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だから、キスした。  作者: 朝野とき
番外編
6/7

チョコ問答 【バレンタインデー小話】

以前、活動報告に載せていた小話をまとめました。


「なーに、ニマニマしてんだよ」


 そんな声と共に家庭教師の持つペンが、ぷにぷにと廉人の頬をつっついた。

 

 今は廉人の自室での「かてきょー」の時間である。なのに、先ほどから生徒の廉人が解いた問題はいつもの半分ほど。

 廉人が、これほどまでに問題に集中できない原因に、家庭教師は薄々気づきつつも知らぬふりをして、ペンで頬をつつくのにとどめる。

 

 追及しなくても、廉人の方から我慢できずに言い出すのを待っていたのだ。

 

 案の定、


「えーっ、だってぇ、ほらぁ、今日は2月14日だしぃ」


と、廉人が変に間延びした言い方をした。

 ここぞとばかりに、家庭教師の足がゲシゲシと廉人の座る椅子の足を軽く蹴る。


「はいはい、可愛い彼女さんから貰えたんだねーっ! でもさっさと問二を解答しろっ」


とあえて廉人の”言いたいこと”は聞き流して、勉強せよとはっぱをかけた。

 そんな家庭教師の言葉も聞こえているのか聞こえていないのか、廉人は二へへとまた不気味な笑いをあげて数学のテキストに顔を伏せる。

 

 先ほどよりもさらに机に突っ伏すような姿勢になった廉人は、どうみたって数学を解答する姿勢ではない。


「お前、ほんと、今日はもう腑抜けだな……」


 心の底から呆れた、といった声を出した家庭教師は、一度ため息をついた後、顔を伏した教え子の髪をくしゃりと一度かきまわした。


「チョコもらえて、そんなにうれしいわけ? それとも、聞いて欲しいことでもあるのか?」


 家庭教師の言葉に、もぞっと頭を撫でられた廉人が動く。

 もぞもぞ。

 廉人が頭を動かした。

 家庭教師の方に顔を向ける。


「聞いて―、先生」

「はいはい」

「俺ねー、俺ねー、初めてなわけ」

「はぁ……なにが?」


 家庭教師の問いに返事がない。

 それから、しばらく沈黙が続く。

 テキストの上で顔を横向きにして自分をみつめる教え子の顔が憮然としたものであるのに気付いた家庭教師は、おおよそのことに気付いて、言い直した。


「あぁ、本命のチョコレートもらうのが初めてなわけね」


 家庭教師の言葉に、憮然とした表情から一気に廉人は口元を緩める。


「うん、そう」


 お前がチョコフォンデュみたいに溶けた顔になってるよ、と思ったけれども口にせず、家庭教師はくるりとペン回しをした。


「それで? 今日はどんな惚気を聞かせてくれるわけ?」

「えー、別に別に、惚気とかじゃないけどさぁ」


 にまにました顔のまま、廉人がテキストに頬すりするみたいに身もだえた。

 そんな廉人に家庭教師は若干引き気味になりつつ、


「お前ね、早く話せよ。俺は数学を教えに来たわけ。惚気話の聞き役はオマケってこと理解しろよ」


と促す。


「いや、まぁ、惚気ってゆうわけじゃないけどさ、ほら、やっぱり、彼女からさぁ、チョコレートもらえたらさぁ、嬉しいわけで……でさ、先生」

「はいはい」

「こういう本命チョコってさぁ……いつ食べたらいいと思う?」

「は?」


 教え子の質問のその意味がわからず、家庭教師は怪訝な顔をして廉人の顔を見る。

 だがニマニマ顔の廉人はあまり家庭教師の不可解な表情には気づかず、夢見るように話し続けた。


「だってさぁ。チョコレートは、なんか手作りの……ほら、えっと”トリュフ”みたいなやつなの。五粒いれてくれてるんだけどさぁ、見た目がそれぞれ違うんだよ。白い粉かかってんのとか、ココアかかってんのとか、ナッツみたいなののってるのとか」

「はぁ……それで」

「でさ、どれから食べたらいいかな、とか迷うじゃん。それに、一日一粒の方がいいのかな……とか。でも手作りだとやっぱり早く食べたほうがいいのかな、とかさ」


 一瞬、『好きにしろよ!』と叫びそうになったものの、あまりに教え子な阿呆ヅラして机の上で頬染めて悶えてるので、家庭教師は自分が「先に生きる者」として、努めて冷静に言った。


「廉人、味わって食べろ。それだけでいい。……で、ほら数学の問二、やれ」

「せんせー。”味わって”ってさぁ……どうしたら、味わうことになるんだろぅ。一個ずつ?それとも食べ比べ?」

「……」


 聞いちゃいねぇな、こいつ。

 青筋が浮かびあがりそうになるのをこらえつつ、家庭教師はくるりとペンを回す。

 なんやかんや思いつつも、結局は気長である家庭教師は教え子に付き合ってやる。


「じゃあ聞くけどさ。廉人がたとえば彼女さんに料理を作ってあげたとするだろ」

「俺、料理下手」

「まず聞けよ! とにかく何か作ってやるなり、奢ってやるなりでもいいから、食べさせるってのを想像してみろ。それで、彼女さんがどんな風に食べてくれたら、お前は”おいしく食べてくれたなぁ”ってうれしく思うわけ? それを考えて、自分でも実行してみろ」

「食べさせてみる……」

「そう! 頭の中で、好きなもの、彼女さんに、食わせてみる!」


 そこまで言うと、家庭教師はふぅっと息をついて数学のテキストをもう一度開かせようとした。

 だが家庭教師は廉人の顔を見てギョッとした。


 廉人がほっぺを真っ赤にしているのだ。

 先ほどがチョコをもらってにまにまして溶けているチョコフォンデュなら、今は頬を赤く染めて完熟トマト。

 その顔をみて、家庭教師ははあぁぁっと脱力した。


「お前ね、何、想像したの……。頭の中で何を食べさせたんだよ、いや、答えなくていいけどさ。もー、馬鹿少年! 勉強になんのかよ、数字、数えてろよ! 円周率、永遠に叫んどけ!」

「な、な、なんだよ! べ、べ、べ、べつに、やややややましいこととか、考えてないし!」

「誰もやましいもの食べさせてるなんて言ってねーよ。想像した”食べてる姿”が可愛すぎて身もだえてんだろうなって思ってるよ。やましいこと思ってるとは想像してません! 廉人……自爆してるってわかってる?」 


 家庭教師がくしゃっと廉人の髪をかきまわした。


「うーっ」

「唸るな。好きな彼女がくれたチョコだけで勉強に手がつけなくなってて、本当にお前、この先どうすんだよ」

「どうもしねぇよ。ただ、チョコを食べるのをどうしたらいいか困ってんの」

「うれしすぎて困ってんだな」

「そうだよ!」


 素直に顔を真っ赤にさせる廉人に、家庭教師はやれやれと肩をすくめた。どうやら今夜は数学の解答はあきらめるしかなさそうだと、終了時間に焦っていた気持ちを封印し、廉人に向き合った。


「おまえがさぁ、頭の中で彼女に何を食べさせたのかは聞かないけどさぁ……何であれ、味わって食べてもらえたら嬉しいだろ。でも逆に食べてもらえなかったら、どうだ?」

「……」

「うれしすぎてどうして食べていいかわからないから、触れもしませんでした、口にできませんでした……って放置で時間が過ぎていったら、どうする?」

「放置……つらい」

「だろ? 迷ってんなら、ぐずぐずせずに、口にして腹に入れろよ。それで一つ一つの味を感じて、のみこんで、どう感じたかを、明日にでも、話してあげろよ。うまかったでも、甘かったでも、もっと苦いのがいい、でもさ」

「それでいいのかな」

「それでいいんだよ」


 家庭教師はそう言って、今度は廉人の丸まった背中をぽんっと叩いた。


「そもそも、よかったじゃないか」

「なにが?」

「廉人はチョコレート食べられるんだしさ」


 その言葉に廉人が顔を少しあげた。


「え、先生ってチョコだめだっけ?」

「んー、だめってわけでもないけど……」


 家庭教師はそういいかけて、廉人の純粋なまなざしを数秒見つめたあと、にっと口の端を上げた。


「だめじゃないけど、食べ飽きたんだよ。廉人と違って、過去にいろいろもらいすぎてね」


 そんな言葉に、廉人がいっきに引きつった顔をした。


「モテ自慢かよ!」

「それは違う、単なる事実だ」

「う、わーっ! なに、その発言! 過去にたくさんもらったことを明らかに自慢してるじゃん!」


 のけぞる廉人の頭に、ぽすっと家庭教師の大きな手がのっかった。


「でもね、俺だって、本当の気持ちを贈りあったチョコレートなら、食べ飽きることなんて、なかったと思うよ」

「え……」

「チョコだけじゃなくさ……飽きることなんて、ないと思うよ。お互いに大切にしているギフトならさ。毎年同じでも、それがいくらたくさんあっても……さ」


 ふっと先ほどとは違う声音に廉人はまなざしが揺らいだ。

 視線の先の先生が、微笑む。


「ちゃんと味わって食べなさい。はい、それが、今日の課題!」

「え?」

「時計見ろよ、ほら、俺の家庭教師、終了時間なんだよ!」

「あ……」

「もう、次は、厳しくいくからな!」

「う、はい」


 家庭教師はペンと自前のテキストを鞄にしまいこむと、席を立つ。廉人の自室から出ていこうとするとき、見送りに立ち上がった廉人の方を振り返った。


「あ、そうだ」

「何、先生」

「貰ったまんまじゃダメだからな?」

「え?」


 家庭教師が廉人の部屋の壁に貼ってある、カレンダーを指さした。


「三月十四日……一か月先なんて、すぐだからな? ちゃんと、お返しを何にするか考えておくよーに」

「え……あっ……ちょっ……せ、せんせーっどうしよ! なに、贈ればいいんだよーっ!」


 次なる悩みに突入した教え子に、家庭教師は「じゃあー、それも宿題!」と告げて、帰っていったのだった。




 fin.

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