気が乗らない水曜日 ver1.0 ~ Rock Paper Scissors~
「んで要約すると、オラジオっていうかカオリちゃんは、きゅらさんの子供で今は別れた奥さんと暮らしている。親権取られたとかなんやかんやあって普通に会う事は難しいから、ずっと一緒にネトゲしてたと」
まっすぐとギルドルームへと戻った俺達はとりあえずきゅらさんを落ち着かせるために棚に飾ってあった酒を一本消費した。それから事情を説明させるのに一本と。
「ああ」
質問に答えてくれるようになるのに一本。
「今いくつ?」
「中二だ」
マリナが完全に興味本位の質問を投げかけるが、それにも答えてしまうきゅらさん。
「なんで別れたんですか? その……酒癖が原因ですか?」
次の楓さんの質問には、一瞬だけ言葉を詰まらせた。だが一杯グラスを乾かしてから、ゆっくりと喋り始めてくれた。
「酒をこんなに飲むようになったのは別れてからだ。原因は……あいつが男作って逃げたんだ。なまじ実家が金持ちだから、裁判で徹底的にやられたよ。向こうの家まで香織だけは返してくれと土下座しに行ったが、すぐに追い返されたよ」
なんというかその、凄く重い。それから少し悲しかった。中学生の女の子の父親と遊べる方法が、こんな手段しか無いことに。
「かわいい?」
「当然だ」
だがマリナは空気を読まずそんな事を聞き出す。いやちょっとは気なるけど、少しはそぼろ丸あたりを見回って欲しい。多分こういう話が苦手なんだろう、もう部屋の隅の方で完全に壁と同化しようとしている。忍者ってズルいや。
「美少女ボクっ娘ネトゲ廃人……か。アリだな!」
ぐっと拳を握りしめ、そんな事を満面の笑みで叫ぶマリナ。
それから先のきゅらさんの行動は、想像以上に早かった。
まずは手に持っていたグラスを、手投げ弾みたいにマリナの顔面に投げつける。飛散したガラスで顔をしかめているマリナをよそに、机に飛び乗る。その右手にはショットガン。キラリと光る黒い銃口をそのままマリナの額につきつけた。
「どうやら死にたいらしいな」
血走った目に冷静な声。どうやらアリかナシかでいえば、ナシだったらしい。
「ちょストップ! ストップきゅらさん冗談だって!」
「何だと俺の娘が美少女じゃないっていうのか!」
「あった事ないから! 多分そうだけど断言できないだけだから!」
そんな俺達のやり取りに、一人しびれを切らせた奴がいた。もちろん我らが偽団長フレイヤ様。さっきまで黙っていた彼女は、わざとらしい咳払いを何度も繰り返し無理やり俺達の注目を集めてみせる。もっともきゅらさんの指先は、トリガーにかかったままだったのだが。
「……待て貴様ら、世界の危機だぞ」
ああうん、あったねそんな話。きゅらさんとオラジオが親子だってことのせいで、全部忘れてたけどさ。
「……そうですね」
つまらなさそうに答える楓さん。多分心底どうでもいいんだろう。
「ラスボスだぞ」
「その前にきゅらさんに殺されそうなんだけど」
両手を上げたままのマリナのセリフに、フレイヤは思わずため息を漏らしてしまった。
「こう……なんか無いのか! どうやって倒すとかそういうのは!」
机をドンと叩き、俺達に発破をかけようとするフレイヤ。だが今度は、俺がため息をつく番でもあった。
ラスボスの姿はよく覚えていた。普通の服装で、普通の顔で、普通のタバコを吸っていた女性。俺達にとってのラスボスとはあまりにかけ離れている存在。だいたいそういう連中は羽が生えていたり角が生えてるとか龍に変身するものなのだから。
だからこそ、気になってしまうのだ。
「で、誰あの人? フレイヤと関係あるの?」
関係という言葉が適切なのかどうかはわからないが、ただ赤の他人では無い事だけは確かだった。お互いを知っているような、そんな話しぶりを二人はしていた。
「それは、その……」
そこで言葉を途切らせる。答えないのはわかっていたから、俺の質問は相当意地の悪い物だっただろう。ただそれでも、フレイヤの反応が見たかった。
彼女は悪びれる様子などなく、ただ悲しそうに俯いている。今にも謝り出しそうな、申し訳無さそうな顔をして。
「どっちも信用ならないのは確かだが」
とうとうマリナに突きつけていた銃を仕舞いながら、きゅらさんが言葉を続ける。
「少なくとも香織はここへ連れ戻す。相手がどこの誰であろうとな」
その言葉には全員が頷いた。誰が信用できて出来ないとか、世界の危機がどうだとか、カオリちゃんが可愛いかどうかだとか。そういうわからない事は山ほどあるけど、あいつと過ごした時間があったことだけは確かだった。大丈夫、俺達は覚えている。
「まあ、今後の方針を纏めると」
咳払いなんて小細工は必要ない、顔を上げて答えるだけ。今までずっとしてきたように。
「相手が誰だかわからないし、フレイヤも訳がわからない。これから先の事なんてまだわからないけど、少なくともオラジオは取り返す。それでオラジオから事情を聞いてみる……オッケー?」
「ああ、とりあえずはな……」
良かったフレイヤは納得してくれた。人探しなんて簡単だ、そんなクエストこのゲームには腐るほどあるのだから。
「んで、まずはオラジオの居場所だけど……さっぱり見当もつかない。のでラスボスから直接聞きたいんだけど、あの人今どこにいるの?」
「わからん」
聞き間違いかな。まったく悪びれずに腕組んで答えてるぞこいつ。
「わからんと言ったんだ。耳が腐ったのか」
性根が腐ってそうな人に言われたくないセリフナンバー1を言われながらも、怒鳴らない俺の心の広さにみんなもっと感謝して欲しい。
「じゃあ、目星とか現れそうなとことか」
「喫煙所とか……」
「へぇ……」
その時全員が、思った。暗い顔で、あるものは俯いてまたあるものは天井を見上げて。
――あるわけねぇだろそんな場所、と。
「じゃーーんけーーーーん!」
突如叫んだのは楓さんだった。しまった、という考えが浮かぶ頃にはもう遅い。この唐突なじゃんけんは不毛な人探しクエストの人柱を決定するものだと全員が感づいたところで、取れる選択肢は決まっている。
グー、チョキー……それからパーだ。
「あっ、負けた」
俺パー。
「俺も」
マリナもパー。
「えーっと」
言い出しっぺの楓さんもパー。
「皆さんで行ってもあれですし、こうじゃんけんで決めるのはどうかな……なんて」
自分のだしたパーをまじまじと見つめながら、そんな事を言い出す楓さん。この人、今の試合をノーゲームにする気だ。
「何人いればいい?」
「多分ですけど、ひと」
「三人だ」
とフレイヤ様がおっしゃっております。
「フレイヤは行かないの?」
「我は我でやることがあるからな」
「へぇ……」
それ以上誰も聞かないでおいた。変に突っ込んで面倒に巻き込まれるのが、皆嫌だったんだろう。
「じゃあ、本番いきま……」
楓さんを睨みつける、きゅらさんとそぼろ丸。そうだよね、決まってるよね三人って。敗北者三匹だもんね。
「はい、三人ですね……」
心底嫌そうな顔をして、そう答える楓さん。だったらじゃんけんなんてふっかけなきゃよかったと思うのだが、時計の針は戻らない。
「じゃ、行ってきますと……」
席を立って、ふと思う。なんで全裸の俺が町中で人探しなんて目立つような事をしなければならないのかと。だけどそれはしょうがない。
いくつになっても俺達は、じゃんけん様の奴隷なのだから。




