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だから、キスした。  作者: 朝野とき
番外編
7/7

答えは自力で見つけましょう 【ホワイトデー小話】

以前、活動報告に載せていた小話をまとめました。




 美月は、包みを手渡されたとき、とっさに何も言えなかった。

 だって、思ってもみなかったのだ。

 廉人がお返しをくれるなんて。

 ホワイトデーにちゃんと、こんな可愛らしくラッピングされたものを、自分にくれるなんて……。

 「きっと廉人は、そういうの照れたまんまスルーしそうだよね」だなんて決めつけてた。


 一緒に学校から帰る道の分かれ道。それぞれ自分の家に続く道の、最後の分岐。


 街灯に照らされる歩道で、バイバイと言おうとした瞬間、唐突に突き出された淡い水色の小ぶりの紙袋。中からほんの少し見えるのは、瀟洒なリボン。 


 すべてが予想外。


 ううん、夢みてなかったと言えばウソになる。

 好きな人が自分のために何かを贈ってくれる瞬間を、心のどこかで夢は見てた。

 だけど、それが廉人と自分にあてはまるなんて、少しも思ってなかった。

 そうだったらいいな――だけど、無理だろうな。

 勝手に決めてた。決めつけてた。


「……口にあえばいいけど。気に入らなかったら、捨てていいからな! じゃ、じゃあなっ!」


 そう口早に言うと、廉人は突然に踵を返す。


「え、廉人……あ、ありがとっ」


 美月の声が聞こえた聞こえていないのか。もの凄い早さで走り去っていく部活のジャージ姿の彼氏の背中。

 美月には、それ以上呼び止めることはできなくて、ただただ思いがかない包みを手にしたまま立ち尽くした。


 薄紅色から濃紺へのグラデーションの空にはすでに一番星が煌めいて。

 遠くの山々は影となり、灯りはじめた街灯が照らす歩道。

 ひんやりする夜風なのに、凍てつくまでにはいかない弥生の夜。

 そう、今日は三月十四日、ホワイトデー。



 *****



「う、うぉぉぉぉ」


 一人ゴロゴロとベッドで転がった廉人は、壁にぶつかり、静止した。

 隣の妹の部屋から、「うるさい」とばかりに、ドンっと壁がたたき返された。どうやら薄い壁の向こうの隣室にいる妹はご機嫌ナナメなようだ。

 年の離れた妹は、まだ小学生。だが高学年になってからは、兄の廉人に向かってまで、まるで見下したような「馬鹿な弟」を見るかのような目つきをするようになってきた。


 ……昔は俺の後をちょこちょこついてきてた癖にさぁ。あぁ怖い怖い。


 再び壁にぶつかっては、きっと妹さまがお怒りでこの部屋に飛び込んでくることが予想できたので、ごそごそと廉人は今度は掛け布団をまるめそれに抱き着くことにした。

 まだまだ転がりたいエネルギーを、布団を抱きしめて逃す。

 とはいえ廉人の内にぐるぐるとめぐる照れと恥ずかしさとこそばゆさと、期待と不安がごっちゃまぜになったエネルギーが枯れることはなく、布団に顔を押し付けながらさらにもごもごとつぶやいた。


「あー、うーっ! 口から心臓出そうって、こーゆーことなんだなっ!」


 先ほど「カノジョ」に初のプレゼントを渡した廉人。

 あまりの照れと恥ずかしさに美月を正視できずに、押し付けるように紙袋を渡すと、走り去ってきてしまった。

 部活から帰ったらドロドロの野球ズボンはタライで手洗い、同時に砂だらけの自分もシャワーしろと母親から厳しく言い渡されている廉人は、今はシャワー後の身ぎれいになった身体でベッドにダイブしたのだ。

 シャワーをあびたってまだまだ心臓がバグバグしている。


「い、いま、開けてくれてんのかな……うわぁ……趣味悪いって思われたらどうしよ……」


 つぶやいて、自分の言葉にしょげかけた廉人は、ひとりで「いやいやいや、美月はそーゆーことでオレを見限るような奴じゃないし!」と自分に突っ込みいれる。

 ぎゅうぎゅうと布団に抱き着きながら、廉人は初めて「贈る」側になった緊張とドキドキと喜びをかみしめていた。


 ……だってさ……。

 義理っていうか友チョコとかなら中学でもクラスメイトにもらったことあるけどさ……。

 そんときの「お返し」みたいなのは、一緒にもらってた男子数名で業務スーパーででっかい菓子袋買って、「みんなで食おうぜ!」的な感じで済ませたし。

 こんな、あれこれ考えて、考えて、何か女の子に贈るとか……。

 いや、もう、心臓破れる……。


 ちょうど一か月前、同じように部活から帰るとき、同じようにあの場所で綺麗に包まれた箱をくれたのは美月だった。

 あのときは気づかなかったけれど、美月も緊張していたんだろうか。あの日の自分は、自分宛のチョコをもらった喜びと興奮でいっぱいで、全然美月の緊張に気付かなかったけれど。


「……手作りだったもんなぁ。今のオレみたいにドキドキしてたのかな」


 廉人に丸められ抱きつかれた掛け布団は、いまや長細い抱き枕のようにぎゅうぎゅうになっているが、廉人はさらにそれをぎゅうううううっと抱きしめる。


「美月も、あの時のオレみたいに、喜んでくれんのかなぁ……」


 わからない。

 美月がどんな風に包みを開くのかもわからない。

 だけど、自分の選んだものが、美月に気持ちを喜ばせるものだといいなと思った。


 ……美月が笑顔になってくれていたら、いいな。


 そんな風に思って、廉人はさらにまた何かの誰かのかわりみたいにして布団を抱きしめた。




 ******




 美月がひとりっきり閉じこもった自室で、そっと小さめの紙袋をのぞく。美月の目にうつるのは、筒形にラッピングされたものと、四角の包み。

 まず筒形のものを取り出してみる。淡いパステルブルーのオーガンジーに包まれたそれは、感触からして瓶の様子。

 リボンをほどこうとして、はっと顔をあげた美月は慌てたようにスマホを手にとって、ラッピングされたそれらを写真を撮った。

 誰に見せるつもりもない。ただ自分のためだけに、残しておきたかったのだ。

 撮ったものをちゃんと保存できてるか確認した後、美月はいったん姿勢をただして、自室の学習机にすわりなおした。

 それから、上部をキュッと結ばれたリボンを慎重にほどく。

 スルッと結び目がとれると、包みがゆるやかになり、そこから見えたのは……。


「……きれい」


 思わず口していた。

 学習机の明るいライトを照り返す、手作りガラスでできたような瓶。蓋もガラスでできているその瓶には、ちょっとレトロな雰囲気の厚みのあるガラス瓶だった。そこに、ピンクや黄色、赤やオレンジ色のキャンディが詰まっていた。

 封を切り、瓶のガラスの蓋をあけてみると、さらにキャンディに学習机のライトが当たり、きらきらと光った。

 指を伸ばして、ひとつ摘まんでみた。

 選んだのは、迷わず、赤色のイチゴを思わせるキャンディ。

 それは、美月が好きな味というよりも、廉人がいつもストロベリー味のタブレットを好んで食べてることからの連想だった。


 口に含むと、舌に広がる甘さ。予想どおり、イチゴ味。


 あの野球部に没頭してるか友達と馬鹿やってるかの廉人が、こんなきれいで可愛らしいキャンディの瓶詰めをいったいどうやって買って、どんな顔してラッピングを頼んだんだろう。

 ……想像するだけで頬がゆるむ。

 そんなことを思いつつ、口の中で小さくなってゆくキャンディを、美月は噛んでしまうことなくゆっくりと舌で転がした。


 続いて、紙袋の中の四角の包みを取り出す。

 感触からしてハンカチかなと思いながらあけてみる。

 だが、出てきたものを見た瞬間、自分の予想とははずれたソレに美月は噴き出した。

 目じりを指先でこすった。それでも目元と口元がふるふると震えて仕方がない。


「靴下……しかも、陸上競技用ソックスなんて、廉人しか贈らないよ……」


 そう一人で言って、さらに笑ってしまう。

 うれし泣きで目が潤んでくる。

 世の中のカップルのご事情は知らない。でも、これはあまりに廉人らしいプレゼントな気がして、美月は胸がきゅうっとしてたまらなくって、廉人に会いたくなった。


 靴下。他人からみたら、彼女にプレゼントで靴下ってどうなのって思うんだろうか。

 でも、美月はそこから出てきた靴下で、はっきりとわかったのだ。


 私のこと……気にかけてくれてたんだ。

 陸上競技用ソックスはたかが靴下じゃない。通気性もいいし、スパイクの中で足が遊ばなくなるし、フィット感もあるし……。

 陸上部を毎日頑張る美月にとっては、けっこう大切なグッズなのだ。


 ……しかも、このメーカ―でこのサイズ選んでくれてるなんて。


 廉人が選んでくれたのは、美月の気に入っているメーカーのものだった。美月が陸上しているときをちゃんと見てくれているっていう証拠な気がした。

 だって、廉人がスポーツ用品店に行ったって、きっと普段は野球コーナーかトレーニングウェアのコーナーばかり見てるはずなのだ。陸上用コーナーの、しかもレディースウェアコーナーなんて、意識しなければ廉人が寄ることなんてないだろう。


 どんな思いで、どんな顔して選んでくれたんだろう。


 胸があったかくなる。

 美月はきゅっとその靴下の包みを胸に抱いた。


 美月だって、廉人が愛用している野球グローブのメーカーを知っている。実はグローブの皮ケアでつかっているクリームの銘柄までチェックしている。

 でも、”そういうことをしっている”のは自分ばっかりだって思ってた。身に着けるものとか、愛用しているものとかを知っているのは自分ばっかりで、廉人がそこまで美月のことを気にしてくれているとは全然思っていなかったのだ。

 なのにサイズもメーカーもぴったりのものを選んでくれてる……そのことが、すごくすごく美月はうれしかった。


 胸がほこほこして、廉人に会いたい気持ちになって、でも明日まで会えないんだと思いながら、もらった紙袋をたたもうとした……その瞬間。


「え……」


 まだ紙袋の底に、白い小さな封筒が入っていたことに気付いた。

 慌てて美月はそれを取り出す。

 封筒のおもてに心が跳ねる。


『美月へ』


 手のひらに入るくらいのちっちゃなメッセージカード用の薄い封筒なのに、廉人から手紙みたいなものをもらったのは初めてで、ドキドキした。

 いつだってスマホの画面で、やりとりしてた。日直の文字も、ノートの文字も見てるから、廉人の文字はしっているけれど、その廉人の文字が自分に向けられたことは……初めてだったのだ。 


 美月はそっとひらいた。

 蔦模様の縁取りが描かれたメッセージカードに、廉人ののびのびした字が並んでいた。


 書かれている、短い言葉。

 美月は目が離せない。


 ……廉人。


 カードを持つ手が震える。


 心の中で恋しい人の名を呼ばずにいられない。


 たかが数行の、ほんの一言メッセージ。

 でも、自分に向けられた文字が……愛しくて。 


 カメラで撮ることもできない気がした。

 そんな風に何かをとおして残すんじゃなくて……これは。

 この言葉は。

 自分の中にそのまま封じ込めたい――……。


 美月は心にあるシャッターボタンを押して、自分に目に心に焼き付けた。




 ******




「あーっ、やっぱ、あのカードは無しにした方がよかったかなぁ……」


 布団をぎゅうぎゅう抱きしめる廉人は、美月に贈ったプレゼントに忍ばせたカードをおもいだして足をバタバタさせた。


「でも、先生がちゃんとメッセージはつけたほうがいいって言ってたし……」


 廉人の家庭教師は、すくなくとも廉人よりはいろいろ経験豊富なはずで、しかも廉人の目から見てもかっこいいわけで、その言葉には結局信頼を置いてしまうのだ。

 照れと恥ずかしさで何度も躊躇したものの、結局、家庭教師のアドバイスどおりに小さなカードだが用意した。


 でも、肝心の先生は、書く内容には相談にのってくれなかった。

 プレゼントの方も。選んだものが何か聞いてきたくせに、それに対する感想は是も否もマルもバツもなし。

 『廉人自身で決めることに意味がある。中身聞いたのは、単なる興味』

 と言いきられた。それだけ。


「自分の気持ちを素直にかけって言われたから、素直に書いたけど……」


 スマホのメッセで良かったんじゃないかっていう文面になった。「直筆だから意味があるんだよ」って先生は言ったけど、なんか別にかっこよくもないし、綺麗な文字でもないし、なんかなんか単にカッコつけただけっぽくとられたらどうしよう……と今更、廉人はぐるぐるしていた。


「はぁ……呆れられたらどうしよう」


 布団にすりすり顔を寄せているうちに、廉人はまた足をバタバタとばたつかせてしまった。また、隣室からバンと『うるさいよ』がこもった壁をたたく音が一発届いた。


「はいはい、静かにしますよ――っ」


 そう言って、廉人は今度は布団を放して、ベッドに大の字になった。


 はああぁぁ。


 不安と期待のため息ひとつ。

 天井見上げて、ちっちゃくつぶやく。


「先生……。本当にこれでよかったのかな。正答が欲しいよ、マジで」


 そう言って。

 でも、廉人の脳裏にはすぐに家庭教師の姿が浮かんだ。

 『恋愛は人それぞれ。正解答なんて用意されてないよ』

って、ペンを回しながら言う姿。


「美月から花マルもらえたらなぁ」


 言葉がふいにでて、でも、本心はそうじゃないって思った。

 美月から、プレゼントやメッセージ選びに「花マル」が欲しいわけじゃないのだ。

 「美月が喜んでくれる」、それが自分にとって花マルなのだ。

 でもその花マルは予想以上に難しくて。美月がどんな顔して封を開けてるのかわかんなくて……。


「あー……会いたいな」


 廉人はそう言って、もう一度天井にむかって大きく息を吐いた。


 ちょうどその時、廉人のスマホが震えた。

 飛び起きた廉人が手を伸ばすスマホの画面。

 そこに表示されたのは――……今まさに会いたいと願った彼女の名前。




 ******




 こうして二人は。


 贈った気持ちがちゃんと届いたかどうか。

 お互いの気持ちが重なる方程式。

 はずむ彼女の声で、答え合わせとなった。



『美月へ

 これからも

 いっぱい一緒にいような 廉人』



 いっぱいの気持ちで。

 いっぱいの時間を。

 いっぱいいっぱい過ごしてゆけるように――……



 スマホを当てる二人の顔が、離れてるのに離れてないみたいに、おんなじに真っ赤になっているのは、この世できっと誰もしらないけれど。

 もしここで家庭教師が廉人の横にでもいたのなら。

 きっと『蕩けるのもいいかげんにしろよ』と苦笑しつつも、「よかったな」と廉人の髪をわしゃわしゃとかきまぜたことだろう。


 そして。

 つながる言葉、通じる気持ち。

 廉人と美月だけの方程式。そこから出した二人の答えに、そっと花マルを添えたことだろう。




 fin.

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