み過ぎだわ」
「いや自分の体見てみろよ」
「体なぁ……そろそろ運動しないおわああああああああああああああ!?」
叫び、全力で立ち上がるマリナ。そしてその手で胸を、股間を触ってから顔に何度も手をやって。
「あ、かがみ……」
部屋の隅にぽつんと置かれた、姿見が一つある。それを除けば、俺たちの顔が映っていた。何千時間も共に過ごした、仲間達の間抜けな顔が。
「っしゃTSきたあああああああああああああああああああ!」
てぃ、てぃーえす? てぃーえすってあれか。女の子になるやつか。
「ござるああああああああ忍者でござるうううううう」
「フヒ、フヒヒヒヒヒヒヒ」
「おいこの着ぐるみ脱げねぇぞ……」
「あっ、これ……あ、そうなんだ」
思い思いの声を上げるネトゲ廃人達。体を弄ったり鏡を見てニヤニヤしたり。そう、そうなのだ。オンラインゲームのキャラクターは、モロにプレイヤーの性癖が出る。つまり皆、なれたのだ。
なりたかった自分自身に。
――俺以外は。
「だんちょ……ごめ無理、無理直視できねぇウケるわ」
「お前だけ全裸オンライン! お前だけ全裸オンラインでござる!」
「いよっ、サーバー内一位! ゴールドすぎゲッホゲホ!」
鏡を見る。そこには映っている。
アフロ、グラサン、全裸の男。
俺が一生懸命時間を欠けて丹念に作り上げたフレイアちゃんじゃない、十分で作ったロキがいる。
しかも全裸。俺だけ全裸オンライン。みんなイケメンとか美少女なのに。
「いやでも……実際、問題じゃないですか?」
楓の言葉に皆ハッとする。そう、TSだなんだと喜んでいる場合じゃない。俺達は何をどうしたというのか、漫画やアニメよろしくこのゲームの中に入ってしまった。
突然様々な考えが頭をよぎる。俺は、佐藤直也はどうなったのか。家族が心配しないか、生活はどうなっているのか、仕事は首になるのか。
「まて、落ち着け」
皆動揺しかけたが、それを遮ったのはきゅらさんだった。不気味な猫の着包みのまま、ジョッキを傾けている。
「お前ら……現実に帰りたいか?」
全員その質問に、首を横に振った。そりゃそうだ、なにせここは廃人ギルド。タイムアタック一位を取っちゃうぐらいのネトゲ廃人。
現実に帰りたいか。
答えはノーだ。
日曜の夜に一人でネトゲしている奴が、現実に帰りたい筈などない。
「いやでも仕事とか……」
「そう、そこだ団長」
もふもふの肉球で俺を指しながら、きゅらさんはビールを煽った。だが、そこというのが俺には良くわからない。
「この中には実家暮らしの奴だっているし、ゲーム会社はアカウントを作る際個人情報を求めてきた。しかも、知っているだろう? ここの運営、大手家電メーカーのゲーム部門だ。海外展開もしてるな」
きゅらさんの話を、皆黙って聞いていた。流石子持ち、言うことの説得力が違うぜ。
「考えても見ろ。人が突然意識不明になった……と仮定しよう。その場合世間は大騒ぎで一大社会問題に、訴訟は免れず莫大な賠償金を支払うだろう。プレイヤーの安否確認は当然ながら、生活の方は……」
皆が生唾を飲み込む音が、静かなギルド酒場に響いた。そして、見守っていた。俺達が胸をなでおろす、妻子持ちの一言を。
「保険会社が……なんとかしてくれる!」
感嘆の声が自然と漏れていた。そう、きゅらさんの言う通りだった。こんな事件、六人だって大問題だ。警察はゲーム会社に連絡して、そこから住所を割り出して救助。俺達に非はないのだから、100%運営の過失。
だったら、俺達がやることといえば。
「じゃあ……飲み直すか!」
「おいちょっと待てよ団長!」
拳を握りしめながら、マリナが俯きながら叫ぶ。その肩は震えていた。
「今さ、すっげー大事な事気付いたんだけど……」
上げられたその顔には、涙がもう流れていた。大事な事。その一言は俺達をまた身構えさせるには十分すぎる単語だった。
「何だよマリナ」
「明日から、さ……」
「うん」
「仕事……行かなくていい?」
答えはもう、決まっていた。
「ああ……もちろんだ」
仕事なんてしなくていい、大好きだったゲームの世界に一日中浸ってられる。生活は警察と保険会社がなんとかするなら、きっとここは天国だった。
「っしゃおい飲むぞオラアアアアアアアアアアアッ!」
「イェエエエエエアアアア!」
机の上に立ち上がり、ジョッキを高く掲げるマリナ。俺だってそうだ。両手にジョッキを持ち上げて、浴びるように流しこむ。
「あ、すごいこの棚の酒飲み放題でござる!」
「葉巻かなこれ? 初めて見たなぁ」
そぼろ丸とオラジオが、今までただの背景でしか無かった棚を物色し始めていた。なんてことだ、あの色とりどりのポリゴンだったものが今では夢にまで見たバーカウンターに見えてしまう。
「ここのローストチキン美味しいですね!」
「おういいぞ……好きなだけ飲んで食え」
飯もある、酒もある。
そして何より。
「団長様の……奢りだからなっ!」
共に笑える仲間がいた。
こうして俺だけ全裸オンラインは、宴と共に幕を上げた。