燃え上がれ火曜日 ver1.5 〜Father〜
「んで、あの先に何があるんだ?」
俺達が歩く懐かしい景色。初心者用のダンジョンということもあり、ここに来たのは随分と前の事だ。それはまだ、ユーザーアンケートの欄に学生と記入していた頃の事。宝箱があったことは覚えているが、流石に景色まではおぼろげだ。
「そうだな……あそこにあるのは」
フレイヤは少しだけ首を捻り、適当な言葉を捻り出す。出てきた言葉を得意げな顔で、嬉しそうに答えてくれた。
「突破口だ。この世界のな」
そんなものはなかった。
いや、あったのはなんとなく覚えていた、一つのウィンドウだけだった。ちょうど空中に固定された黒板みたいに浮いている。
『ダンジョンクリアおめでとう! 公式サイトでオリジンツヴァイオンラインの最新情報をゲットしよう! アップデート情報を見逃すな!』
みたいなやつ。でかでかと描かれるキャラクターイラストに公式サイトへのリンクと、あまりに普通すぎて面白みすらない。こんなもののために疲れ果てさせられたのかと思うと、自然とため息が出るくらいである。
「……どのへんが突破口?」
「フッ、無知というのは怖いな」
髪をかきあげてからの上から目線発言に、思わずイラッとする俺達。だが我慢。だって早く帰って酒飲みたいんだもん。
「ここだ」
フレイヤはそっと、ウィンドウ上のボタンに手を伸ばす。それは公式サイトへのリンクボタン。今更そんなものを見たって何になるのか疑問すら感じる。
だというのに。
世界が、半分消失した。
ウィンドウごと、そこから先が消えていた。ただ真っ暗な景色が広がっている。グラフィックがバグって消滅というのが、おそらく正確な認識だろう。
「チッ……遅かったか」
フレイヤの舌打ちが響く。
「なぁフレイヤ、これは……」
「いやいや危なかった。もう少し君らが早かったら、今頃その突破口で風穴を開けられていたかもしれないね」
質問を遮ったのは、よく通る女性の声だった。気がつけば俺たちの後ろ、気だるそうに腰をかけている。
異様だった。何かオーラが出てるわけでもない、奇抜な服装をしているわけでもない。ただ薄汚れた白衣を着て、肩まで伸びた黒髪にごく普通の灰色のブラウス。胸ポケットから取り出したのは、誰もが知ってる市販のタバコと百円ライター。
この世界の普通じゃない、ごく普通の異常だった。
俺たちは思わず武器を構えるが、それを静止したのはフレイヤだった。
「ハッ、罠を張っておいてその言い草か。どうせ意地の悪い貴様の事だ、我々が苦しむ様子を高みの見物でもしていたんだろう?」
フレイヤのそんな言葉に、苦笑いを浮かべる彼女。それからタバコを一吸いして、めんどくさそうに吐き出した。
「なぁフレイヤ、あいつは……」
「あいつは、貴様らの言葉に合わせるなら」
フレイヤの眼差しは、いつになく真剣なものだった。恨みとか怒りとか、そういう感情が入り混じったような目をしたまま。
「ラスボスだよ。我々のな」
吐き捨てるように答えた。
大きすぎるため息をついたラスボス。年の功は俺より少し上ぐらいだろうが、色気らしいものはない。
「それは心外だな、私はこの世界の救世主だというのに」
不敵な、それでいて歪な笑顔で彼女は答える。淀んだ目の色をしていた。感情などわからない。
「何を巫山戯たことを」
「その証拠に、協力者だっているんだ」
彼女はまた少し笑って、小さな両手を叩いてみせた。現れた人影の正体を、俺たちは疑わない。
「ね、オラジオくん……いや、ちゃんかな?」
彼女は首を傾げても、オラジオはそこに立っている。少しだけ泣きそうな顔をして。
「何で……お前が」
裏切った? そう続けるのは間違いのような気がして、思わず言葉をせき止める。なにせ俺たちは、世界を救う英雄じゃない。伝説の勇者一行などではなく、ただのネトゲ廃人達の寄り合い。
ただそれを差し引いたって、何も相談がなかった事だけがひどく悲しかった。
「僕は、この世界がいいんだ」
オラジオが口を開く。声を震わせながら、許しを乞うように。
「肥溜めみたいな場所よりも、あんな奴がいる家よりも! 僕はずっと、ここで生きていたいんだ!」
それは、そうだ。多分俺達はこの世界の誰よりも、そうなる事を望んでいた。糞みたいな現実が嫌だから、こんなゲームに夢中になった。だけど、何かが違うような気がした。ほんの少しだけ、心のどこかで。
「父さんなら……わかるよね」
笑いながら、彼女は笑う。聞きなれない四文字を、一番の頭において。
「香織」
震える声で答えたのは、きゅらさんだった。
父さん……誰が? え?
「じゃあ、そういうこと。まぁ私の仲間になってくれるなら歓迎するから、その時はいつでも言ってくれたまえ」
疑問を解消する前に、彼女とオラジオが立ち去っていく。ただ俺達は動けない。オラジオの残した言葉が、あまりに衝撃的だったから。
「またね、ユグドラシル騎士団の諸君。ここで過ごしていきたいなら、そこの団長は余計だけどね」
去り際にそんな気取ったセリフが聞こえたけれど、割とどうでも良かった。いや良くはないんだけど、俺たちの目線はもう真相を知るもう一人に釘付けだ。
生唾を飲み込んでから、おそるおそる手をあげるマリナ。きゅらさんが小さく頷けば、小声で質問を開始する。
「えっとぉ……娘さん?」
バツの悪そうな声。それでもきゅらさんは答えてくれる。
「ああ、俺の娘の香織だ……」
そ、そうなんだ。でもそれなら俺に一言ぐらい言っておいててもいいんじゃないかなうん。だって俺団長だし、誰も詮索しないとはいえ、ねぇ?
「あの、僕って言ってましたけど……」
この後に及んで随分と冷静なツッコミをする楓さん。それからきゅらさんは顔を上げ、葉巻に火をつけてから。
「ああ……僕っ娘だ」
なんて緊張感のない台詞を、真面目な顔で吐いてみせた。まあこの人着ぐるみだから、表情なんてないんだけど。