燃え上がれ火曜日 ver1.1 ~Easy For Us~
翌朝、俺達はフレイヤに案内されるまま初心者向けのダンジョンへと案内されていた。今更、なんて思ったのは俺だけじゃないだろう。
「で、美人の方の団長なんでここに?」
「黙ってろニコチン中毒」
例えばほら、マリナとかね。
ちなみにどれぐらい初心者向けかというと、一々操作方法を教えてくれるし、終わったら初心者救済用の防具が一式もらえ、あとは運営のSNSのアカウントまでリンクを出してくれる。OZOの最新情報をここでゲットしよう! ゲットしたが最後、緊急メンテナンスのたびにリロードしまくるハメになるのだが。
入り口の前に立ち、フレイヤはその扉に手をかざした。眩しい光に包まれるとか、なにやら盛大なファンファーレとかはなし。
「……よしっ」
ただ得意げな顔をして、小さく頷くだけだった。
「それで、敵の構成は?」
「ボスが三体だな」
「詳細は?」
「知らん。そこまではわからん」
「……ここであってる?」
「当然だ。むしろここでなければあり得ないのだ」
相変わらずフレイヤの意味不明な質問に、皆が皆肩をすくめた。何言ってんだこいつって顔でお互いを見合わせながら。
「よし、開いたな」
フレイヤのそんな声といっしょに、なるほど確かに扉が開く。中を覗いても、うん普通。最初に来た時と同じように、こう渦みたいなもので奥が見えないようになっている。
「ま、ぶっつけ本番も悪く無いか」
「酒も抜けたしな」
肩をぐりぐりと回しながら相変わらず頼もしいセリフを吐くマリナと、唾を地面に吐くきゅらさんっていまどこから吐いた唾。着ぐるみだよなどうなってんだ。
だが俺はと言えば、そんな浮かれた気持ちになれる気分じゃなかった。思い出すだけでも気が遠くなるようなあの感覚が、不意に襲ってきたような気がしたから。
――俺はまだ、両親の名前を思い出せずにいた。
ごく普通に暮らしているのに、それは思い出せずにいた。あり得ない。非凡な人生を送っているのなら話は変わるが、あいにく俺はどこにでもいる会社員だ。そんな時、ふと楽しそうに当たりを見回すオラジオの姿が目に入った。よし、困ったときのオラジオ頼りだ。
「なぁ、オラジオ」
「どしたの団長?」
軽く耳打ちしても、オラジオはたいして表情を変えない。本当貴重だよねこういう人、オンラインゲームで珍しいよね。そういえば加入してきたときはなぜかきゅらさんと一緒だったっけか。まぁ詳しい話は聞いちゃいない、ネトゲでそういうのは聞いて回るもんじゃないからね。
「いや、変なこと聞くけど……いいか?」
「最後の戦いみたいだ」
そんな軽口に俺も思わず笑ってしまう。うんうん、このギルドはこうじゃなきゃな。真面目で深刻なのはゲームの外だけで十分すぎるし。
「ま、ちょっとなら」
「お前さ……両親の名前答えられるか?」
尋ねたかった事は、軽口のおかげですんなりと出てきてくれた。一瞬オラジオは目を見開いて驚いたが、またすぐにいつもの笑顔になってくれた。
「父さんは達弘で、母は……美紀。これでいい?」
ついでに答えてくれた。それもあっさり。
「だよな……」
「何? 何かの実験?」
「まぁそんなところだ」
自然と安堵のため息が漏れた。良かった答えられないのは、どうやら俺だけらしい。もしかしてあれか、俺だけ一回死んだからとか? まぁいいやそんなの。フレイヤがあんな真剣に聞いてくるものだから、妙に構えてしまってただけか。
「おいロキ、オラジオ! 油を売ってる暇はないぞ!」
「ま、行こうぜオラジオ……ご指名だしな」
その華奢な優男の肩を、俺は軽く叩いてやる。
「団長様のね」
帰ってくる皮肉が今日はずいぶんと頼もしい。
そうだ、笑い飛ばしてきたじゃないか。
誰一人顔は知らないけれど、酒を飲んで愚痴を言って、ついでにボスをぶっ殺して、そうやってリアルと折り合いをつけてきた俺たちなら。
ゲームぐらいは、楽勝さ。