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燃え上がれ火曜日 ver1.3 ~Fight With Reality~

「まずは一匹!」


 思考はもう晴れていた。バラバラだった知識の欠片が一瞬で組み上げられる。


 6対2の状況を5対1と1対1。そぼろ丸はそのままキメラとデートしてもらう。体力も防御力も高い前衛の俺とマリナがブルーローズのターゲットを奪う。純正の盾職がいない今、俺が代役をつとめるしかない。楓さんには安全策をとるため俺の防御バフと回復に専念。雑魚は選手交代きゅらさんとオラジオ。入れ替えるのはオラジオのMPを温存させるためだ。体力の低いブルーローズならマリナときゅらさんと俺の火力で倒しきれる。最後はキメラをボコる。以上終わり。


「よしまずはそぼ」

「待ってください団長!」


 叫んだのは楓さんだ。そのせいで俺の動きが止まる。だがそれは、仕方のない事だった。空を見上げれば、何一つおかしな事はない。


「……なにあれ」


 起こり得る筈のない挙動。バグった、なんて言葉が何よりも正確だ。


 気がつくと俺たちは、武器を下ろし足を止めただ空を見つめていた。その凄惨な光景を、ただ黙って眺めていた。


 捕食されていた。


 ブルーローズの小さな体は、キマイラの獅子の顎に噛み砕かれ青い血を噴出させている。主を失った食虫植物達は枯れ果てて朽ちてしまう。


 食事だった。重力で飲み込めるよう、それとも溢れた四肢を食べこぼさないように。天を仰ぎ華奢な体を空中で貪る悪魔。それに攻撃しようなんて、誰が思いつくだろうか。


「いやでもこれ……有利なんだよな?」


 戦闘の二文字に頭を切り替えた言葉を漏らしたのはマリナだった。そうだ、その通りだ。鼻の頭を親指で弾き、思考を無理やり切り替える。


 そうだ、何の問題がある? 敵の数が一匹減った、それを利用しない手はないはずだ。だから俺はようやく武器を構え直す事が出来た。それから叫ぶ。主に自分に気合をいれるために。


「よしっ、あとはキマイラだけだ!」


 無理やり過ぎるとは自分でも思うが、それでも全員の意識を現実に引き戻すには十分過ぎた。


 大丈夫、今の出来事は目に焼き付いているかもしれないが、戦えないわけじゃない。むしろ楽になった、そんな印象をなんとか共有する事はできた。


 食事を終えたキマイラが、隕石のように地上へ降りる。砂埃をあげ四つ足で大地を捉え、ドスの効いた咆哮を響かせる。


 こいつの倒し方をいまさら確認する俺達じゃない。凌いで凌いで凌いで混乱させて殺す。それにレベルのアドバンテージだってある。大丈夫、負ける要素の方が少ない。


「よし……逃げるぞ!」


 突進、突進、ムーンサルト、熱線、空中ブレス、空中突進、咆哮。


 動きがわかっていれば、訳のない攻撃だ。そして咆哮の瞬間に、唯一の隙が出来る。


「そぼろ丸!」

「御意!」


 このゲームに限って言えば、状態異常と言えば忍者の仕事。三本の苦無を即座に空いたキマイラの口に放り込めば、その動きが一瞬止まる。


 そこからは早かった。各々が武器を構え、それぞれの仕事をこなす。バフデバフ魔法必殺、最大火力を全員で叩き込む。過剰火力の筈だ、これで殺しきれるはずだ。そうでなければおかしい。


 そこで気が付くべきだった。まだその巨体が残っているという事実に。




「あ」




 間抜けな声を漏らしたのはオラジオだった。


 振り向けばオラジオの体を茨の槍が貫いていた。地面から生えたそれは、キマイラの攻撃なんかじゃない。


 言葉など無かった。知らないパターン、あり得ない挙動。キマイラの背中から血が吹き出し、それは姿を現す。


 化物の背中からは、食われたはずの青い薔薇が返り血を浴びて笑っていた。


「楓さん、回復」


 漏らした声は遅すぎた。二本、三本とオラジオの体を貫く。何かを言い残す暇も無く、オラジオは消え去った。


 ――ダメだ知らない、わからない。


 どうするべきなのか、こんな化物相手にどこに正解があるのか。オラジオはどうなった? わからない、答えはない。俺達はその得体の知れない敵に、茫然自失と立っている事しか出来ない。


 迫り来る火球に、俺達は動けない。増え続けるブルーローズの眷属を、ただ見ていることしか出来ない。


 全滅の二文字が頭をよぎる。だが、それがなんだって言うんだと頭が切り替わる。


 だってこれはただのゲームだ。ダメならもう一度挑戦すればいい。戻ってまた皆で作戦を練って、何度だって繰り返す。そうだ、そうしよう。どうせ死んだところであの混雑した神殿に送り返されるだけだ。何が悪い? 何がおかしい?


 所詮ここは仮想の世界で、俺達がいるのは現実で。


 ああでも、思い出せない。


 現実というものが、何だったか。




「甘えるなよ廃人ども」




 澄んだ声が響く。何て事だ、今日は助けられてばかりだ。


 目に映るのは見知った景色。こんな風に見えていたのか。


「ここが貴様らの現実だ」


 聖槍を持ち、最前線に立つ彼女は。風になびき、炎に照らされる白銀の髪は寒気がするほど美しい。


「知らないぐらいで……諦める資格はない!」


 それでようやく、武器を構えられた。言わなくたって誰もがわかる。この言葉ぐらい、どこの誰だって知っている。




 戦わなくちゃ、現実と。

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